「今日はすぐに帰って来るから」

 そうなだめて、今日は非番じゃないのかとふくれるの額にキスをした。

「行ってくる」

 いつもは玄関まで見送ってくれるのだが、今日はリビングのソファに座ったまま、ふくれっつらになり、ロイの顔を見ようともしない。
 仕方なく、一人で家を出た。



キャンドル・ライト

クリスマス企画! 鋼錬:ロイ編



「そういうわけだ、ハボック少尉!」
「……何がそういうわけ、なんスか!」

 執務室の中、仕事に忙しい部下の肩を叩き、黒く微笑むロイ。

「わかっているだろう? 今日は大事な日だ。私としては早く帰りたいのだよ」
「って、オレに残業やれと?」
「さすが、物分りのいい部下を持つと頼もしいな。では、後は頼んだ!」
「ひでえ! ホークアイ中尉たすけて!」

 ロイの背後でハボックは泣き叫んだが、その叫びは虚しくやや寒い室内の空気に溶け込んでしまった。ホークアイはいない。こんな日に限って非番だったりするのだ。

「諦めるしかないですね」

 フュリー曹長が少し離れた所からため息をつく。



 ロイは、もう暗くなった家路を急いだ。思ったよりも早く帰れたつもりだが、冬の日暮れは早いものだ。
 街灯の光がぼんやりと宙に浮かび、足元を照らしている。街に出ると、今日は特別な日のためか、どの店にも明かりが灯っていて、にぎやかな声が外にまで聞こえてきている。大きな包みを持った父親と娘、食事に向かうのであろう家族連れ、そして若いカップルなどとすれ違う。
 の待つ家に早く帰らなければ。
 幸せそうな通行人を見て、ロイは焦った。早歩きで道を急ぐ。

しかし――

「マスタング大佐ですか」

 暗がりの中、聞き覚えのない声に呼び止められる。街灯の無い所なので相手の顔が見えない。ただ、相手がいるであろうと思える場所が、周りの闇よりも濃いのを認めた。ただならぬ殺気を覚える。

「ああ、そうだが」

 発火布で出来た手袋を静かにはめる。こんな日に限って闇討ちに遭うとは。別の日にしてもらいたいものだな。胸の内でぶつぶつ言いながら、構えた。

「イシュヴァールの仇!」

 叫びながら光物を抜いた相手は、真っ直ぐロイに向かってきた。刺し違えてでもロイを倒す気でいるらしい。イシュヴァールの生き残りらしき者にはよく狙われるが、何度そんな目に遭っても、真っ直ぐこちらに向かって来る相手に慣れることが出来ない。家族や友人、その他あらゆる仲間を殺された恨みを一身に背負っているのだ。
 攻撃をかわし、考える。
 簡単にかわせるほど、相手の攻撃は読みやすい。未熟者がようやく光物を使ってなんとかあだ討ちの形になっているようなものだ。

「すまんが、急いでいる。別の日にしてくれ」

 びゅんびゅんと攻撃を空振る相手にそう告げ、ロイは走ってその場を逃れようとした。

「逃がすか!」

 よく聞くと、まだ幼さの残る声だ。鋼のと同じ年頃だろう。そう思った時、わずかに避け損ねて右上腕部に刃物が走った。傷は浅いが、血が腕を伝って流れ落ちる。傷口を抑えて、ロイはそのまま走り逃げた。



 呼び鈴を鳴らすと、遅い、とは怒りながら乱暴にドアを開けた。

「早く帰るって言ったのに……って、血?!」
「すまん。ついそこで襲われた」

 は顔を青くし、急いでロイを家の中に入れた。リビングのソファに座らせ、救急箱を取りに行く。

「……相手、強かったのね?」
「いや、弱かった。だが、ガラにもなく相手に少し同情してしまったらしい」
「……なによ、それ」

 は少し涙ぐみながら戻り、手当てを始めた。傷が出血の割りに浅いのを知ってか、顔色が元に戻る。

「偉そうに、血なんか流して。びっくりしたんだから」
「心配かけたな」

 ダイニングを見る。
 テーブルにはケーキやチキンなどが用意したご馳走がならんでいた。

「……とんだイヴだ」

 ため息混じりにつぶやくと、が抱きついてきた。

「無事でよかった」

 心の底からそう言っているようだ。愛しい思いが溢れてきそうなほど湧き出てきたので、ロイはを強く抱きしめた。

「あ、そうだ、いいこと思いついた」

 急にどうしたのか、はロイから離れ、立ち上がって部屋中の電気を消しはじめた。

「何をするんだ?」
「ロイ、発火布つけたままでしょ?」

 そう言われてみればそうだ。攻撃しようとはめたものの、結局使わずにそのまま帰ってきたのだった。
 電気を消し、はそろりそろりとソファに戻ってきた。

「ロイ、火つけて」
「どこに?」
「ほら、パチンってするでしょ? パチンってした状態のままでストップ!」
「……むずかしいな」

 そう言いつつ、パチン、と指を鳴らすように発火布を摩擦させて炎を作り出した。それをそのまま指先にとどめておく。真っ赤な炎はゆらゆらと宙に浮き、ロイとの顔を照らした。

「きれい」

 目を輝かせながら、その炎に見惚れる
 ロイはふいに、先ほど襲ってきた幼いイシュヴァールの民を、そして、先の内乱を思い出した。自分のこの技は戦闘において発揮されるものだと思っていたが、こんな使い方もあったとは……。

 キャンドルライトのように輝く自分の出した炎。その先にあるの顔。
 ふっと炎を消す。部屋中が暗くなった。

「どうしたの、ロイ?」

 不思議そうに尋ねるを抱き寄せ、その唇にそっとキスをした。

キャンドル・ライト:終

 クリスマスのために書いたドリーム、ロイ編でした。
 なんか、わがままなヒロインですみません。でも、そんなところにもロイさんは惚れこんでるってことで……。(←何?!)

        冬里

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