「おい、伊達」

 寮に帰ろうとして校庭を通っていると、呼び止められた。振り返らなくてもその高い声で誰だか分かる。だ。
 軽いタタタ、というリズムで走り寄って来るのが聞こえた。横に来たので、伊達は返事をしてやった。そしての顔を見下ろすようにして見る。
 思ったよりもは近くにいた。こちらを見上げている「彼女」に、思わずドキリとする。

 不意打ちだ、と思う。

 穏やかな光を浴びて、は愛らしい微笑を浮かべていた。



手合わせ





「この前、お前に言われたことを参考にして特訓してたんだが……」

 急にそう言われても何のことか分からない。しかしはこちらのことを気にせずに続けた。

「俺にぴったりの技を編み出したんだ。だから相手になってくれ」
「断る」

 速攻で答えた。
 冗談じゃない。女、子供の相手はしないことにしている。男として男塾にいるが、はまぎれもない女だ。
 伊達はから視線を離し、前を見た。そして歩き出す。

「つまんねえな、即答かよ」

 というの声が背後で聞こえる。構わずに校門を出ようとした。

「じゃ、桃に相手してもらう」

 そして立ち去る足音がした。
 桃にだと?
 伊達は眉をひそめた。何となく、不快だ。
 伊達は舌打ちをし、振り返った。の後ろ姿が見える。

「おい」

 呼びかけると、はぴたりと止まった。くるりと振り返り、怪訝な顔を見せる。

「気が変わった。相手してやろうじゃねえか」

 そう言い終わらないうちに、の顔がぱっと明るくなった。ころころ表情が変わるのが、見ていて飽きない。
 しっぽを振りながら主人の元に来る犬みたいに、は笑顔を見せてこちらに走り寄って来る。だいぶ伊達になついてきたようだ。前は伊達にそんな笑顔を見せていなかったから。



 二人は一号生校舎の裏に来た。が言うには、よくここで特訓をしていたらしい。
 原因不明な感情に任せてについてきたのを、伊達は今さらながら後悔した。

「じゃ、始めるか。伊達、槍を構えてくれ」

 しぶしぶ、伸縮性の槍を学ランから取り出した。柄を伸ばし、構える。
 も学ランに仕込んでいたらしい、小振りな刀を取り出した。鞘に入れたままである。それを腰に帯びるように左手で持ち、右手を鞘にそっと添えた。居合のポーズ。
 伊達は相手の目を見る。
 は、燃えるような目をしていた。

「いくぞ!」

 のかけ声。
 伊達はその余韻が残るうちに攻撃を仕掛けた。相手が抜く前に一瞬で決めるつもりだった。もちろん、寸止めで。
 しかしは伊達の一撃をスッとかわした。
 続けて二度目の攻撃を仕掛ける。
 それもかわして、は伊達に近づいた。
 そこで、抜いた。
 しかしが手にしていたのは長い刀ではなく、その鞘に差していた小柄だ。
 伊達はに三度目の攻撃をした。槍は彼女の胸を狙い、あやうい所で止まっている。一方、の小柄は伊達には届かず宙で静止していた。
 伊達は、近くで見えるの顔に思わずどきりとした。彼女はまだ、燃えるような目を伊達に向けたままだ。

「まいった!」

 小柄をおさめて、は伊達から離れた。

「やっぱお前、強いや」

 羨望と尊敬の入り混じった表情を伊達に向ける。
 伊達も構えをやめ、槍を下ろした。

「しかし、考えたな。日本刀の鞘はフェイントというわけか」

 正直にそう言う。は照れくさそうにしてうつむいた。しかしその後で、キッと伊達を真正面から睨む。

「だけどお前は手加減しただろう。八連制覇で見せたお前の動きと全く違う。千峰塵出してくれりゃよかったのに!」

 どうやら見破られていたようだ。しかし、相手は女だ。女相手に手合わせしただけでも上等だと自分では思っている。手加減してしまうのは仕方のないことだ。

「奥義を出してたら、お前は間違いなく病院送りになってたぞ」

 すると、が近づいて来た。ムッと不機嫌そうな顔をしたままだ。

「虎丸たちが相手なら多少傷をつけることになっても、ちゃんと相手してるじゃないか! 俺が女みたいだから手加減してるんだ伊達は!」

 顔を赤くしながら伊達を睨み、思い切り睨んだ後でプイと後を向き、走り去ろうとした。伊達は思わずの手をつかむ。

「離してくれ!」

 振り向かずには叫んだ。
 伊達は力任せにの手を引き、こちらに連れ戻す。
 すると勢いあまって、は伊達の胸に倒れこんできた。それをとっさに抱き寄せて、支える。
 興奮していたは、黙った。今、彼女は伊達の胸に抱かれているような形になっている。
 伊達は困惑した。偶然とは言え、を抱きしめている。他の野郎にでも見つかったら大変だ。
 そして、ガラにもなく心臓の音を鳴り響かせている自分が恨めしかった。伊達はとりあえず、その状況のまま、

「落ち着け」

 そう言った。それはに向けた言葉でもあり、自分自身に向けた言葉でもある。伊達はの両肩を持ち、自分の胸から引き離した。そして、彼女を正面から見る。
 は顔を赤くして、うつむいていた。

「俺が貴様のような未熟者に奥義の一つでも出してみろ。病院送りですめばいい。ヘタすりゃ命まで奪いかねない」

 とっさに思いついた言い訳を聞かせた。
 違う。
 本当は、女のくせに危険なところに飛び込むような、そんなが危なっかしいのだ。本当は、拳の道を歩んで欲しくない。さっさと男塾なんかやめて平凡な女として生きてくれたら、と思う。

 馬鹿な奴だ。

 伊達はの短い髪をくしゃくしゃと撫でた。

 しかし奴は誰がどう止めても聞かないだろう。何せ、男装してまでこの世の地獄と呼ばれ恐れられている男塾に入ったのだから。その覚悟は並大抵のものではないはず。

「分かった! もっと上達してみせる!」

 は顔をあげて、例の燃えるような目で伊達を睨んだ。
 伊達は、うなずいてみせた。
 それをみとめてから、はニッといたずらっぽく笑う。



 立ち去っていくの背中を見届けながら、伊達は思った。

 それならば――せめて俺がその馬鹿っぷりを見てやるか。

 穏やかな風がさらさらと頬を撫でていた。

手合わせ:終

 伊達夢です。少しはラヴっぽくなったかな? あ、まだダメか?!
 相手の攻撃をかわし、小柄でうんぬん・・・は、私の好きな男装ヒロインマンガ「風光る」よりパクらせていただきました。
 しかし、伊達をダンディーに書けない・・・! きいいー!(←壊れた?)

      冬里

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