ふと目を覚ませば、見知らぬ天井。
横に誰かの温もりを感じる。
自分の腕でその女性は無垢な少女のような寝顔をしている。
自分は、どこへ行くのだろう。どんな顔をしてるんだろう。
―― 第弐話 眺めのいい部屋 ――
まだ寝息をたてて眠っているを見て、思い出すのは昨日のこと。
がテロリストの少数グループを捕まえてから、ロイは彼女をここまで送って来て、そしてここに上がることになった。
部屋数も少なく、広いわけでもないアパート。しかし、きちんと片付けられていてセンスの良い家具が置かれている。観葉植物もあった。
はヘッドドレスを外してベッドの上にのせ、刀をベッドの脇にたてて置き、クツをクローゼットのクツ入れにしまいこみ、スリッパに履きかえた。ロイにも下ろしたてのスリッパを渡す。それからテーブルの席に座らせ、
「シャワー先に浴びてきます」
と言い残してバスルームに行った。
先に浴びてきますとは、どういうことか。
自分は、部下とそういうことをしに来たわけではない。誘われたのでお茶でも一杯いただいて、帰ろうとしていたのだ。あのまま、妙な空気のままで別れるのは嫌だったから、少し話でもしようと思って来たのだ。気がつけば、ロイは必死に自分で弁解の言葉を探していた。おかしい。いつもは女性に対して落ち着いて接することができるのに。こんな状況は今まで何度も経験してきた。なのに、今は思春期の少年みたいに緊張している。
出されたグラスの水を一口飲もうとした。グラスを持つ手が震えている。ようやく一口飲んだところで、が戻ってきた。
バスローブ姿で、濡れた髪をタオルで包んでいる。胸の谷間が見え、細長い足があらわになっていた。
ロイの向かいに座り、髪を拭く。
「大佐も、シャワーどうぞ」
その一言にロイは、ガラにもなく顔が熱くなるのを感じた。
「少佐、私をここにあげておいて、自分はさっさとシャワー浴びに行くとはどういうことだ」
「何をおっしゃるのです、大佐は……」
は大佐が口説いてきたのだと思って、仕方なくそれに応じて部屋に入れたのだという意味のことを言った。
「あんな行動をなさったのです。その後で私をお引きとめになった。部下としては上官の気持ちを察して家に上げるのがこの世界の常識でしょう?」
形の良い眉が下がり、伏目がちだ。長いまつげが顔に影を落とす。中央で、そしてそれ以前でも、セクハラに遭ってきたのだろう。肩がふるえていた。
「あんなことをしてしまったのは、謝る。私は、部下とはそういう関係にならないと決めていたのだが。つい……」
は立ち上がり、クローゼットに行った。洋服棚の扉を開く。そこにはナース服や東の国の民族衣装、ゴスロリのドレスなどがハンガーに吊り下げられていた。その中からバスローブを取り出した。扉を閉め、ロイに近づいて渡す。
「今までの上官も、教官も、みんなそう言ってきました。自分は部下に手を出さない男だと」
寂しそうに笑うを見て、衝動に駆られた。立ち上がり、彼女を抱きしめる。
「大佐?」
「ロイと呼べ。敬語もやめろ。今は上官でも何でもない。だから、嫌だったらここから追い出すなり何なりしていいんだ」
「ロイ……」
はロイの腕をふりほどき、離れた。やはり、嫌だったのか。の温もりがまだ残っている手をゆっくりと、下げる。帰ろう。始めからそのつもりだったのだ。しかし胸の高鳴りは治まらない。
「わかった、帰ろう」
クツを取り出し、スリッパと履き替えようとイスに座った。固い革靴に足を入れようとしたとき、頭にやわらかい感触がした。視界がバスローブのふわふわとした繊維で遮られる。に抱きしめられたのだと気づいた時、頬が柔らかな手で包み込まれた。
「ロイなら、いい」
見上げると、濡れたような黒い瞳が輝いていた。乾ききっていない髪が肩からするりと流れてロイの額に触れる。熱いものが、こみあげてきた。
ロイは立ち上がり、の唇に自分のを重ねた。口を押し開け、舌を入れる。相手も慣れたもので、すぐに舌をからめてきた。舌先を転がし合い、根元を舐めあう。ロイはの口の中深く、舌を入れた。上あごをなぞり、歯の裏を這わせる。深い、熱いキスの後、ロイはの首筋に唇をあてた。が首に手をまわしてきた。そしてゆっくりと上着を脱がせる。ロイの方も負けずとバスローブの間に手を入れた。つやつやとして弾力のある胸に触れる。
愛撫を続けているうちに、さらに熱くなってきた。ロイは手を止め、を見つめる。頬がピンク色に染まっているのが、艶かしい。二人とも、息が荒くなっていた。ロイはそっと抱き寄せ、そして背中と膝に手をやり抱き上げる。は首に腕をまわし、きつく抱きしめてきた。なんて軽いんだ。そのまま歩き、ベッドに向かう。
をベッドに寝かせると、灯りを消した。ロイはバスローブを脱がせ、自分も服を脱いだ。手が震えている。初めてじゃないのに、何を緊張しているのだろうか。しかし器用にするすると脱ぐことができた。裸になり、ベッドに潜り込む。その後、二人で愛撫を交し合い、ゆっくり、深く、溶け込んでいった。
それで、ここにいるわけだとロイは、ぼんやりと思い出した。これほど、夢中になって女性を抱いたことはなかった。側ではがまだ眠っている。その美しい寝顔にそっと口付ける。
「ん」
目を開けた。キスでお目覚めとは、おとぎ話のお姫様みたいだ。思わず笑いがこみ上げてくる。
「よく眠れたか?」
聞くと、目をこすりながらうなずいた。
「ロイは?」
「よく眠れた」
「よかった」
部屋の窓から朝日が遠慮がちに入り込んでいた。
「今日は非番なのだが、は?」
「私も、非番」
眠たそうにうなりながら、返事した。どちらも、示し合わせたかのように非番だ。このままゆっくりしていよう。ロイはを抱き寄せた。
「もう少し、眠っていればいい」
「うん、あのね……」
子供のように甘えた声で、耳元にささやいてきた。くすぐったい。
「あんなに気持ちいいの、初めてだった」
「そうか」
抱き寄せる力が強くなる。髪をなでながら、嬉しさを隠し切れずにの耳を甘くかんだ。ぴくっと体を弾ませ、悩ましげな声をあげる。かわいい。さらに強く抱きしめると、苦しいと言われた。
は行為に慣れていた。自分は何人目なのだろうかとガラにもなく落ち込んだが、そう言われるとその不安も吹き飛ぶ。
「ロイは、優しくしてくれたね」
「そうか?」
「ちゃんと前戯で気持ち良くしてから、やってくれたもの」
「当たり前だ」
「一緒に、イッてくれた」
「ああ」
「ちゃんと、コンドームも用意してたし」
「……」
今まで、ひどい男としかやったことがないのだろう。ロイはの、前の上官を殴ってやりたいと思った。そしてまたへの情熱が湧き、欲望の発作がおこった。抱きしめる手に力がこもる。なぜか今にもが逃げ出しそうだ。しっかりと自分の胸に捕まえておく。
「ロイ、息が荒い」
そう言われても、止めることが出来ない。背中を愛撫し、唇を奪う。離すと、が聞いた?
「もう一回?」
ロイはうなずいた。は微笑んで、積極的にしゃぶりついてきた。
それを教え込んだ奴に嫉妬したくなるほど、うまい。自分がに何もかも吸い取られてしまいそうだ。それも良いかもしれないと思った。
深く、激しく、落ちていく。
いっそ、無しでは死んでしまうくらいに落ちればいい。
第弐話 眺めのいい部屋:終