いつものように帰ってきてから自分の部屋で着替えをし、お茶を飲んでいると通信機のアラームが鳴った。取ると、クミコさんからだった。勝手口にの友達が来てるとのことだ。

「男の子一人で来てるのよ。断ろうと思ったけど、どうしてもって言うから断れなくて。ごめんね」
「いいんですよ、今行きます」

 とは言ったものの、乗り気がしない。まず、学校の友達には二階堂家のメイドをしているなんてことを言っていないのだ。
 それに、今の格好。ヘッドドレスに黒いパフスリーブつきのワンピース、白いエプロンとくれば典型的なメイドスタイルだ。これを見て引かない人はいないだろう。

「でも、いいか」

 来たのは男の子だということだ。引かれても構わないだろう。



第3話:Defender





 勝手口には、いつもサッカーの試合に誘ってくる隣のクラスの男子がいた。名前は覚えていない。

「お待たせ」

 とりあえずそう言いながら近づくと、相手は目を丸く見開いて、驚きの表情をあらわにした。やっぱり、この格好はまずかったか。しかしわざわざ普段着に着替えるのも面倒だった。

「何か用?」

 聞くと、相手は真っ赤な顔をしながら、

「その格好は?」

 逆に聞かれた。しぶしぶ、自分のエプロンを見ながらは答える。

「これ? 私、ここのメイドしてるの。メイド見習いっていう方が近いかな」
「メイドだって?!」

 その男子は叫んだ。叫ぶほど驚くことだろうか、とは少しムっとくる。

「用は何?」

 時間に追われているのだと伝えるために腕時計を見ながら、少しきつめにそう言うと、相手は思い出したかのように口を開いた。

「今度の土曜、試合に来てくれねえかなと思って」
「それなら、前に断ったわよ? 土曜は用があるって。本当は他に用があるんじゃない?」

 がそう言うと、相手はしまった、といった顔をしてうつむいた。しばらく黙りこみ、それから顔をあげる。

「オレ、のこともっと知りたくて。どのクラブに入ってるのか、家はどこらへんなのか、週末は何をやってるのか……知りたかったんだ。だから今日、練習休みだからの後を……」
「つけてきたのね?」

 相手が言い終わる前にはそう聞いた。サッカー少年風のその男子は、うなずく。たくましい体つきで、身長も高く、顔もそう悪くない。確か、同じクラスの子が彼を見てキャーキャー言っていたはずだ。そんなモテる男子が何を間違って、女子の後をつけたりしたのだろう。しかも、つけた相手を呼び出すなんてある意味、すごい。

「私、小さい頃からここでお世話になってるの」
「でも、メイドだろ? 子供が働いてはいけないんだぜ? 父さんが弁護士をやってるからオレ、知ってるんだ」
「別に働かされてるわけじゃないの。私から進んでメイドやってるの。あなたには関係のないことよ」

 少し、きつく言い過ぎたかもしれない。しかし名前も知らない相手に、しかも自分の後をストーカーみたいにつけてきた相手に優しく言うことはできなかった。

「なんだと? 関係ないとはどういうことだよ?」

 顔を真っ赤にして、相手は叫ぶ。の両肩を乱暴につかみ、正面から見つめてきた。さっきまで穏やかだった目がギラギラと鈍く光っていて、何だか怖くなった。こういう時に限って、周りに人の気配はない。大河が帰ってくる頃だから皆、忙しいのだ。
 そう思った時、小型通信機のアラームが鳴った。エプロンのポケットから取り出すと、片手でいとも容易く取り上げられ、地面に叩きつけられた。ビッ、という鈍い音がして、アラームが鳴り止んだ。たぶん、壊れたのだろう。
 相手はなおも強く肩をつかみ、塀にまでを追いつめた。血走った目でこちらを見ており、ますます怖くなる。

「俺、が好きなんだよ!」

 よく叫ぶ人だ、とは相手を見た。もう大河は着いただろうかと、その場に相応しくないことを考える。

が、ここのお坊ちゃまに良いようにこき使われてるのに耐えられないんだ!」

 どうやら昔の少女漫画に出てくる、金持ちのお嬢様にいじめられているヒロインとを重ね合わせているみたいだ。
 心配してくれているのはありがたいが、勘違いされているのは迷惑だ。

「大河さまは、そんな人じゃないわ」
「なんでそんな坊ちゃまをかばうんだ?」

 そう言うと、相手は顔をさらに近づけてきた。その口が今にもの唇に食らいつきそうだ。

「そこで何をしている?!」

 澄んだ声がした。
 に近づいていた相手は、さっとをはなす。解放されてから、声のした方を向くと、思ったとおり、そこには大河がいた。

「何だお前?」
「そのセリフ、そのまま君にお返しするよ。ここは僕の家だ。君みたいな人を招いた覚えはないね」
「すると、お前は……」

 相手が言葉を失っている間に、大河はの元につかつかと歩み寄ってきた。

「大丈夫か、?」
「はい、大河さま。あの、お出迎えできずに申し訳ありません」
「いいんだ。無事でよかった。それから……」

 大河は相手を睨んだ。

に何をしようとしていたのか知らないけど、彼女に指一本触れるとただでは済まさないよ」
「何だと? お前、の何なんだよ?」

 そうわめかれて、大河は冷たくふっ、と笑った。

「君なんかはにふさわしくない。は僕のものだ。そうだろう?」

 聞かれて、思わずはうなずいた。
 それを見て相手は舌打ちをし、勝手口を出て行った。



「何もされなかった?」

 あの男子が出て行ったのを認めてから、大河は聞いた。

「はい。助けていただき、ありがとうございます」

 は頭を下げた。

「いいんだ。玄関にの姿がなかったから、心配してたんだ。ここにいると聞いて、来たらあんなことになってたので驚いたよ」
「ご迷惑をおかけしました」
、さっき言った言葉だけど……」

 大河はをまっすぐに見てきた。澄んだ瞳が本当にきれいだと思う。いつになく真剣な面持ちで見られると、かえって自分の顔に何かついているのかと焦ってしまう。

は僕のものということで、構わない?」

 何を言われるのかと思えば、そういうことか。はおかしくなって、笑ってしまった。

「笑わなくてもいいだろう?」
「すみません。でも、大河さまったら急におかしなことを。私は大河さまのものです。ですから、何でもお言いつけ下さいませ」

 がそう言うと、大河は硬直したかのように全ての動作を止めた。きれいな蝋人形のようだ。
 しばらくそうしていてから、氷が融けたかのように再び動き出した。

「そういうことじゃないんだけどな」

 ため息をつき、まあいいかとつぶやいた。そして庭の方にまわって行こうとする。

「お茶は、何をお持ちいたしましょう?」

 が聞く。

「そうだな。オレンジペコーがいい」

 大河が答えると、暖かな風が吹いてきた。上を向くと、空は澄み切った青だ。雲ひとつ浮いていない、快晴。

「今日は天気が良いから、庭のあずま屋で本でも読むことにするよ。そこに持って来て。一緒にお茶をしよう」

 そう言って、大河は微笑んだ。
 春の日の心地良さを集めたような、そんな雰囲気が大河にはある。

「かしこまりました」

 は一礼をして、使用人用出入り口に向かった。

第3話:Defender/終

 オリキャラが出張りすぎたような……。それにしても哀れな奴だ。大河がライバルだと誰でも諦めるっちゅうねん。
 この連載、気が向いた時につらつらと書いてます。
 次回は六魔天出したいなあ。

      冬里

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