日曜日もはメイドの仕事を休まない。
 日曜はが大河のいない間に部屋の掃除をする。掃除道具をつんだカートを押して大河の部屋に向かった。
 大河は聖アローズで練習をしているところだ。今頃は六魔天に稽古をつけたり、一緒に練習をしたりしていることだろう。
 その様子を思い浮かべながら歩いていると、部屋の前に何かが落ちているのを見つけた。カートを止めてそれを拾う。

「これは……」

 大河のグローブだった。これがないと練習ができない。
 大河の荷物類はが整理している。自分としたことが、どうして大河の忘れ物に注意していなかったのだろう。そう思うと、顔中の血の気が引いていくような気がした。

「とにかく、届けに行かないと」

 はグローブを握りしめた。



第4話:A Thing Left Behind



 は二階堂邸を出た。
 出たものの、聖アローズまではだいぶ道のりがある。途中で人通りの多い街にも出るし、聖アローズに着いてからも闘球場まで結構歩く。
 普通の格好で出ればよかったと思う。
 なぜなら……。

「あ、あの、『ご主人様』って呼んでもらえませんか?」

 チェック柄のシャツにジーパン、リュックサックといった服装でメガネで太っていて髪がボサボサな男性が声をかけてきた。
 の格好は白いヘッドドレスに、黒いパフスリーブつきのドレス、白いエプロン、ニーソックスという典型的なメイドファッションだ。それを見てこういう人が声をかけてきたのだろう。

「急いでますから」

 は走ってその場を離れた。
 気がつけば、いろんな人たちがの方を見てくる。大河の忘れ物を早く届けなければと焦ってしまい、こんな格好で出てしまった。恥かしい。
 はそのまま走って聖アローズに向かった。その方が人目に晒されないような気がする。


 やっと着いた。
 聖アローズの校門を見上げて、あいかわらずスケールの大きな学校だと思った。校門一つとっても、の通っている公立学校のそれとは全く違う。
 日曜でも部活があるため、校門は開いている。そして、キャンパス内を歩いている生徒も多かった。
 何度も来ている所だから、どこが闘球場かは分かっている。ずっと続いているレンガ敷きの道を歩いた。
 ここに通っている人は金持ちのお坊ちゃん、お嬢さんばかりなのでメイドは見慣れているはずだ。
 だが、はここでも浮いていた。行き交う生徒たちの視線を浴びる。きっと、同い年くらいの娘がメイドをやっているので驚いているのだろう。
 やっぱりここも走って行こう、と思った時……。

「あなた、大河様の所にいるメイドじゃない」

 二人の女の子がの所に近づいて来る。

「どうしてメイドがこんな所にいるのよ」
「ここでも大河様に近づこうってわけ?」

 二人の顔に見覚えがあった。以前大河の所に遊びに来て、一人は途中で帰り、一人は事実上大河に帰らされた。どちらもに恨みを抱いているのだろう。まずい相手に会ったものだと、はため息をついた。

「大河様に忘れ物を届けに参りました。急いでおりますので、ご用は後ほどでもよろしいでしょうか?」

 一応、敬語で話す。二人は目を細めてを見てきた。

「それが忘れ物?」

 栗色のストレートヘアーの娘がの手にしているグローブを指す。うなずくと、彼女はもう一人と顔を見合わせて、

「それじゃ、私たちがそれを大河様に届けるわ」

 口を横に引き伸ばしただけの笑顔を見せて、手を伸ばしてきた。からグローブを取るつもりらしい。

「あの、これは私の役目ですから」

 この人たちに大河の物を渡すわけにはいかない。いや、渡したくはない。
 不思議とそう思って、はグローブを胸に抱え込んだ。

「何よ、人がせっかく親切に言ってあげてるのに!」
「そうよ! そこまで大河様に近づきたいわけ?」

 二人が詰め寄って来る。その表情が怖かった。
 だいたい、自分は大河に近づきたくてここまで来たのではない。大河が忘れ物をしたのは自分がしっかりチェックしておかなかったせいなので、責任持って自分できちんと大河に忘れ物を渡したいのだ。
 これはメイドとしての意地だ。そうは結論づけ、二人を睨んだ。

「何よ、メイドのくせに私たちに刃向かおうっていうの?」
「メイドはメイドらしくすればいいのよ!」

 ほとんどヒステリックに叫んでいる二人。一体何が彼女たちをそうさせているのだろう。叫ばれている当の本人、はむしろ冷めた目で二人を見ていた。

さんじゃないか」

 声がして、その方を向く。六魔天の一人、東山がこちらに来ていた。
 それを見たのか、女の子は二人ともから離れ、どこかに行ってしまった。

「東山様」

 は頭を下げる。

「どうしてこんな所に?」

 聞かれて、は事の次第を話した。東山は首をかしげる。

「おかしいな。大河様はきちんとグローブをつけて練習しているが……」
 言いかけて、慌てた様子を見せた。

「いや、きっと予備のやつだから練習しづらいはず。持っていこう」

 どうやらが無駄足だったと思って落ち込まないように気を使ってくれたみたいだ。そんな彼の気配りが嬉しく、は微笑んだ。
 東山はなぜか顔を赤くして「行こうか」と歩きだす。

「先ほどは助かりました」

 二人に詰め寄られていた時に、タイミングよく声をかけてくれた礼を言う。東山はまた顔を赤く染めた。

「ケガの功名ってやつさ。罰ランニングの最中にたまたまさんを見つけたんだよ」
「罰?」
「ああ。大河様のショットを十球中五球も受けれなかった」

 厳しい、とは思った。
 大河のショットは、素人目に見ても並大抵のものではないと分かる。それを受けるのは、たとえ聖アローズレギュラーでも大変なものだろう。

「でもさんと会えたから、こうやってゆっくり帰れる」

 東山はそう言って微笑んだ。
 大河が西洋系の美形だとしたら、東山は東洋系のそれだろう。切れ長の涼しげな目元で、整った顔立ちをしている。
 彼と並んで歩いているのを見てを恨む女の子がいるかもしれない。そう思うと少しだけ気が重かった。
 闘球ドームに着く。
 ローマのコロシアムを模した巨大闘球場だ。中央に出ると聖アローズのメンバーが投球練習をしていた。大河は一段高い観客席に立って腕を組み、メンバーに指示を下している。
 大河はふとに気づき、観客席からひらりと飛び降りてこちらに来た。

 春風のような笑顔を見せる。次に東山を見て、少し眉をひそめた。

「東山、ランニングはどうした?」
「あの、東山様は私を助けてくださったんです」

 は東山をかばった。これまでのいきさつを説明すると、大河は「そうか」とうなずき、

「じゃあ闘球場外周を三周で勘弁してあげるよ」

 にっこりと微笑んで恐ろしいことを言う。東山は途方にくれながらも早々と外に出て行った。
 かわいそうに、とは思うが、大河に口出しできるはずもない。それよりも、肝心な用があった。

「大河様、グローブをお届けにあがりました」

 持っていたグローブを差し出す。

「ありがとう」

 それを受け取る大河の手には、東山の言っていた通り、グローブがはめられている。

「これはもう、いらない」

 大河ははめていたグローブを脱ぎ捨て、が持って来たのを代わりにはめた。

「申し訳ありません。私が大河様の持ち物をきちんと確認していなかったばかりに……」

 は頭を下げた。
 すると両肩に大河の手が乗るのを感じた。頭を上げると、大河の顔が近くにあったので驚く。

は悪くないよ。僕が部屋の前でグローブを落とすなんて、誰も予想できやしないさ。それより……」

 大河はの手を取った。

「せっかく来たんだから、練習でも見て行かないか」
「でも、お部屋のお掃除が……」
「僕の方からミセス・シェリーに連絡するよ。今日ぐらいゆっくりしても誰も文句は言わないさ」

 気がつけば観客席まで連れて来られた。
 大河は練習に戻る気配はない。を席に座らせ、

「五十嵐! 東山が戻って来次第、紅白戦だ!」

 そして自分はの横に座る。
 五十嵐が「かしこまりました」と承知し、皆を集める。その様子を見ながら、はふとした疑問が湧き上がってくるのを感じた。
 先ほど、大河は部屋の前でグローブを落としたと言った。しかし、はそんなことを大河に言っていない。単にグローブを届けに来たと言っただけだ。そうすると、大河は自分が部屋の前で落としたというのを分かっていたことになる。
 なぜ?

「ほら、始まったよ」

 は我に帰り、闘球場を見下ろした。
 聖アローズの二軍も含めて、六魔天が三対三に別れ試合をしている。五十嵐と楠木のスクリーンプレイ、東山と小早川のコンビネーションプレイ……。
 試合は五十嵐のいるチームが勝った。東山のいるチームは負けだったので、は残念に思う。
 しかし、久しぶりに試合を見れたので嬉しい。

「楽しかった?」

 大河に聞かれて、

「もちろんです。ありがとうございました」

 そしてニッコリ微笑む。



 帰りは大河と一緒に帰った。迎えの車に乗り込む。は遠慮したのだが、大河がどうしてもと言うので、二人並んで後部座席に座った。

「聖アローズはいい所だろう? もここに通えばいいのに」
「今の学校で十分でございます」

 正直、こんな学校に行ったら身が持たないと思う。大河のことが好きな女の子たちにこれ以上睨まれるのも面倒だ。何よりも、大河と同じ学校に通うなんてできない。

「それよりも大河様……」

 は、闘球場にいた時に湧き上がった疑問を大河に話してみようと思った。

「今日はどうして、ご自分がグローブをお部屋の前に落としたと分かったのですか?」

 大河は困惑したような顔を見せた。いつも落ち着いている大河には珍しいほど、慌てている。と自分の膝を交互に見て、それからまたを見た。

「ごめん、

 大河が頭を下げたので、は驚いた。

「いつも日曜に誘ってもは来てくれないから、わざと忘れ物をしたんだ。ならきっと届けに来てくれると思って」

 本当にごめん、とまた頭を下げるのを、は止めた。

「そういうことだったのですか」

 ほっとした。
 もしかして、自分がきちんとしていなかったためにグローブが落ちたのだと思っていたのだ。
 安心すると今度は、大河がわざと忘れ物をしなければメイド服のままで街に出て恥かしい思いをしなくても済んだし、あの二人の女子にも絡まれずに済んだのだという思いが沸いて出てきた。。

、怒った?」

 大河が心配して、恐る恐る聞いてくる。はハッとして、大河に対して恨みがましい思いを抱いていたのに気づいた。いけない。大河は悪気があってそんなことをしたのではないのだ。ただ、自分を誘いたくてそうしたのだ。は首を振った。

「いいえ。そのお蔭で今日は久しぶりに聖アローズの練習を見学できましたもの」

 大河を安心させるために微笑む。

「そうだ、今度お詫びにどこかに連れて行ってあげるよ。いいだろう?」
「でも……」
「たまにはいいじゃないか。これも仕事のうちだと思えばいい」

 そうだろう? と大河が同意を求めてくる。こんなにきれいな瞳で見られると、拒否はできない。思わずうなずいてしまう。

「決まりだね」

 大河は微笑んだ。
 大河のペースに取り込まれている自分を意識しながら、はそれでも良いと思い、再びうなずいた。

第4話:A Thing Left Behind/終

 ああ、久々に書いたメイド萌え夢です。久々なので筆が進まなかったことこの上ない。
 六魔天を出したかったのですが、結局は東山君一人のみ登場ってことになってしまいました。
 それにしても大河め!(←タメかよ!) しかも、様がめっちゃ従順なメイドになってしまい……。
 ちゃっかりデートにまでこぎつけてる大河様。自動的に次回はデート話になってしまうじゃないか! ということでお楽しみに。
      冬里

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