―― 第壱話 酒と涙と男と女と錬金術と ――
ロイの執務室にノックの音が響いた。返事をすると、軍服に身を包み、刀を帯びた・少佐が入ってきた。
「失礼いたします」
髪をポニーテールに結い上げ、凛々しい目つきをしている。ロイはの頭から足の先まで、視線を這わせた。なかなか、いいスタイルをしている。スカートを着用とは。これがミニスカートなら良かったのに。視線をの目に戻す。気がつくと、は微笑んでいた。少女のような、愛らしい笑顔である。
「大佐、何か御用でございますか」
はきはきとした調子で、言う。その澄んだ声で、胸が心地良くなった。
「大した用ではない。少佐、今晩は暇か?」
の目が一瞬、大きく開いた。わざわざ呼び出しておいて、急に何を言うのかと思ったのだろう。しかし彼女は先程と同じ調子で答えた。
「暇であります」
ロイはふき出しそうになった。自分が誘われているかもしれないのに、軍人喋りを止めないとは。なかなか、ガードが固いのかもしれない。
「なに、今日は少佐の歓迎会と言うことで、部下たちと飲みに行こうかと思ってな」
ロイは一枚の紙切れをに渡した。受け取ると、書かれてあるものを読み、うなずく。口元に残忍な笑みが浮かんだのを、ロイは見逃さなかった。
「承知いたしました。私のためにこのような会を催していただき、ありがとうございます」
はまた、天使のような笑顔を浮かべて一礼をし、部屋を出て行った。
「お言葉ですが大佐、このような時期に宴会をしている暇など……」
ホークアイ中尉の言葉を、ロイはさえぎった。
「これでいい。中尉も参加してくれたまえ。場所は、居酒屋『ミランダ』だ」
「っにしても、急だよなあ、大佐も」
タバコをくわえながら、ハボック少尉がつぶやく。フュリー曹長、ブレダ少尉、ファルマン准尉も一緒である。四人は私服で『ミランダ』に向かっていた。
「普段は、皆を誘って飲みに行くなんてことしない人なんですけどねえ」
そう言うフュリー曹長の顔色が悪い。何か裏がある、と思っているのだろう。実際、あの大佐なら少佐と二人きりで飲みに行こうとするはずだ。ハボックはため息をついた。心配事はもう一つある。自分とフュリーは少佐の戦闘場面を知っているのだ。あんな人が酒に酔うと一体どんな恐ろしいことになるやら。
そうこうしているうちに、『ミランダ』に着いた。レンガ造りの店で、外にはガーデニングがほどこしてある。割と洒落た店だ。木の扉を開けると、そこについている鐘がカランコロンと鳴る。
「ちわーっす、8時から予約していたマスタングのグループです」
大佐の名前を告げると、カウンターでグラスを拭いていたオヤジが愛想をふりまいた。
「いらっしゃいませえ、今日はマスタング様貸し切りなのでえ、どうぞどうぞ、どんどん中へ」
妙に喋り方にクセのあるオヤジだ。中に入り、大佐とホークアイ中尉が来るまでカウンターに座って待つことにする。見ると、カウンターに先客があった。レースやフリルを惜しげもなく使ったスカート、パフスリーブ、という黒のドレスだ。白いソックスに、でかくてピカピカの黒い革靴。頭にはヘッドドレス。何だこの女は、とハボックは数歩後ろにさがった。今日は貸し切りのはず。もしやと思って顔をよく見ると、・少佐だった。
「少佐!」
声をかけると、振り向いた。手にはカクテル。すでに飲んでいるらしい。
「あら、あなたたち。遅かったじゃない。少佐と中尉は?」
長いまつげをさらにカールし、マスカラを塗って濃くしている。キラキラとしたアイシャドーとグロスが、かえって少佐の顔を幼くしているから不思議だ。
「二人は後から来ますよ。まだ仕事が残っているとかで。それにしても……」
ハボックは恐る恐る横に座り、息を呑んだ。
「気合い、入ったカッコしてますねえ」
「そうでもないわ。今日はたまたまゴスロリの気分だっただけよ」
「いやあ、かわいいお客さんでえ、私は嬉しいですよ」
シャレた店に似合わない喋り方をするオヤジは、ハボックらにカクテルを出した。注文もしていないのに、だ。グラスを眺めていると、
「あ、サービスですから」
と言う。飲んでみると、カシスのみずみずしい甘さが口の中に広がり、なかなかおいしかった。
カランコロンと扉が開いた。
「待たせたな」
大佐と中尉が来た。
「いいえ、私たちも今来たばかりですから」
ファルマンの言葉にうなずき、ロイは皆に、大テーブルにつくよう促した。カウンターにいた者そろって、テーブルにつく。
ボーイが料理や飲み物を運んできた。用意が整うと、ロイはグラスをあげて、
「今日は私のおごりだ。さあ、乾杯の用意を!」
ハボックの顔が青くなった。大佐のおごり。これは益々、あやしい。絶対に何かある。見ると、フュリーもブレダも、ファルマンも暗い表情をしている。平気なのはいつも冷静なホークアイ中尉と、純粋に喜んでいる少佐だけだ。全員が、グラスを掲げた。
「では、少佐を歓迎して、乾杯!」
「乾杯!」
酒が入ると、不安は少し和らいだ。食事もうまい。しかし大佐は両手に花か、とハボックは少し悔しくなる。いいところは全部大佐がもっていく。
「男ブレダ、今からかっこいいところを見せます!」
皆が酒のまわり始めた頃、ブレダが立ち上がってビールの大ジョッキを持ち出した。ここは盛り上げなければと、いいぞ、やれ、とハボックは声をあげる。
ブレダはイッキ飲みし始めた。大佐は眉をひそめ、中尉は無表情でパスタを食べている。
「がんばって」
と、応援しているのは少佐だ。ノリのいい人なんだな、とハボックは思う。
「ぷはー」
全部飲み終え、一息つくブレダに大佐と中尉以外の者は拍手をおくった。少佐は立ち上がり、ブレダの手を両手で握る。それを見ていた大佐がムッとした表情を浮かべたのをハボックは見た。
「少佐、どうしたんですか」
「あなた、ものすごく、男前!」
その言葉を聞いて大佐が眉間にしわを寄せた。不機嫌そうだ。自分を差し置いて、少佐は部下の方に男前の称号を与えたのだから。ざまあみろ、とハボックは内心で笑っていた。
「あの、少佐。もしかして、泣いてます?」
ブレダが心配そうにたずねた。それを聞いて、少佐の顔を見ると、確かに涙を流している。ブレダの言葉に刺激されたのか、少佐は隠しもせずうわああん、と泣いた。小さな女の子みたいに、両手で目をこすりながら、泣いている。どうしたというのだろう。ブレダは赤い顔をしながら、どうしていいのか分からずにオロオロとしている。
「あのねえ、この服のレースをつくってる人はねえ、手を痛めててもハンドクリームを買うお金もなくてかわいそうなの」
何を言っているのかわけが分からない。
「少佐は酔っているようだ」
と、大佐が立ち上がって優しく少佐の肩を抱く。
「少し外の風にあたれば酔いもさめてくるだろう」
と言い残し、泣きじゃくる少佐を連れて店の外に出た。すごく、手際がいい。女性の扱いになれているのだと改めて感じさせられる。
「じゃ、飲もうぜ」
何せ大佐のおごりだ。楽しく飲ませていただこう。ハボックはジョッキに口をつけた。そう言えば、少佐の刀が見当たらない。酔っていても刀を離さないのか、と妙に感心した。
外はもう、暗い。風が吹いている。
「すみません、大佐」
相変わらず泣きじゃくりながら、が謝る。道を通る人たちは皆、怪訝そうにこちらを見ていた。ゴスロリの、少女みたいな女性にジャケットなどラフな格好をした男。泣いている女性と、男。他から見ればさぞかし怪しいのだろう。
は左手で刀を胸に抱え込みながら、右手で目をこすり、泣いている。なかなか、泣き止みそうにない。泣き上戸とは困ったものだ。
「ごめんなさい、」
少佐がまた謝った。「せっかくの歓迎会なのに」
「いいんだ。今のうち、泣けるだけ泣いておきなさい」
言ってみて、なんて保護者めいたセリフだろうと、ロイは自分で呆れた。ついでに、こう言うのはどうだろう。
「胸なら、いくらでも貸す」
相手は酔っている。冗談のつもりで言った。しかし、は遠慮なくロイの胸に飛び込んできた。弾力のある胸の感触が、自分の胸に伝わる。の細い体を抱いた。抱いてから、何をやってるんだろうと思った。部下には手を出さないと決めているのに。胸が高鳴った。
が手を背中にまわした。刀を持ったままなので、固いものがゴツンとあたる。
「ちゃんと、やりますから」
「なに?」
「ちゃんと、やってきます。待ってて下さい」
はロイから体を離した。もう、泣いてはいない。
酔っていても、ちゃんと憶えていたのか。
ロイは感心した。は扉を開け、店に入った。さらさらとした髪と、弾力のある胸の感触がまだ残っているような気がして、ロイはしばらくそこで立っていた。
扉の開くカラコロという音が鳴った。
見ると、少佐が立っている。凛とした目つきで、こちらを見ていて、堂々としていた。もう、泣いてはいない。
店に入り、少佐は店のオヤジに、気分が悪いからトイレに行かせてもらうと告げて、店の奥に向かった。オヤジが大声で、つきあたりを右だ、と言った。左じゃない。右だ、と念をおして。左の方向に行ってほしくないような言い方だ。
泣き止みはしたが、まだ酔いは冷めてないんじゃないだろうか。心配してハボックは少佐の後姿を見ようと、座ったまま振り向く。
「あーあ」
案の定、酔いが冷めていない。左に曲がった。ハボックは立ち上がり、トイレまで連れて行こうと、少佐の後を追った。
廊下をまっすぐ進み、突き当りを左に行く。そこにはドアがあった。少佐はもうすでに中に入ったのだろう。やっかいなことになった。店の者のプライベートな部屋に出たらすごく恥ずかしいのに。ハボックは仕方ないと思いつつ、ドアを開けて中に入った。
中には、下に行く階段が通じていた。地下の食糧倉庫にでも行く階段だろうか。明かりは階段を下りたところにある部屋からもれているものだけで、暗い。足元が見えないのだ。一段、一段、壁に手をつきながら下りる。数段下りた所で、階段の間隔と段差がつかめたのでタン、タン、タンと下りた。
階段を下りていくうちにだんだん足元がはっきりしてきた。下りきった頃にはまぶしいくらいに明るくなった。部屋に出たのだ。
そこは、石の冷たい壁や床の、地下室だった。まぶしかったのは、照明の他に金ののべ棒が部屋の中央に積み重ねてあったからだ。光を金が反射して、キラキラと輝いている。あのオヤジ、実は超金持ちだったのか。意外なことに驚いていると、金の山の側で黒いドレスの少佐がうずくまっていた。
「少佐、大丈夫ですか?」
声をかけると、振り向いた。その顔は、凛々しく美しい。ハボックはどきりとした。
「ハボック少尉、こっちに来て、見て」
手招きに応じて、少佐がうずくまっている上から、のぞきこむ。少佐は、地面に書かれたものを指差していた。
「錬成陣の跡よ。証拠隠滅のために消したつもりが、ここだけ残ってる」
その、円の一部から察するに、錬成陣は金の山を取り囲むようにして書かれたらしい。
「ってことは、この金は……」
「そう。錬金術で錬成したものよ。しかし……」
少佐は周りを見回した。残念そうな表情。
「今日あたり、錬成した本人と金を使ってる人らが集まるって大佐に聞いたんだけど……」
ふうっと、ため息をついた。それにしても、広い地下室だ。金の山の周りを、一周してみる。ふと、壁際に小さな本棚があるのにハボックは気づいた。
「少佐、本棚ありますよ。何か手がかりがあるかも」
と、かけて行く。少佐も後からついて来た。本棚は、木製の粗末なものだ。本も、各段に数冊しか入っていない。
「待って」
少佐が手を伸ばし、本棚の端をつかんだ。ぐいっと引っ張る。
すると、ギギギという軋んだ音と共に、壁の向こうの空間が現れた。
「隠し扉だったのよ」
ハボックは、あっけにとられた。どうやってそれに気がついたのだろう。
少佐は中に入り、階段を上って行った。
階段を上りきると、ホコリ臭い部屋に出た。そこには、5、6人の男がいた。ボロボロのテーブルを取り囲み、何か話し合っていたところだろう。皆が、たくましい腕に3本の矢のイレズミをしていた。3本の矢のマーク。それは、近頃ここらへん一帯で大暴れしているテロリストのマークだ。
男たちは、こちらに気がついた。
「変わったお客さんだなあ、兄ちゃんに、姉ちゃんかよ」
私服なので軍人だと思われなかったのが幸いした。階段を上って早々、撃たれる危機は逃れられたのだ。しかし、男たちは銃をこちらに向けている。
チャキっと、少佐が刀を抜いて、鞘を落とした。やる気なのだろう。残忍な笑顔を浮かべて、目はキラキラ輝いている。
「ハボック少尉」
急に呼ばれたので、しわがれた声で返事した。
「あなたは、丸腰なんだから逃げて。あと、店のオヤジを見張って。こっちは私が引き受けたから」
「は、はい」
ためらうことなく、ハボックは階段を下りた。少佐なら、あの人数くらい一人で片付けられる。
「さて、久々に暴れるわよ」
久々に、って昨日暴れたばかりじゃないか。そう思いながらハボックは急いだ。
フリフリのレースだらけの服を着たその変な女は、刀を構えた。こっちは銃で、相手は刀。勝負はもうついたようなものだ、とテロリストのグループリーダーはニヤリと笑う。一発おみまいしてやろうとした時、部下の一人がリーダーに耳打ちした。
「中央支部の奴らが言ってました、妙な刀を持った女軍人に出会ったら逃げろって。あいつのことじゃないですかねえ?」
確かに、そんなことを聞いた気がする。しかし、その女は中央に出るのだ。こんな東方に出やしない。それに、仮にその女軍人だとして、すぐに尻尾巻いて逃げるわけにはいかないだろう。ここに来たと言うことは、地下の金錬成の証拠を抑えられている。
「撃て」
マシンガンやライフルでその女を狙い撃った。女は、錯乱したのか、何もない空を刀で斬った。バカだ。
しかし、何発撃っても、その女にはあたらない。女は一歩も動いていないのに、だ。
「見てください、リーダー」
部下に言われて見ると、女の前で弾が止まっている。空気の壁が弾を防いでいるのだ。
「今度は、こっちから特別すごいのを見せてあげるわ」
女が、刀身をなぞると刀が光った。この光は、あの錬金術師が金をつくる時に出た光と同じだ。女は、刀を振り下ろした。
竜巻だ。
天井に届くような竜巻が起こり、あたりのものを全て巻き込んだ。部下が、次々と飲み込まれていく。そして、リーダーの目の前に迫ってきた。
「うわああああああ」
気がつくと、リーダーは外の冷たい風に頬をなでられていた。ひんやりとした、道端で気を失っていたようだ。暗い。体をあちこち傷めたようだ。やっとのことで立ち上がる。先程まで自分のいた部屋は、壁に大きな穴があいており、そこから光がもれていた。中は二目とも見られないような酷い有様だ。部下は、まだ道端で気を失っている。
「やっと目覚めてくれた」
声のした方を見ると、あの女が頬杖をつきながら、道の隅に積んでいる木箱の上でしゃがみこんでいた。
「野郎っ」
そばに落ちていた拳銃を拾おうとすると、女は木箱から飛び上がった。
高く、高く、飛ぶ。女の背後には満月が広がっていた。
ブンッ、と刀を振る音が聞こえた。もう、ここまでか。リーダーは目を閉じた。しかし、痛みも、衝撃もない。恐る恐る目を開けると、月の光を浴びた女が、笑っていた。
「これからいろいろ聞かなきゃいけないのに、殺すわけないじゃない」
横を見ると、耳のすぐ近くに、刀があった。肩を斬る寸前で、止めているのだ。
「少佐!」
仲間たちが駆けつけて来た。リーダーは、やっとのことで諦め、大人しく捕まえられた。
「大活躍だったな、私の出番はなかった」
ロイが横を歩いているに話し掛ける。
あの後、司令部の夜勤軍人に後片付けを任せて自分たちは帰ることにしたのだ。ロイが駆けつけた頃、すでに奴らのアジトは破壊されていた。リーダー以外は気を失っていたし、リーダーも何があったのか恐怖で震えていた。
やはり、噂どおりの人物だった、とを見てロイは思った。ぜひとも、自分の念願を達成するために、側に置いておきたい。できれば、今日中に話をつけよう。そういうことで、を送ることにしたのだ。
「大佐、」
が呼んだので、その方を向く。彼女は、夢を見ているような目に、微笑を浮かべていた。
「このような歓迎会を催していただき、ありがとうございます。久々に、竜巻を出して暴れることができました」
やはり、喜んでもらえたようだ。
執務室に呼んでに歓迎会のことを告げ、一枚の紙を渡した。その紙には、『ミランダ』の名前と地図、そして店の主がテロリストに通じていること、今日そのテロリストらが会合を行うことなどが書かれていた。
ロイは事前に入手した情報により、が暴れるのが大好きだということを知っていた。中央ではそれが仇となって、東方に飛ばされることとなったのだが。それは穏やかな上官と上手くいかなかった、という事実が裏に隠されていた。
大いに暴れてくれそうな部下が欲しかったロイにとって、の東方司令部異動は、まさに棚からボタ餅といったところだろう。
「これからも、好きなだけ暴れるがいい」
言うなら、今だとロイは思った。
「私はある目的を持っている。そのためには、少佐のような人物が必要なのだ。どうだ、私の下で、暴れないか?」
「よろこんで!」
「即答?!」
は、満面の笑みを浮かべていた。天使のような、笑顔だ。
「大佐の下にいれば、この先、今日みたいなことが起こるのなら。喜んで従います」
ふいに、は立ち止まった。つられて止まると、ロイの手をとり、軽く手の甲に唇をつけた。
「忠誠の証です」
その仕草を見て、ロイは体の奥底から熱がこみ上げてくるのを感じた。を抱き寄せ、あらわになっている首筋に唇を這わせた。
「大佐、何をするんですか?!」
の声に、はっと我に帰り、離した。どうかしていた。部下には手を出さないと決めていたのに。しかし、胸は高鳴ったままだ。人が通っていない道だというのも理性を失わせる要因だろう。
はその後、黙って道を歩いていた。嫌われたかもしれない、とロイは心配した。いつもの自分らしくない。なりふり構わず、ああいう行動に出てしまうとは。
はアパートの前に立ち止まり、ここが自分の住んでるところだと告げた。このまま、変な雰囲気のままで別れるのは嫌だった。せめて先程の、自分の下についてくれると言ったことに変わりはないかと。それだけでも確かめたい。
「少佐、先程のことだが……」
声をかけると、は凛とした目でこちらを見上げた。
「わかりました、大佐」
ふうっと、ため息をついた。そしてロイの手をそっと、握る。
「うちに上がって行ってください」
と、手を引いてアパートの門をくぐった。ロイはわけの分からないまま、ついて行った。
いろんな期待と、欲望と、不安をごちゃまぜにした感情のまま、しかし喜びを隠せずに……。
第壱話 酒と涙と男と女と錬金術と:終