「うへえ、遅刻しちまう!」
は寮から出て、男塾への道を走った。 「死んでも遅刻はしねえ!」 叫ぶと、耳元でクスクス笑う声がした。右の耳たぶに息を吹きかけられたような気がしたので驚き、そちらを見る。 「おはようございます」
と同じ速さで走っていながら、少しも息を荒げていない美人がいた。その美人……飛燕は太陽の光を浴びて、さわやかに微笑んでいた。
守り人
「息が上がってますね。休んだ方がいいですよ」
そう言っている間も、はだんだん疲れてきて息切れがしそうだった。寮から全速力で走ってきたのでそろそろ苦しい。本当なら喋っている余裕などないのだ。 「俺のことなら、何とかするから、先に行けよ」 途切れ途切れにそう言ったが、飛燕はかぶりを振り、またさわやかに微笑んだ。
「どうしてそんなに遅刻するのが怖いのです?」 笑顔で恐ろしいことを言う。は何も言わずに走り続けた。とにかく遅刻だけは免れなければならない。今はそれに集中しなければ。 「いいことを思いつきました」 そろそろしゃべる気力もなくなってきたので、返事はしない。飛燕は構わずに続けた。 「もう、サボっちゃいましょう」 さらりと言う。 「何恐ろしいことをサラリと言ってるんだ?!」
疲れていても突っ込むことは忘れない。 「ラストスパートですね。がんばってください」
の速度に合わせながら、飛燕は相変わらず涼しい顔をしている。ちくしょう、と胸の内で悪態をつきながら走り続けた。男塾の門まであと少しだ。 「決まりですね。サボりましょう」 横にいた飛燕が笑顔を見せた。その一瞬後、の視界が移り変わり、気がつけば青い空を見ていた。飛燕が自分を抱きかかえたのだと分かったのはそれからすぐ後だ。 「何するんだ? 下ろせ!」 もがいたが、飛燕はを抱く手に力を込めていたので、逃れることができない。それに、風景の移り変わりが早いのを見て驚いた。人を抱えながら走っているとは思えないほどの速さで走っている。人間じゃない。そう思い、はもがくのをやめた。
飛燕はを抱いたまま河原で立ち止まった。
「ちょっと待て! ここ、乱忍愚(ランニング)のコースじゃないか! バレたらどうするんだよ?」
ずっと抱きかかえたままで、女の子が聞いたらあまりの甘いセリフにぼうっとなりそうなことを言う。 「まったく、しょうがねえなあ。乱忍愚の時に見つかるまで河でも眺めとくか」
草のはえている土手に行き、座れそうな状態なのを確認してから腰をおろした。ついでなので、そのまま土手の勾配に身をあずけて仰向けになる。 「男のクセに刺繍をやるのか?」 聞くと、飛燕は微笑んだ。
「あなたにそんなことを聞かれるとは思ってませんでした」 起き上がり、飛燕の胸ぐらをつかむ。思い切り睨んでやると飛燕は、まあ落ち着いてください、とをなだめた。
「凄むなんて、あなたには似合いません」 キレイだと言われては唖然とし、飛燕をはなした。キレイ。女であれば、真正面から見つめられてそう言われると、嬉しくて顔が赤くなることだろう。男ならどうだろうか。そう言われてどんな思いをするのだろう。女のには分からない。 「……よせよ。女じゃあるまいし、キレイだと言われても気色悪いだけだぜ?」 静かに、そう言った。そう言うのが精一杯だ。は飛燕の顔を見ず、土手に生えている名前も知らない雑草を見ていた。それにしてもこの男はさっきから女心をくすぐるようなことを言う。 「あなたが好きです」
極めつけがこれだ。そんなことを言われると誰だって……。 今、飛燕は何と言った? 好きって、それは俺を男だと思ってか。それとも女だとバレてるのか……。 「どうしたんです、固まっちゃって」 飛燕が笑った。その笑い声を聞いての全身硬直が解ける。そうか、奴はからかってたんだ。まじめに受け取ってしまった自分が情けなくなり、同時にからかった飛燕に対して怒りがこみあげてきた。 「からかいやがったな、飛燕!」 顔を上げる。笑っていると思っていた相手は、まじめな顔をに向けていた。 「からかってなどいませんよ。本気なんですから」
真剣な表情で言われる。飛燕は穏やかな日光を浴びて、きれいに輝いていた。本当に、本気らしい。 「俺は男だ。分かっているとは思うが」
とりあえず、そう言って相手の様子をうかがう。 「どっちでも構いません。あなたが男であろうと、女であろうと、好きなんです」 そう言われてはじめては、顔が赤くなり、胸がドクドク早鳴るのを感じた。飛燕は、男の自分も女の自分もまとめて好きだと言ってくれているのだ。 「俺……」 何か言うべきかと思い、口を開いた。しかし、何も思いつかない。胸がいっぱいだった。
「あなたの答えを聞こうとは思ってません。私が一方的に想ってるだけです。何も見返りは求めてませんから」 言い返そうと思ったが、何が言いたいのか分からなかった。そこへ、飛燕との名を呼ぶ鬼ヒゲの声が聞こえた。皆が乱忍愚に来たのだ。 「思ったより来るのが早かったですね。行きましょうか」
飛燕は立ち上がり、皆に向かって優雅に手を振った。そういえば、罰はどうなるのだろう。急に現実が押し寄せてきて、はとまどった。立ち上がり、飛燕の後ろに立つ。
守り人:終
ひさびさに男塾夢、しかも飛燕さんでした。 書いててわけが分からなかった・・・。 あ、急に暁世代夢が書いてみたくなった・・・。てなことで、もしかしたら次回は獅子丸かもです。 冬里
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