いつもの所で、ゆるんだサラシを巻き直す。
 激しい運動をすると、きつく巻いたつもりのサラシでもゆるんでしまう。12月の寒空の中、ぶるるっと震えながらサラシをきつく巻いていく。辺りはそろそろ暗くなりはじめていた。

 そういえば、今日はクリスマスイヴじゃないか。

 は、前にこの場所で出会った三号生の先輩を思い出した。



聖なる夜に

クリスマス企画! 男塾:邪鬼編



 ここは三号生地区に近い倉庫の裏なので、一、二号生は近づかない。三号生も、自分達の地区に入りそこで生活しているので、めったに出てこない。よって、人の寄り付かない安全な場所だと言えよう。が女に戻るにはうってつけの場所だ。

 そこでこの前、大豪院邪鬼と名乗る三号生と出会った。
 が女であることを知り、それを他言しないよう約束してくれた人だ。恩人と言っても過言ではないだろう。

 今ごろ、どうしているのかな……。

 凄まじいほどの威圧感がある人だった。きっと、桃や赤石先輩より強いに違いない。雰囲気だけで、それが分かってしまう。
 あの人は今日、どうやって過ごすのだろうか。はサラシを巻き終えて、シャツと学ランを着込みながら思いをはせる。そっと、自分の唇を人差し指で触れてみた。初めて会った時に、邪鬼に唇を奪われたのを思い出す。どういうつもりだったんだろう。

 足音がしたので、急いで学ランのボタンをしめる。もしかして、という予感がした。
 音がした方を見ると、やはり、立っていたのは邪鬼であった。

「お、押忍! 先輩!」

 後輩から挨拶をしないわけにはいかない。さっきまで考えていたことを必死に頭の隅にまで追いやり、は男に戻った。
 邪鬼は、ああ、とうなずいて倉庫の壁を背にして座る。邪魔してはいけないと思い、は失礼しました、と告げてその場を去ろうとした。

「構わん。そこにいろ」

 に横顔を見せたままで邪鬼が言う。そうなると、その場にいざるをえない。

「話がある、座れ」

 立ったままでいると、そう言われた。それに従い、やや離れたところに座る。三号生の命令には逆らえないのが男塾での決まりだが、邪鬼の命令には体が自然に従ってしまう。まるで魔法でもかけられているかのようで、不思議だ。

「この前、貴様を男として扱うと言ったが、それを一部訂正する」

 訂正したい、でもなく、する、と言い切るところがこの男らしい。訂正するという意見にが入り込む余地はないのだ。邪鬼がそうすると言えばそうする。邪鬼が黒と言えば白いものでも黒になるみたいに。

「貴様を男として扱う。ただし、この場所では、貴様は女だ」

 相変わらず、に横顔を見せたままで言う。

 ここでは、女ということ?

 がぽかん、としていると、そこで初めて邪鬼がこちらを向き、フッと微笑んだ。

「並の男でも泣いて逃げ出す男塾だ。女の貴様には何かと辛いことが多かろう。せめてこの場所では女に戻るといい」
「い、いいんですか?」

 邪鬼はうなずいた。

「ただし、ここでは俺も三号生筆頭ではなく、ただの塾生に戻る。それでいいな?」

 筆頭……。
 あの、閻魔の三号を率いる男塾最強の、三号生筆頭だったなんて……。
 どうりでただならぬ威圧感、その人に従わざるを得ない雰囲気を持っていると思っていた。

「では、ここではただの先輩、後輩というわけですね?」
「いや、ただの男と女だ」

 するどい目をこちらに向けてくる。ただの男と女、という言葉には恥ずかしくなってぽっと頬を染める。
 は、はい、と返事をした。したものの、どうしていいのか分からない。女であれ、と言われても急に女らしくできるわけではない。
 邪鬼は、もうすっかり暗くなった空を見上げた。もつられて、空を見る。澄み切った空に星がちりばめられていた。

「今日はクリスマスイヴだな」

 意外な人からその言葉を聞いて、は驚く。

「そ、そうですね」
「クリスマスとはキリスト教の祭りのようだが、本来はキリスト教が出来るよりもはるか昔、古代ギリシャでの儀式がその由来だと言われている」
「そうなんですか?」
「古代人は、冬になって日がだんだん短くなるのを、太陽がどこかに消えてなくなるのではと不安に思った。しかしある時期を過ぎると日がまた長くなる」
「冬至ですね」

 がそう言うと邪鬼は空を見たまま、そうだ、とうなずいた。

「冬至を祝って、歌い、飲み、踊った。それがクリスマスの元になったのだ。キリスト教がその祭事を引き継いで、今のクリスマスがある」
「知りませんでした」

 は感心した。一号生の授業は九九や初級英会話という簡単なものだったので、は正直、男塾の塾生は一部を除いて馬鹿ばかりだと思っていたのだ。邪鬼は違う。博識だ。

「クリスマスイヴだからと言って、にわかキリスト教徒にならずともよい。冬至を祝って騒ぐなりすればいいのだ」

 そう言ってから、邪鬼はに顔を向けた。まじまじと見つめられて、は少し恥ずかしくなる。

「寒くないか?」

 見た目とは違う、優しい声で聞かれた。が、少し寒いです、と答えると邪鬼は立ち上がり、着ていたマントを脱いだ。

「羽織るがいい」

 の正面にかがみ込み、マントを着せた。その時、両肩をつかまれ、は少し身をこわばらせた。緊張している。

「……辛かったろう」

 思いやりのこもった声で、男塾に入って以来言われたことのない言葉を投げかけられた。そうだ、辛かった。男に囲まれた環境で、女であることを隠してくるのは本当に大変なことだったのだ。

 不意討ちを食らったみたいだ。

 たまらなくなって、は邪鬼に抱きついた。広い肩がを受け止め、太い腕がを包んだ。

 あたたかい。

 邪鬼の体温がの冷えた体を温める。
 年に一度のクリスマスイヴに、女として邪鬼に抱きしめられていることが不思議だと思いながらも、はもうしばらく、こうしていたいと願った。

聖なる夜に:終

 クリスマスに書いた邪鬼夢です。
 邪鬼さん夢でした。難しいです、邪鬼さん。一応、前に書いた邪鬼夢「秘密」の続編みたいな形になってます。  

      冬里

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