疾風の彼女
結局、こうなってしまった、とロイは思う。
横で眠っているは少女のような寝顔を浮かべていて……昨夜のことが夢のように思える。
しかしどうして軍にいる時と一緒に寝ている時のはこうも違うのだろうか。
髪を撫でながら、軍にいる時もこんな風だったら、などとつぶやいて我に帰る。
軍属の女性に手を出してしまったことが、上にも下にも知れ渡ってしまうではないか。直接とはいかなくても、どこかで自分の出世に差し支えるような事態になりかねない。
どうかしている。
自嘲的にくすりと笑った時、が目を覚ました。その瞳は濡れていて、あふれる涙はこらえきれずに頬を伝っていた。
――第四話 還れない場所――
【ロイ・マスタング大佐ドリーム小説書きさんに15のお題】より。お題04.
「どうした?」
ロイが聞くと、は静かに首を振った。何でもない、というのである。
「なら、どうして泣いている? 私が何か酷いことでもしたか?」
「違うの。ロイが悪いわけじゃない」
は、こういう時は大佐ではなくロイと呼ぶ。
「昔のことを、思い出して……」
また、涙があふれてこぼれる。
ロイはの体を抱いた。
疾風の錬金術師。暴れることが大好きな少佐。そういった称号を背負っている強いイメージの普段とは違って、今は弱々しく、涙が痛々しい。
「昔、何があった?」
思えば、の過去は不明である。
前の紛争に参加し、その働きによって昇格したこと。今までの上官からセクハラを受けていたこと。自ら現場に趣いて戦うことが好き……つまり暴れることが好きだということ。
そのくらいしかについて知らない。
もっと、知りたい。
ロイは思った。
例えば、どうして暴れるのが好きなのか。国家錬金術師になったのはなぜか。刀はどこで手に入れたのか。いろんな謎が、にはある。
「みんな、殺された」
先ほど、ロイが聞いたことの答がそれだった。
ロイの腕の中で、は体を震わせている。
「父も、母も、姉も、みんな殺されてた」
は、ぽつりぽつりと過去を話し始めた。
父は軍人だった。代々、軍人を輩出してきた家だったが、男の子がどうしても生まれなかった。それで、父はを軍人にしようとしたのだ。
毎日、剣や銃、武道の稽古をつけられる。同い年の女の子が家で人形遊びをしているのに、は外で父と稽古だ。
稽古が終わると、錬金術の勉強だ。
父はが国家錬金術師の資格を取るのを望んでいた。毎日が、辛かった。錬金術なんて好きにはなれない。当時、はそう思っていた。
しかし母と、姉の存在が、の疲れきった心と体を癒してくれた。優しい母、姉。あなたが望む道を歩いていいのよ。母の、その言葉で安心できた。いざとなったら、父を裏切って軍人になる以外の進路をとってもいい。
稽古と勉強の辛い毎日でもめげずに生きていく気がしたのは、そのおかげだ。
いつからか、は自ら軍人になろうと決めていた。
父にそう告げると、喜んだ。
別に、父を喜ばせつためにその進路をとったのではない。軍人になれば、母や姉を守ることができると思った、そんな単純な動機からだ。
士官学校に入学が決まった日のことだ。
家のドアを思い切り開ける。
まず、見えたのは床に広がった、栗色の長い髪だ。
それから、木製の床が赤く染まっているのに気がついた。
中に入る。
玄関の長い髪は姉のものだと知った。
胸に弾丸を何発も受けて、姉は天井をうつろに見上げ、死んでいた。
はかがみ込み、姉の目を閉じてやる。手が震えていた。嫌な予感がして止まらない。家の中がやけに静かなのも胸を騒がせた。
赤い床は血で染まったからだ。
血をたどりながらリビングに着く。
父は、非番だったのか。
ソファの上にうつぶせになって倒れている父を見て知った。それが、最初に思ったことだ。その次に、リビングに広がる血なまぐさい臭いに気づく。父は誰かを抱え込んで、かばっていた。腕の間から、ウェーブのかかった黒い髪が流れている。
父の下に、母がいるのが分かった。
父は、母をかばって殺された。その後、母も殺された。
最後の最後で、父が軍人になったのはが軍人になろうとした理由と同じなのだと知った。そこで初めて現実が押し寄せる。
「ああ、」
立てなくなり、赤く染まった床に崩れ落ちる。
父も、母も、姉も、みんな殺されてた。
狂ったように、血まみれの床に転がり、天井を見上げる。母が買ってくれたお気に入りの白いジャケットにも、母ゆずりの黒い髪にも、赤い血が染み込んだ。
姉も、こうやってうつろな目で最期まで、天井を見上げていたのだろうか。
クリーム色の天井に、弾丸で何か文字が打ち付けられていた。異国の文字なので、どういう意味か分からない。
後で、刀を譲ってくれた日本人のじいさんに、その時見た文字を伝えて意味を聞いたところ、それは『天誅』という文字で、「天の変わりに私がお前を罰する」という意味だと知った。
何が罰か。
父は軍人で、恨まれるようなことがあったかもしれない。
しかし、姉は、母は、何の罪もないじゃないか。
人を守るために軍人になったのに、守れなかった。
「だから、ここにいる理由がいまいち分からない」
の話を聞き、ロイは胸が締め付けられる思いがした。
そんなに悲惨な過去があったとは。
「犯人は、後で保護された時に聞いたのだが、テロリストだったらしい。手口が今までの事件と全く、同じだったとか」
だから、はテロリスト撲滅にあれだけ積極的なのか、と思った。
人を守るために軍に入って、しかし守る前にその人はいなくなっていて。
がその後、どういう士官学校時代を送り、軍人生活を送ったかが想像できる。きっと、毎日が辛いことの繰り返しだっただろう。
何のために軍人でいるのか。その理由が分からないのもうなずける。しかし、その理由の一つに自分は入っていないのか。ロイは少し、悲しくなる。
「辛いことを、話させて、すまなかった」
「ううん、楽になった。こんなこと、誰にも話さなかったもの」
そう言って、がロイの頬に口づけした。
過去の告白。それが自分だけになされたとは。
ロイは、不謹慎ではあるが、の過去を知ることが出来て、彼女の一部を独占したような気になった。
守ってやりたい。
強く抱きしめると、胸に火がついたようだ。止まらなくなって、の唇を奪い、首筋に舌を這わせる。胸の、誰からも見えないようなところに赤い花びらをつける。
「だ、だめよ、ロイ」
息を途切れさせながら、がロイを止めようとした。
「今日は……非番じゃない」
「すぐに終わらせる。それに……」
愛撫する手をふと、止めてからロイはの紅潮した顔を見つめた。
「がここにいる理由の一つが、私であるようにしたい」
言ってから、自分のセリフが恥ずかしくなって、顔が赤くなった。は、きょとん、とした目でこちらを見ている。やがて、微笑んだ。
「ロイ、好きよ」
とろけるような甘い顔をして、そうささやく。
ロイはを抱きしめ、キスの嵐を送った。そして後は、ゆっくりと一つになっていく。
行為の中、ロイはの過去を思い出した。
は、もう戻れない道を歩いて来たのだ。
軍人となって、国家錬金術師となって。
押し寄せる快感に身を任せながら、ロイは果てる前に強く、強く、を抱きしめた。
の脳裏が見えた気がした。
赤い屋根の、大きな家。庭は緑で、木が立っている。どこか牧歌的な感じがする。
それが、の還れない場所だ。
さらに強く抱きしめて、ロイはと共に果てた。
うつろな意識の中、時計が目に飛び込んでくる。
あと三十分でここを出なければ遅刻だ。
これが、今の場所だと痛感し、ロイはぐったりとベッドに身を投げ出した。
第四話 還れない場所:終

なんですか、微エロ落ちですか。
あと、今回は逆ハーだと言っていたのですが、嘘ついてしまいました。すいません。
次回こそ逆ハーです。
冬里
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