ここなら誰も通りかからない、ということは確認済みだ。
 は学ランとシャツを脱いだ。緩みかかったサラシが日光を反射して白く光った。
 ここは三号生のいる校舎に近い、倉庫の裏だ。三号生が校舎からあまり外に出ることはないし、一、二号生が近づくこともない。穴場なのだ。
 裏にはささやかな畑がある。家庭菜園に毛の生えたようなものだ。ニラが土からのぞかせている。は緑鮮やかなその野菜を見て、一本くらいもらっていこうか、などと考えながらサラシを外していく。
 そろそろ誤魔化すのも難しくなってきたかな。
 自分の胸の膨らみを見て、はため息をついた。



秘密





 いつもの場所で一息つこう、とその男は思いつき、側近たちの目を盗んで校舎を出た。広い校舎を出てすぐ近くにある倉庫の裏。そこは穴場であり、人がめったに来ない場所だ。
 周囲に威圧感を与える大きな体に、黒い長髪、全てを射抜くかのような視線を放つ鋭い目。三号生筆頭であり男塾の総代でもある、その男の名前は大豪院邪鬼。
 常に周囲から怖れられ、敬われる状態にある邪鬼にも疲れる時がある。筆頭、総代ではなく一人の塾生として過ごしたくなった時に、例の穴場に足を運ぶのだ。
 そろそろニラも育った頃だろう。
 収穫するのを楽しみにしながら、倉庫の裏に行く。
 そこに、予期せぬ先客がいた。しかも……、

 女?

 学ランが脱ぎ捨ててあるが、胸のふくらみ、華奢な体を見ると明らかにそれは女であった。整った顔をしており、肌が透き通るように白い。彼女の柔らかそうな胸を見て、あわてて目をそらす。キツネにつままれたような思いを抱きながら、呆然と立ち尽くしていた。
 サラシを胸に巻こうとし始めていたその女が、こちらに気がついた。邪鬼を見て、慌ててサラシで胸を隠す。

「あ、あなたは?」

 高い声が響いてきた。ハッと我に帰り、邪鬼は改めて彼女の顔を見た。艶やかで赤い唇、澄んだ瞳。そこに自分の姿が映っているのを見たような気がした。

「大豪院邪鬼。三号生だ」

 筆頭、とは言わなかった。今は一塾生としてここにいる。しかし、相手の顔は青ざめた。筆頭ではなくとも、三号生というだけで畏怖に値する存在なのだ。

「俺は、といいます。その……」

 言い難そうに、目を伏せた。長いまつ毛が頬に陰る。

「……見ましたか?」

 聞いてから、こちらを恐る恐る見てきた。正直に、うなずく。すると、はますます顔を青くした。もう、終わりだとでも言うように。

「お願いします!」

 叫び、サラシを投げ捨てて地面に手をつき、額をこすりつけた。

「どうか、見なかったことにして下さい」
「貴様は……女の身でありながら何故、男塾に来た?」

 土下座をしている相手の頭を見下ろしながら、尋ねる。

「それは言えません。その代わり、何でもします。だから、この事は秘密に!」
「秘密か……」

 塾生は女を断ってこの世の地獄と呼ばれている男塾に来ている。よって、女がここにいるのは許すまじき事であった。総代として、に退学処分を下すよう塾長に訴えるべきであろう。しかし、今は一塾生としてここにいる。という塾生の正体を見て見ぬふりができないわけではない。
 相手次第だ、と思う。
 半端な気持ちでここにいるのなら、すぐに追い出すべきだ。しかし何か事情があり、覚悟ができているようであれば見なかったことにしよう。

「もし、この邪鬼が塾長に貴様の正体を知らせたらどうするつもりだ?」
「その時は……」

 ばっ、と顔を上げ、ベルトに差していたドスを抜いた。切っ先を己の喉につき立てる。そして、こちらを睨んだ。澄んだ瞳の奥に、燃えるような何かがあるのを邪鬼は認めた。は胸を隠そうとせず、両手でドスを握っている。真剣だった。
 邪鬼は屈み、マントを外してに着せてやった。

「いいだろう。見なかったことにする」

 え、とつぶやき、は不思議そうに邪鬼を見た。それから、その言葉の意味を悟ると、嬉しそうに笑顔を浮かべ、ドスを収めた。

「あ、ありがとうございます」

 再び地面に手をつこうとするのを、止める。とりあえず先に胸にサラシを巻くよう言い、その間邪鬼はのそばに座って青い空を見ていた。
 白い雲が流れて行く。
 次から次へと移り変わっていく空を見ながら、己の中に湧き出た誘惑と戦っていた。
 今、誰もいない。そして、が女であると知っているのは恐らく自分一人。それに、自身、秘密にすれば何だってする、と言っている。ここで押し倒しても文句は言えまい。
 しかし、相手の弱みにつけ込むというやり方は、男としてやってはいけないことである。邪鬼は、自分がに惚れてしまったことに気がついた。男塾にいる以上、男として相手と接しなければならない。そしてを他の塾生と同様、立派な男になるよう見守らなければならない。惚れた女に女として接することのできない辛さ。それを思うと己の不運を恨みたくなる。最初からこうして出会わなければ良かったのだ。
 はサラシを巻き終え、シャツと学ランを着た。何とか男に見えないこともない。しかし、女のような顔と華奢な体でいつかその正体が人に知られてしまうかもしれない。守ってやりたい、と思った。と言っても相手は男としているのだから、見守ることしかできないだろう。

「邪鬼先輩」

 が地面に座り込み、邪鬼を見つめてきた。

「秘密にしていただく代わりに、何か俺に言いつけてください。何だってします」
「何だって……か」

 そうつぶやいた後、邪鬼はの体を抱き寄せた。体勢を崩して邪鬼の胸に倒れこむを抱き支え、濡れたような赤い唇を吸う。
 そして相手をまた元の状態に座らせた。の顔が、真っ赤になっている。一瞬の出来事のように思えた。

「許せ。今だけだ。これよりは、貴様を男として扱う」

 目元を少しだけ染め、邪鬼は立ち上がった。マントをつかみ、それを羽織る。そしてに背を向けて校舎に戻ろうとした。

「何かあったら、またここに来るがいい。力になろう」

 そう言い残して歩き始める。
 ありがとうございます、というの声が聞こえた。

 春風が髪をなで、マントをたなびかせる。

 が今後、男塾でどのように生きていくのかを考え、邪鬼はそっと目を閉じた。

秘密:終

 やっちまいました、邪鬼様夢。しかし、塾夢は難しいですわー。この男装ヒロインっていう設定は他の男子校ネタよりやりにくいですし。別の設定で書いてみたいです。また邪鬼さんで。伊達も書きたい。

      冬里

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