疾風の彼女

 が司令部の廊下を歩いていると、向こうから筋肉質の大男が近づいて来た。どこかで見たことがある。思い出そうとしていると、相手から声をかけてきた。

殿!」

 暑苦しい顔の男が走ってきた。思わず、そちらに背を向けて、逃げてしまう。

「なぜ、逃げるのですか?!」



――第伍話 「大馬鹿者!」――
【ロイ・マスタング大佐ドリーム小説書きさんに15のお題】より。お題07.



「いや、まったく。少佐は恥ずかしがり屋である」

 逃げ続けて自分の執務室にまで来たところまではよかったが、どこをどうやって追って来たのか、男はその執務室に来た。

「まさか、貴女に会えるとは。我輩、感激」
「大げさですよ、アームストロング少佐」

 仕方なく、はアームストロングと向き合う。

「いやはや。相変わらずお美しい。実は我輩、貴女が中央を去ってから毎日が冬のようで……」
「で、私に何の用ですか少佐?」

 アームストロングの言葉を遮った。すると、今までにこやかであったアームストロングの表情が曇る。深刻そうな顔をして、

「傷の男のことである」
「スカー? 奴がここに来てるっていうの?」

 そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と呼びかける。入ってきたのはハボックだ。

少佐、大佐が呼んでますよ」
「ごくろうさま、ハボック少尉。何かありそうね……」

 綴命の錬金術師であるショウ・タッカーが何者かに殺害されたということはもう、聞いていた。自分の娘を犠牲にした男だ。そのくらいの罰は受けて当然だろう。だが、その殺され方が異常だった。

「スカーか。どんな人か、会ってみたい」

 中央で何人か殺されたのを知っている。の元には来なかったのは幸か不幸か。



「緊急事態だ、少佐。エルリック兄弟が危ない。至急、奴らを保護しろ」

 執務室に着くやいなや、ロイがに指示を出した。

「スカーが狙っているかもしれないんですね」
「そうだ」
「了解。エルリック兄弟の保護を優先。そして……」

 そこで、の口元に残忍な笑みが浮かぶ。

「スカーを見つけ次第、捕縛します」

 日本刀を軍服に帯び、敬礼して執務室を出た。



 エルリック兄弟には一度会ったことがある。会ったどころか、鋼の錬金術師である兄の方とは拳を交えた。なかなか手ごわい奴だったと、はエドの機械鎧を思い出す。
 共の部下はつけなかった。そのことはロイに告げていない。部下を連れて行けと命令されるからだ。こういった厄介な奴を相手にする場合、部下はかえって足手まといになり自由に動けないのだと言っても聞いてはもらえないだろう。

 鐘の鳴る音がした。

 東部の鐘はどうしてこうも不吉な低い音で鳴るのだろう。
 雨も降ってきた。
 ますます、悪い予感がする。
 そう思っていると錬成光が視界の隅にちらりと見えた。そして、計り知れぬほどの強い殺気。

 奴か。

 はその方向に向かって進んだ。
 何かが破壊する音。
 息切れ。
 それらが近づくたびに大きくこだましてくる。

「エルリック兄弟!」

 路地裏で倒れているアル、機械鎧を破壊されてうずくまるエド。そして……。

「スカー」

 褐色の肌をした男がエドの前に立っていて、今にもエドを殺そうとしているところだった。に邪魔をされたその男はこちらを振り向く。額に、大きな傷があった。殺気をこちらに向ける。

「貴様は……疾風の錬金術師!」
「私を知っていてくれてたとはね。光栄だわ」

 もの凄い殺気に圧倒されながらも、平静さを保っては言った。刀を抜く。スカーがこちらに向かってきた。
 狭い路地裏で疾風を出すとエルリック兄弟が危ない。刀を構えたままは素早く表の路地に出た。
 スカーが踏み込んでくる。
 早い。
 打ってくる拳を刀でなぎ払うのが精一杯だった。

「今の一撃を払うとは……しかし今度は外さん」
「やれるものならやってみなさい!」

 刀を振り下ろし、疾風を放つ。
 しかし相手はかわし、さらに攻撃を仕掛けてきた。
 強い、とは思う。
 殺されるかもしれない。
 しかし、強い者と戦える嬉しさが湧き上がってきた。

「恐怖のあまり、気がおかしくなったか」

 の笑みを見て、スカーが言った。攻撃をかわして、は、まさか、とつぶやいた。

「楽しいのよ」
「やはり、狂っている。死ぬがいい」

 目の前に、スカーの手が迫ってきた。
 こんなところで、やられるわけにはいかない。
 身をかがめ、刀で相手の胴を打ちにかかる。が、近距離だったのにもかかわらず、スカーはそれをかわした。構わず、さらに刀を振って疾風を放つ。空気の刃が相手に向かって行ったが、すべてかわされた。

「素早いわね」

 さらに竜巻を出した。そして、また錬成光が刀を包む。
 竜巻が過ぎた後、辺りにスカーの姿はなかった。

「どこ?」

 探しても、いない。逃げられたか。
 そう思った時、殺気が感じられた。

「上か!」

 上段から奴が攻撃してきた。それを、かわす。しかし……。

「将を射んと欲せばまず馬を射よと昔から言う」

 刀にヒビが入った。刀身に書いていた錬成陣が途中で二つに割れる。

「なぜ、破壊されない」
「このキヨミツはそんじょそこらの剣とは違うからね。ちなみに、この刀が作られた国では、刀を傷つけられたらハラキリをするらしい」

 は刀を鞘に収め、拳を構えた。

「相手がエドみたいな子供だったらここで負けを認めてあげたけど、あなたにはしぶとく刃向かうつもり」

 ふっ、とスカーが笑ったような気がした。
 そう言えば、さっきからこの男には自分と同じような悲しみが感じられる。
 大事な人を奪われた者の悲しみが。

「いくぞ」
「ええ」

 二人がやり合おうとした、その時。

 ドーン。

 発砲する音が聞こえた。気がつくと、いつの間にか側に軍の車が止まっており、ロイやハボック、ホークアイらが二人を取り囲んでいた。

「そこまでだ」

 ロイが二人を止めたのだ。

「大佐!」
「竜巻が遠くから見えたので来てみたら案の定、だ」

 ロイはの腕をつかみ、下がらせた。

、車にいろ!」
「しかし、大佐……まだ私は奴を倒していない……」
「口答えするな! ハボック、連れて行け」

 眉間にしわを寄せ、上官らしく威圧感を漂わせながらロイは命令する。その目はスカーに向けられていた。
 ハボックがそっとの肩を抱き、車に案内する。おもちゃが展示されたショーウィンドウを見る子供のような目で、はスカーを見る。まだ、決着はついていないのに。雨の中、傷の男は自分が神の代行者であるなどと言って周囲に殺気を放っていた。奴が何者なのかはどうでもいい。強い者と戦えて少し、嬉しかったのだ。なのに……。
 は恨みがましく、ロイの後姿を見た。雨に濡れて、耳のそばの髪先からぽたぽたと水が落ちている。濡れた肩がいつもより広く見えるのは気のせいだろうか。

「さあ、少佐」

 ハボックに促されて車に向かう。ハボックは先に進み、ドアを開けた。軍の車はどうしてこうも辛気臭いのだろう。身をかがめて、固い皮の座席につく。ドアを閉める前にハボックも身をかがめて頭だけ車内に入り、そっとささやいた。

「大佐、怒ってましたよ。少佐が一人で行動してたから」
「そうか。しかし、私も奴とやりあうのを邪魔されたからドローじゃないの?」
「何言ってるんすか」

 ハボックがため息をつく。

「大佐、心配してたんですから。しかし、大佐と何かあったんですか?」

 急におかしなことを聞く。ただでさえ少し気が立っているのに、何を言わせようというのだ。眉をひそめて見せると、ハボックは頭をかいて気まずい、といった表情をした。

「いやあ、あの。大佐、またファースト・ネームで呼んでましたから。少佐のこと」
「だから何?」

 少しきつめに返すと、ハボックはすいません、と頭を下げた。

「もう行きます。あの、オレも心配しましたから」

 そしてドアを閉めた。横目で、ハボックが去って行くのを見送る。車の中で一人だ。どうしてここで待機なのか。せめて奴が他の人を相手にどう戦うのかを側で見ておきたかった。こんな独房みたいな所で、何もできずにいるくらいなら……、

「命令違反で軍法会議を開かれてもいい」

 ドアを開け、外に出た。雨の中、軍服姿の人垣に向かう。



 ちょうど、アームストロング少佐がスカーと戦っているところだった。かなりの接戦。拳と拳を交えた二人の戦いに、嫉妬に似た感情を抱く。そこへ、銃弾がスカーの頭部をかすった。ホークアイ中尉が撃った物だが、スカーがすんでのところでかわしたのだ。男のサングラスが弾き飛ばされる。赤い、瞳が見えた。

「イシュヴァールの民か」

 ロイの声がする。褐色の肌、赤い瞳。先の内乱を思い出した。もその内乱に参加している。血で濡れた記憶がよみがえる。なるほど、だから大事な者を奪われた悲しさがにじみ出ていたのか。

「……やはりこの人数を相手では分が悪い」

 男がつぶやき、ちらりとを見た。目が合う。

「貴様とも、いずれ決着をつけてやる」

 そう言い捨てて、スカーは拳を握り締めた。逃げる気だ。は包囲網を見る。包囲網で地上を逃げるのは不可能。だとしたら……。

「地下に逃げる気よ!」

 が叫ぶと同時にスカーが手を地面に置いた。錬成光が走る。地面に、大きな穴があいた。男はもう、穴の暗闇に消えている。

「追うなよ」

 ロイが言い、ハボックが追いませんよ、あんな危ない奴、と答えるのを聞きながら、はその暗闇をじっと睨んでいた。





……、いや、少佐」

 司令部に戻るとすぐロイに呼び出された。上官にある独特の威圧感を放つロイの前に立ち、は人形のようにして立っていた。

「なぜ一人で行動した? それに、車で待機と言ったはずだ」
「申し訳ございません大佐。一人で行ったのは、一人の方が自由に動けるかと思ったからです。車から出たのは、このような非常事態に自分だけ車内で待機ということに疑問を抱いたからです」
「大馬鹿者!」

 ロイの怒鳴り声が執務室に響き渡る。ハボック、ホークアイらはその声に驚いて思わずロイとを交互に見る。顔を赤くして、少し感情的になりつつあるロイに対し、怒鳴られた本人であるは平然としていた。大佐があんな風に怒るのを初めて見た、とその場にいた者は次の展開を緊張しながら待った。

「命令違反だ。わかっているな?」

 声が震えている。はまっすぐロイを見つめ、静かにうなずいた。

「待てよ、大佐!」

 側にいたエドが止めに入る。

少佐がいなかったらオレはどうなってたか分からなかったんだ……」
「それとこれとは話が別だ、鋼の」

 を見たまま、ロイがぴしゃりと言い放った。軍人にしか分からない世界。そこに入り込むのは無理だと言われたようで、エドは黙った。

「二週間の謹慎を命じる。家で大人しくしていろ」
「はい」

 敬礼し、静かに、は執務室を出て行った。
 ドアの閉まる音が部屋に響いた後も皆の緊張は和らぐことがなかった。この緊張はどこから来るのか、まったく謎なのであるが……。

「マスタング殿、いいのでありますか? 彼女は優秀な部下なのでは?」
「だから、だ。頭を冷やさなくてはならない。あの調子でいくといずれ命取りになる。今回無事だったのも運がいいくらいだ」

 ロイの言葉を聞いて、ホークアイが目を細めた。大佐は、少佐に部下以上の感情を抱いているのではないか。勘の鋭い彼女はそう感じ取ったのだ。上官が部下にそういう感情をもって接することを悪いとは思わない。しかし、命を預けている上官がいざ、そのことで冷静な態度がとれなくなったら部下は命を落とすようなことになるかもしれない。大佐に限ってそういうことはないと思うが、全くないとは言い切れないのだ。それを大佐自身も感じ取っていたからこそ、彼は部下の女性には今まで手を出してこなかった。しかし、その戒めをも解かせる相手が現れた。少佐だ。日頃の彼女の行いを見ていたらその軍人らしい無私的さが分かる。大佐の感情を利用するような人ではない。彼女で良かったとホークアイは思った。自分にできることは、二人が軍人として間違った行動を起こさないように見守ることだ。万が一大佐が少佐のために暴走するようなことがあれば、その時は自分と仲間の命を守るために大佐か、あるいは少佐に引き金を引こう。たとえ上官殺しの罪に問われても。静かに、ホークアイはそう誓った。




 アパートに戻り、軍服から私服のチャイナシャツとスカートに着替えた。
 二週間の謹慎処分は少し打撃だった。ほんの少しだが。
 刀をはずし、テーブルの上に置く。鞘から抜くと、痛々しいヒビが露わになる。

「普通の剣の分解で破壊できないわよ」

 自分のほかに誰もいないアパートで、そう一人ごちる。帰りに寄った店の袋から大きな模造紙を取り出し、テーブルにのせる。紙に覆われた刀を取り上げ、紙の上に置いた。マジックを取り出して錬成陣を書き始める。まるで、子供のお絵かきのように夢中になって。

「なんてったって、呪われてるんだから」

 錬成陣を書き上げ、袋から色々な粉の入った透明のフィルム袋を取り出し、中身を紙の上にサラっとまく。あやしい儀式みたいだ。用意が終わってから、紙をポンと叩くと錬成光が薄暗い部屋を青白く照らした。その光を浴びながら、刀のたどった歴史を思って恍惚となる。乞食清光という銘の刀。一体、どれだけの血を吸ったことだろう。遠い異国の地を想像して、は目を閉じた。

 呼び鈴が鳴り、現実に戻る。
 錬成は、終わっていた。テーブルの上には冷たく光る銀色の刀が並々ならぬ存在感を伴ってそこにあった。
 またしても鳴る呼び鈴。は玄関に行き、ドアを開けた。黒髪の、男が立っている。つい数時間前に謹慎を言い渡した上官、ロイ・マスタング大佐だ。雨はまだ降っている。男の黒髪はいつもより艶やかに光っていた。

「……大佐」
「ロイだ。今は上官でも部下でもない」

 何も言っていないのに、上がりこむ。ドアを後ろ手で閉めて傘立てに水気を切っていない傘をつっこむ。

「今日は疲れてるんだけど?」
「二週間も休みがあるだろう?」

 ロイはを見た。その表情は執務室の時と変わりない。今も司令部にいるような錯覚がする。ここは自分のアパートだ、というのを感じ取りたくて、はロイに背を向けてさっさと部屋に戻ろうとした。そのとたん、後から抱きすくめられる。

「心配した」

 耳元で、そうささやかれて体が妙な反応を示す。

「悪かったわね」

 優しくそう言って、自分を包んでいるロイの腕をなでた。すると今度は後ろを向かされて、正面から抱きしめられる。心地良い匂いのするシャツに顔を押し付けられて、息がほとんどできない。顔を動かして呼吸しようとすると、さらに抱きしめられた。

「無事で、良かった」

 そう、ささやかれる。ロイはもう一度、良かった、と繰り返した。
 は何とか顔を動かし、背伸びをしてロイの肩の上にあごを乗せた。息をつく。そこですかさず、ロイがの露わになった首筋にキスを落とした。

 薄暗い部屋。二人はそのまま一つのシルエットとなって、たっぷりある時間をつぶしていった。

第伍話「大馬鹿者!」:終 
【ロイ・マスタング大佐ドリーム小説書きさんに15のお題】


 ええと、さん大佐に叱られドリーム。って、どんなんやねん。逆ハーだと予告しましたが・・・いちおう、逆ハーで。ええと、アームストロングが。ハボックが。そんな感じで。って、すいません。逆ハー無理でした。
 で、お約束となりつつある微エロオチ。あーもう、これだから29歳は。(←人のせいにしてるし)
 微エロといえば、うちの微エロ15禁は微エロ以上裏未満でギリギリだという指摘が。でもまあ、裏つくれない構造のHPなので微エロだと言い切ってみるんでよろしくです。実際、そんなきわどい表現出てこないので。

      冬里

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