疾風の彼女が司令部の廊下を歩いていると、向こうから筋肉質の大男が近づいて来た。どこかで見たことがある。思い出そうとしていると、相手から声をかけてきた。「・殿!」 暑苦しい顔の男が走ってきた。思わず、そちらに背を向けて、逃げてしまう。
「なぜ、逃げるのですか?!」
――第伍話 「大馬鹿者!」――
「いや、まったく。少佐は恥ずかしがり屋である」 逃げ続けて自分の執務室にまで来たところまではよかったが、どこをどうやって追って来たのか、男はその執務室に来た。
「まさか、貴女に会えるとは。我輩、感激」 仕方なく、はアームストロングと向き合う。
「いやはや。相変わらずお美しい。実は我輩、貴女が中央を去ってから毎日が冬のようで……」 アームストロングの言葉を遮った。すると、今までにこやかであったアームストロングの表情が曇る。深刻そうな顔をして、
「傷の男のことである」 そこへ、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と呼びかける。入ってきたのはハボックだ。
「少佐、大佐が呼んでますよ」 綴命の錬金術師であるショウ・タッカーが何者かに殺害されたということはもう、聞いていた。自分の娘を犠牲にした男だ。そのくらいの罰は受けて当然だろう。だが、その殺され方が異常だった。 「スカーか。どんな人か、会ってみたい」 中央で何人か殺されたのを知っている。の元には来なかったのは幸か不幸か。 「緊急事態だ、少佐。エルリック兄弟が危ない。至急、奴らを保護しろ」 執務室に着くやいなや、ロイがに指示を出した。
「スカーが狙っているかもしれないんですね」 そこで、の口元に残忍な笑みが浮かぶ。 「スカーを見つけ次第、捕縛します」 日本刀を軍服に帯び、敬礼して執務室を出た。
エルリック兄弟には一度会ったことがある。会ったどころか、鋼の錬金術師である兄の方とは拳を交えた。なかなか手ごわい奴だったと、はエドの機械鎧を思い出す。 鐘の鳴る音がした。
東部の鐘はどうしてこうも不吉な低い音で鳴るのだろう。 奴か。
はその方向に向かって進んだ。 「エルリック兄弟!」 路地裏で倒れているアル、機械鎧を破壊されてうずくまるエド。そして……。 「スカー」 褐色の肌をした男がエドの前に立っていて、今にもエドを殺そうとしているところだった。に邪魔をされたその男はこちらを振り向く。額に、大きな傷があった。殺気をこちらに向ける。
「貴様は……疾風の錬金術師!」
もの凄い殺気に圧倒されながらも、平静さを保っては言った。刀を抜く。スカーがこちらに向かってきた。
「今の一撃を払うとは……しかし今度は外さん」
刀を振り下ろし、疾風を放つ。 「恐怖のあまり、気がおかしくなったか」 の笑みを見て、スカーが言った。攻撃をかわして、は、まさか、とつぶやいた。
「楽しいのよ」
目の前に、スカーの手が迫ってきた。 「素早いわね」
さらに竜巻を出した。そして、また錬成光が刀を包む。 「どこ?」
探しても、いない。逃げられたか。 「上か!」 上段から奴が攻撃してきた。それを、かわす。しかし……。 「将を射んと欲せばまず馬を射よと昔から言う」 刀にヒビが入った。刀身に書いていた錬成陣が途中で二つに割れる。
「なぜ、破壊されない」 は刀を鞘に収め、拳を構えた。 「相手がエドみたいな子供だったらここで負けを認めてあげたけど、あなたにはしぶとく刃向かうつもり」
ふっ、とスカーが笑ったような気がした。
「いくぞ」 二人がやり合おうとした、その時。 ドーン。 発砲する音が聞こえた。気がつくと、いつの間にか側に軍の車が止まっており、ロイやハボック、ホークアイらが二人を取り囲んでいた。 「そこまでだ」 ロイが二人を止めたのだ。
「大佐!」 ロイはの腕をつかみ、下がらせた。
「、車にいろ!」
眉間にしわを寄せ、上官らしく威圧感を漂わせながらロイは命令する。その目はスカーに向けられていた。 「さあ、少佐」 ハボックに促されて車に向かう。ハボックは先に進み、ドアを開けた。軍の車はどうしてこうも辛気臭いのだろう。身をかがめて、固い皮の座席につく。ドアを閉める前にハボックも身をかがめて頭だけ車内に入り、そっとささやいた。
「大佐、怒ってましたよ。少佐が一人で行動してたから」 ハボックがため息をつく。 「大佐、心配してたんですから。しかし、大佐と何かあったんですか?」 急におかしなことを聞く。ただでさえ少し気が立っているのに、何を言わせようというのだ。眉をひそめて見せると、ハボックは頭をかいて気まずい、といった表情をした。
「いやあ、あの。大佐、またファースト・ネームで呼んでましたから。少佐のこと」 少しきつめに返すと、ハボックはすいません、と頭を下げた。 「もう行きます。あの、オレも心配しましたから」 そしてドアを閉めた。横目で、ハボックが去って行くのを見送る。車の中で一人だ。どうしてここで待機なのか。せめて奴が他の人を相手にどう戦うのかを側で見ておきたかった。こんな独房みたいな所で、何もできずにいるくらいなら……、 「命令違反で軍法会議を開かれてもいい」 ドアを開け、外に出た。雨の中、軍服姿の人垣に向かう。
「イシュヴァールの民か」 ロイの声がする。褐色の肌、赤い瞳。先の内乱を思い出した。もその内乱に参加している。血で濡れた記憶がよみがえる。なるほど、だから大事な者を奪われた悲しさがにじみ出ていたのか。 「……やはりこの人数を相手では分が悪い」 男がつぶやき、ちらりとを見た。目が合う。 「貴様とも、いずれ決着をつけてやる」 そう言い捨てて、スカーは拳を握り締めた。逃げる気だ。は包囲網を見る。包囲網で地上を逃げるのは不可能。だとしたら……。 「地下に逃げる気よ!」 が叫ぶと同時にスカーが手を地面に置いた。錬成光が走る。地面に、大きな穴があいた。男はもう、穴の暗闇に消えている。 「追うなよ」 ロイが言い、ハボックが追いませんよ、あんな危ない奴、と答えるのを聞きながら、はその暗闇をじっと睨んでいた。
司令部に戻るとすぐロイに呼び出された。上官にある独特の威圧感を放つロイの前に立ち、は人形のようにして立っていた。
「なぜ一人で行動した? それに、車で待機と言ったはずだ」 ロイの怒鳴り声が執務室に響き渡る。ハボック、ホークアイらはその声に驚いて思わずロイとを交互に見る。顔を赤くして、少し感情的になりつつあるロイに対し、怒鳴られた本人であるは平然としていた。大佐があんな風に怒るのを初めて見た、とその場にいた者は次の展開を緊張しながら待った。 「命令違反だ。わかっているな?」 声が震えている。はまっすぐロイを見つめ、静かにうなずいた。 「待てよ、大佐!」 側にいたエドが止めに入る。
「少佐がいなかったらオレはどうなってたか分からなかったんだ……」 を見たまま、ロイがぴしゃりと言い放った。軍人にしか分からない世界。そこに入り込むのは無理だと言われたようで、エドは黙った。
「二週間の謹慎を命じる。家で大人しくしていろ」
敬礼し、静かに、は執務室を出て行った。
「マスタング殿、いいのでありますか? 彼女は優秀な部下なのでは?」 ロイの言葉を聞いて、ホークアイが目を細めた。大佐は、少佐に部下以上の感情を抱いているのではないか。勘の鋭い彼女はそう感じ取ったのだ。上官が部下にそういう感情をもって接することを悪いとは思わない。しかし、命を預けている上官がいざ、そのことで冷静な態度がとれなくなったら部下は命を落とすようなことになるかもしれない。大佐に限ってそういうことはないと思うが、全くないとは言い切れないのだ。それを大佐自身も感じ取っていたからこそ、彼は部下の女性には今まで手を出してこなかった。しかし、その戒めをも解かせる相手が現れた。少佐だ。日頃の彼女の行いを見ていたらその軍人らしい無私的さが分かる。大佐の感情を利用するような人ではない。彼女で良かったとホークアイは思った。自分にできることは、二人が軍人として間違った行動を起こさないように見守ることだ。万が一大佐が少佐のために暴走するようなことがあれば、その時は自分と仲間の命を守るために大佐か、あるいは少佐に引き金を引こう。たとえ上官殺しの罪に問われても。静かに、ホークアイはそう誓った。
「普通の剣の分解で破壊できないわよ」 自分のほかに誰もいないアパートで、そう一人ごちる。帰りに寄った店の袋から大きな模造紙を取り出し、テーブルにのせる。紙に覆われた刀を取り上げ、紙の上に置いた。マジックを取り出して錬成陣を書き始める。まるで、子供のお絵かきのように夢中になって。 「なんてったって、呪われてるんだから」 錬成陣を書き上げ、袋から色々な粉の入った透明のフィルム袋を取り出し、中身を紙の上にサラっとまく。あやしい儀式みたいだ。用意が終わってから、紙をポンと叩くと錬成光が薄暗い部屋を青白く照らした。その光を浴びながら、刀のたどった歴史を思って恍惚となる。乞食清光という銘の刀。一体、どれだけの血を吸ったことだろう。遠い異国の地を想像して、は目を閉じた。
呼び鈴が鳴り、現実に戻る。
「……大佐」 何も言っていないのに、上がりこむ。ドアを後ろ手で閉めて傘立てに水気を切っていない傘をつっこむ。
「今日は疲れてるんだけど?」 ロイはを見た。その表情は執務室の時と変わりない。今も司令部にいるような錯覚がする。ここは自分のアパートだ、というのを感じ取りたくて、はロイに背を向けてさっさと部屋に戻ろうとした。そのとたん、後から抱きすくめられる。 「心配した」 耳元で、そうささやかれて体が妙な反応を示す。 「悪かったわね」 優しくそう言って、自分を包んでいるロイの腕をなでた。すると今度は後ろを向かされて、正面から抱きしめられる。心地良い匂いのするシャツに顔を押し付けられて、息がほとんどできない。顔を動かして呼吸しようとすると、さらに抱きしめられた。 「無事で、良かった」
そう、ささやかれる。ロイはもう一度、良かった、と繰り返した。 薄暗い部屋。二人はそのまま一つのシルエットとなって、たっぷりある時間をつぶしていった。
ええと、さん大佐に叱られドリーム。って、どんなんやねん。逆ハーだと予告しましたが・・・いちおう、逆ハーで。ええと、アームストロングが。ハボックが。そんな感じで。って、すいません。逆ハー無理でした。 で、お約束となりつつある微エロオチ。あーもう、これだから29歳は。(←人のせいにしてるし) 微エロといえば、うちの微エロ15禁は微エロ以上裏未満でギリギリだという指摘が。でもまあ、裏つくれない構造のHPなので微エロだと言い切ってみるんでよろしくです。実際、そんなきわどい表現出てこないので。 冬里
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