鬼ヒゲの退屈な授業が終わった。 虎丸はふわあああ、と豪快にあくびをする。そして隣の席のをちらりと見た。 は机に突っ伏して寝ており、整った寝顔をこちらに向けていた。
あまのじゃく
机に腕を乗せ、それを枕にして寝ている。線の細い輪郭、形の良い耳、頬にかかりそうなほどの長いまつ毛が虎丸の目を捕らえた。 野郎相手にときめいちまったじゃねえかよ! 虎丸は自分に腹が立った。と同時に、その腹立ちをにも向ける。 女みたいなナリをしているこいつが悪い!
というわけだ。 「うああっ」
はすぐに目を開け、体を起こした。 「痛えじゃねえか! 何しやがる?!」 これまた女みたいにかん高い声だ。そんな声で怒鳴られても、幼子だって驚きはしないだろう。 「女みてえな顔こっちに向けるんじゃねえ。不愉快じゃ!」 虎丸は口から出任せに言った。不愉快だとは言いすぎたか、と少しばかり後悔していると、案の定、はイスを蹴って立ち上がった。 「何だと?! もう一回言ってみやがれ!」
虎丸の胸倉をつかむ。と言えば迫力がありそうに聞こえるが、の方が背が低いため、全く凄みがない。目鼻立ちの整った顔で精一杯ガンを飛ばしてるつもりだろうが、全く効かない。 「何度でも言ってやらあ。おめえは、女みたいな顔だっつってんだ」 思わずニヤリと口元に笑みを浮かべずにはいられない。がさらに顔を赤くしたからだ。 「この野郎っ」 が殴りかかろうとしてきた。それを、たまたま側を通りかかった飛燕が止める。
「離せ! こいつオレのこといつもバカにしやがるんだ! 今日という今日は許さねえ!」
飛燕の一言ではすぐに大人しくなった。飛燕はいつも、まるで母親のようにを諭す。も飛燕の言うことなら素直に聞くようだ。そこが気に食わない。虎丸はさらにをからかってやろうかと考えた。 「面白くねえ。外で一汗かいてくらあ」 教室を出て行こうとした。 「今日のとこは許してやる」 出入り口のところでそう捨てゼリフを吐くことも忘れずに。
「虎丸も、少しはの身になってみたらどうです?」
飛燕が虎丸を諭した。そう言えば奴も女顔だ。だから余計にに同情してしまうのだろう。 「虎丸、お前いい加減にしないか。いくら何でもをいじめすぎだぞ」 親友にそう言われるとさすがに虎丸も、やりすぎか、とは思う。と、そこで飛燕が何か思いついたかのようにポンっと手を叩いた。 「そうか、虎丸はのことが好きだから、ついついいじめてしまうんですよ」 さもいいことに気づいた、とでも言うように飛燕は得意げな顔をしている。虎丸の拳が震えた。 「何を言いだすんじゃい! 何が悲しくて野郎のことを好きになるんじゃ!」 と叫んだが、それは虚しく空に散った。一緒に「気色悪い」と言ってくれるとばかり思っていた富樫が、飛燕の言葉にうなずいていたからだ。 「自分を見てほしいのに、どうしていいか分からない。だからいじめてしまうんだな。まったく、ガキみてえな奴だぜ」 「ぜ」のところで、虎丸はゲンコツを喰らわせた。富樫は前のめりに倒れそうになるところを何とか踏ん張った。 「富樫も、飛燕も……いい加減にしやがれ!」 と怒鳴ったが、 「さっきのは虎丸が悪いからに謝って来い」 二人同時に責められ、あえなく撃沈。しぶしぶ教室を出て行った。
二人に責められないまでも、さっきのは自分が悪いのだとは思う。虎丸は廊下を歩きながら思い返してみた。 「ったく!」 謝れと言ったって、どう謝れと言うのだ。今さらそんなことできるか。
は外に行くと言っていたはずなので、校舎を出る。 「おい、!」 はこちらに気づいた。不快な顔を見せるかと思いきや、意外にもサワヤカそうな笑顔のままだ。 「よお。虎丸も来たのか」
さっき虎丸にからまれたことはスッキリと忘れた、とでも言わんばかりである。その変わり身はなんだ、と虎丸は悔しさを覚えた。なぜか自分のことはどうでもいいのだと言われているみたいに感じたのだ。
「、さっきのことだが……」 さらりと言ってのける。しかしそこで虎丸は引き下がるつもりはなかった。 「誰が謝ると言った? 俺はそんなつもり全くねえぜ!」 そう言うと、はぽかん、とした目で虎丸を見た。なかなかいい食いつきだ。 「せいぜい筋肉がつくように頑張れよ!」 と言って去ろうとする。案の定、は顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた。 「虎丸! この野郎……やっぱり許さねえ!」 がずんずん近づいて来た。それを認めた時にまたゾクゾクとした。 これだ、この顔だ。
妙にわくわくする気持ちを抱きながら、虎丸は逃げる。
あまのじゃく:終
初虎丸夢です! これ、男装ヒロインっていう設定を知らない方が見たら男主人公夢だと思われるだろうなあ。 虎丸をやさしくつつみこむヒロインを、という声もあったのですが、 個人的に「好きな人にはついいじめてしまう」っていうキャラが好きで、 虎丸こそそれにうってつけ! とか思い込んでやっちまいました。 変にいじめすぎだ・・・。次回書くとしたら、ちょっと二人を接近させたいです。 冬里
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