宇佐美がボックスに来ると、そこにが一人でイスに座り、ドッジボールマガジンを読んでいた。暇なので読んでいる、というわけではなさそうだ。食い入るようにして読んでいる。

「おっす、

 声をかけて初めて、は宇佐美に気がついた。

「なんでそう真剣に読んでるんだ?」
「うん、この雑誌にね、勝手に写真載ってて……」

 そう言うの顔に元気はなさそうだ。どうしたんだろう、と宇佐美は心配になる。



宇佐美の憂鬱

嵐連載、番外編



 普通、偶然とは言え雑誌に自分の写真が載っているということは嬉しいものじゃないのだろうか。でも、目の前のマネージャーは口を尖らせながら、肖像権の侵害だとぶつぶつ言っている。
 なんでも、雑誌の記者がB・Aの取材に来ていたことは知っていたし嵐や高山や宇佐美ら選手の写真や練習風景の写真を撮っている場面を実際に見た。しかし自分がいつの間にか撮られていたのは知らない、という。
 雑誌に載っていたのは、座ってボールを磨いているだった。斜め上から撮ったものだ。
 その写真、欲しいなと宇佐美は思う。
 かわいく写っているのにどうして気に入らないんだろう。

「宇佐美、来てたのならさっさと着替えて来い」

 更衣室から嵐が出てきた。今日は九ノ助も一緒である。
 宇佐美は、内心おもしろくなかった。
 せっかく、とボックスで二人きりだったのに。嵐がいると邪魔だ。嵐はと家が近くて、学校でも同じクラスなのだから少しはゆずってくれてもいいじゃないか、と思うがさすがに本人に言うことは出来ない。

も、雑誌読んでないでさっさと用意しろ」
「だって、これ見てよ」

 が雑誌を指したので嵐はのイスに近づき、机に広げてある雑誌を見た。
 近すぎじゃないか、と宇佐美は思う。
 思いながらも、どうすることもできずに更衣室に向かった。





 と初めて会って、いきなり頭を撫でられたりして驚いたが、しかし宇佐美は一目見てを好きになった。
 みんな、のことが好きだろうけれど、自分は他の誰よりもが好きだと自身を持って言える、と宇佐美は皆の前で言いたかった。そうすれば軽い気持ちでのことを目で追っている奴らはあきらめるかもしれない。けれど、そんなことを言うと逆にからかわれるだろう。あれこれ考えて、宇佐美はため息をついた。それ以前には自分のことをどう思っているのだろうか。それが心配だ。
 けれど嵐は、、と呼んでいる。他の奴らは勝手にちゃん、と呼んでいる。自分だけが自身に許されて、と呼んでいるのだ。これは他の奴らよりも一歩リードしているっていうことだ。
 胸がいっぱいになった気持ちで着替えを終え、更衣室を出た。ボックスにはまだがいて、側に嵐がいた。他の者はまだみたいだ。

「俺の方から出版社に言っておこう」
「もう、遅いわよ」
「雑誌が出ている分は仕方がないが、今後こういうことがあればまた問題になるだろう?」
「それも、そうね」

 二人が雑誌について話し合っていた。何だか仲間はずれになったみたいだ。宇佐美は二人から少し離れたイスに座り、クツ紐を結びなおした。
 嵐には、かなわない。一瞬、もう一人の自分がささやいた気がして、宇佐美は手を止めた。
 嵐は確かに、と呼んでいるし、に対してきつい面もある。けれど最近は時々、二人だけにしか分からないようなことを話している。自分も含めて他の奴もいる場なのに、そこに二人だけの別世界が設けられているような。第三者が入り込めない、世界だ。きっと、二人は同じ価値観を共有しているのだろう。今が、まさにその状態だ。

「宇佐美くん、考えこんじゃって、どうしたの?」

 頭を撫でられる感触がした。
 見上げると、が微笑みながら立っていたのだ。

「なんでもない」

 気がつくと、メンバーが集まりはじめていた。そろそろコートに出なければ。



 練習に打ち込んでいると、ボックスでの憂鬱な気分も晴れた。さわやかな気分で練習を終えて、からのタオルを受け取る。

「お疲れ、宇佐美くん」

 にっこり微笑む。その笑顔を見て何だか嬉しくなった。しかし、同時に笑顔を安売りしすぎじゃないかと心配になる。

「ねえ、
「なあに?」

 うっかり呼びかけてみたものの、何を言っていいか分からない。笑顔を安売りするななんて、すぐに言えるわけがないじゃないか。

「なんでもないんだけど、」
「けど?」

 なおも自分のことを気にかけているを見て、胸がどきどきした。こうなれば、言ってやろう。

は嵐さんのこと、好きなのか?」
「へ?」

 言ってみて、自分が言ったことに驚いた。何を言っているんだ。幸い、周りに人は少なく、噂の本人はボックスに帰った後だった。

「急に、どうしたの?」
「あ、ごめん、変なこと聞いて」

 自分でも顔が赤くなっている気がする。その場を離れようとすると、が頭を撫でてきた。

「今日の宇佐美くん、様子が変。何かあったの?」
「な、何もない」
「嵐くんは、好きよ」

 え。宇佐美の思考が一瞬、停止した。
 は何と言った?
 聞いてはいけないようなことを、聞いた気がする。
 は宇佐美の頭から、手を離した。

「もちろん、宇佐美くんも、みんなも、好きよ」

 ああ、そういうことか。
 安心する。は恋愛感情でもって嵐を好きだと言ったのではないのだ。
 安心したものの、自分も他の奴らと同レベルだと知って落ち込んだ。

「俺は、のことが好きなのに」

 つい、口に出た言葉にまた、自分で驚く。
 しかし、目の前のは、何か言った? と聞いたきた。よかった、聞かれていない。

「なんでもない」
「よかった。じゃ、早く着替えてきなよ」

 気がつくと、コートにいるいるのは少数だ。宇佐美はうなずき、ボックスに向かって走った。



 帰り。
 いつも通りの所で嵐、の二人と別れた。

「嵐さん、いいよなあ。ちゃんと家が近くて」

 緒方がぼやく。高山以外の皆がそれに同意した。

「でも、嵐さんがちゃんを狙ってたら、勝てそうにないな」

 服部のぼやきにも皆がうなずく。高山と、宇佐美を除いて。



   宇佐美は思っていた。
 相手があの嵐さんでも、今日、に聞いたところだと、自分と同じレベルじゃないか。それなら、まだ望みがある。
 今まで、自分は控えめだったんじゃないかと、宇佐美は振り返った。
 これからは、積極的にいこう。
 静かに、そう誓った。

『宇佐美の憂鬱』:終

 ちょっとわき道にそれて、宇佐美夢でした。
 たまにはこうやって本筋から離れるのもいいかも、とか思いました。
 次回こそ、荒崎侵入です。

      冬里

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