桜が散る頃の枝に緑の葉が生えている。しぶとく残っている強情な花びらもあるが、そのピンクと葉の緑がきれいに調和していた。
 赤石が桃色の絨毯をふみしめ、残りわずかの桜の下を歩いていると、向こうからやって来る姿が見えた。
 その華奢な姿は、よく目立つ。
 一号生のであった。



稽古





「押忍、赤石さん」

 後輩らしく、向こうから声をかけてきた。
 男にしては華奢すぎる体に、高い声、そしてきれいな顔。

 女みてえな奴だ。

 赤石は眉をひそめた。斬岩剣の柄に手をかけそうな自分がいて、しかし斬るのは目の前のではなく自分の中にいるもやもやとした感情だ。
 目の前の、この男がいるせいでさっきから自分の様子がおかしい。はじめて抱いた感情をどう処理していいのかが分からず、気分が悪かった。

「赤石さん、顔色が……」
「だまれ」

 静かにそう言うとは、はい、と返事した。少し驚いたような表情。そんな顔をするな、男だろうが。堂々としていろ、と言いたい所だが言葉が喉に詰まって出ない。そのままその場を去ろうとすると、

「赤石さん、お願いがあります」

 呼び止められた。振り返ると、が近づいて来た。寄るな、調子が狂う、と言いたいが言えない。

「俺、赤石さんみたいな男になりたいんです。ぜひ、剣術を教えていただきたい」

 急に何を言い出すかと思えば、あつかましい奴だ。本当ならそこで殴ってやりたいところだが、なぜか、できない。
 は長いまつ毛の、濡れたような目でまっすぐ、赤石を見ていた。本当に女みたいだと思う。

「俺の稽古はきついぞ?」

 ためしにギラリと睨んでみると、相手は構いませんと言った。

「なら、これを受けてみろ」

 赤石は背中の斬岩剣を抜き、の頭に斬りつけた。鞘に入れたままなので叩きつけた、というべきか。それはの頭に直撃した。力を弱めているとは言え、赤石の一刀をもろに受けるとどうなるか分からない。まずい、と思った時にはもう、はゆっくり、仰向けに倒れようとしていた。

「あれくらいの一太刀なら避けるだろう普通」

 チッと舌打ちして駆け寄り、地面に倒れるすんでのところで抱きとめた。重いものを支えるのだと思って身構えていたが意外に軽いので調子が狂う。柔らかい感触が腕から伝わり、赤石の胸が高鳴った。

「こいつ……」

 女じゃないか。
 男がこんなに柔らかい体をしているわけがない。それに、近くでよく見ると肩や腰のラインに丸みを帯びている。学ランからのぞく首筋を見てその艶かしさに熱いものがこみあげてきた。

「なぜだ。なぜ、こいつは……」

 抱いている手に力が入る。自分の中に芽生えたいやらしい願望がの唇を奪えとささやいていた。必死でその柔らかそうな唇から目をそらし、刀を受けた頭を見る。額にこぶができていた。赤くなっている。冷やさなくては、と思いながらも、にすごく甘くなっている自分に赤石は驚く。

「先輩、を返してもらいますよ」

 見上げると、桃が立っていた。彼はかがみ込み、赤石からを受け取ろうとした。

「もしかして先輩、気づいてますか?」

 を桃にあずけると、桃が涼しげな目で聞いた。何をだ、と、とぼけておく。

「いや、なんでもないです」

 桃は、小柄なを抱きかかえて立ち上がった。続いて、赤石も立ち上がり、剣を収める。

「こいつ、どうしても赤石さんに弟子入りするんだと言って飛び出しましたから、追って来たんです。どうもご迷惑をおかけしました」
「……もっと精進してから来るように言っておけ。せめて俺の抜き打ちくらい避けれるようにな」

 そう言い残して赤石は桃に背を向けた。

 あの人がそんなことを拳を交えたことのない後輩に言うなんて。

 桃は赤石がの正体に気づいているのを感じ取った。そして、彼女を抱きしめる手に力をこめながら、赤石の背中を見送った。

 残り少ない桜が、また風に乗って舞い始めた。

稽古:終

 赤石さん夢でした。何気に前回のつづきっぽいです。男装ヒロインシリーズでやっていこうかなあ・・・・。邪鬼さんも書きたい。

      冬里

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