放課後、校門から出ようとすると声をかけてくる者がいた。名前は忘れたが、隣のクラスの男子で、何かにつけてよくに話しかけてくる。サッカーをやっているらしく、たくましい体つきをしていて、背が高かった。そばかすのかかった頬が健康的なイメージを与えているから不思議だ。
「、今帰りか?」 は手帳を取り出した。皮製のシックなシステム手帳だ。明日のスケジュールを見る。土曜日なので午前で授業が終わる。しかし、午後から大河のチームが二階堂家の敷地内にある闘球ドームで練習をする。そのお世話をしなければ。
「……だめだわ。ちょっと用事がある」
何回言ったか分からないセリフだ。本当なら今度の試合の日程を聞いて、その日に休みが取れるよう計らうべきだろう。しかし、名前も知らない人のためにわざわざ時間を割く気にはなれなかった。
第2話:Be Jealous !
勝手口から二階堂家の屋敷に入る。 「おかえり、」 ドアを開けると、ミス・シェリーが出迎えてくれた。
「ただいま」
そんな会話を交わしてから、すぐそばの階段を上っていく。四階分上り、さらに上ると屋根裏部屋になる。そこでは寝起きしていた。屋根裏と言っても、大邸宅の屋根裏であり、天井も高く、広くて快適なものだ。 「もう、できてるよ」
指された方に二つ分のフルーツタルトが用意されていた。いちごのソースが控えめにかかっていて、それがタルトをおいしそうに見せている。はトレーを取り出し、そこにタルトの皿を乗せた。食器棚から大河がいつも使っている銀食器とティーセットを取り出す。今日はストレートティーにしよう。葉はダージリン産セカンドフラッシュだ。果実のようなすっきりとした甘さがタルトのおいしさを際立たせるだろう。
「失礼いたします、お茶の用意をお持ちしました」
朝とは違い、きりりと引き締まった命令口調が響く。はドアを開けた。中では大河と女の子が向かい合ってテーブルに座っていた。 「そうだ、も一緒に宿題をしよう」 大河が涼しげな目をに向けてきた。そう提案されるのはいつものことだ。しかし、今日は客が来ている。それも、女の子だ。大河と彼女の関係がどうであるか分からないが、しかし彼女にしてみれば初対面の、しかもメイドが仲間に加わると面白くないだろう。
「申し訳ございません大河さま。私はこれから……」 の言葉を遮り、大河は女の子に同意を求めた。大河にそう言われると、うなずくしかない。は彼女に同情した。 「かしこまりました」
礼をして、部屋を出る。なるべく、二人から離れた所にいようと思った。お客様に失礼の無いように。ミス・シェリーからいつもそう言われているのだ。しかし、思い返してみれば前にもこれと似たようなことがあった。今日来ている女の子とは別の女の子だったが、大河は同じようにを誘った。あの時は、宿題の途中で女の子が帰ってしまったのだ。きっと、つまらなかったのだろう。それもそのはずで、大河は女の子を放っておいたままでにばかり話しかけてくるからだ。
しかしの心配は杞憂に終わりそうだった。二人がタルトを食べ終わる時間を見計らい、自室から宿題と筆記用具を持って大河の部屋に入ると、二人が仲良く喋りながら宿題をしているようだったからだ。ペアワーク発表でもあるのだろうか。結構、熱心な様子だった。
「どうした、?」 微笑んで、そして原稿用紙を見つめた。とにかく、宿題を済ませよう。ミセス・シェリーのこと。彼女はを育て、家事や礼儀作法を教えてくれた。今は毎日、英語のレッスンも受けている。彼女のことをつらつらと書いていると、大河の涼しい声が聞こえた。 「今日はここまでにしておこう。!」 呼ばれて、鉛筆を置いては立ち上がった。
「はい、大河さま」 女の子は、きょとん、とした表情のままだった。まだ途中なのに、とでも言いたそうである。しかしは大河の言いつけを優先させた。大河は彼女のことが好きだというわけでもなかったらしい。大河の気まぐれに従わされる彼女に哀れみを覚えつつ、は彼女の荷物を持とうと、近づいた。
「大河くん、どうして? まだ途中じゃない」 にこりともせず、大河は穏やかな口調で言った。かっと顔を赤くして、女の子はノートや筆記用具などをカバンに入れた。お荷物をお預かりします、とは言ってそのカバンを持つ。彼女は乱暴な足取りで部屋を出て行こうとした。出る時、は一礼をして彼女のあとを追った。 「申し訳ございませんお嬢様。大河さまは時々、ご気分がお悪くなるのです」 階段を下りていく相手を追いかけつつ、は一応、大河に代わって謝った。彼女は立ち止まり、そして振り向いた。を睨んでいる。 「あなたのせいよ!」 そう叫んでに近づき、カバンをもぎ取った。 「玄関までなら、一人で行けるわ」
そう言って走り去ってしまった。後に残されたは追いかける気にもなれず、そこで呆然と立っていた。 「」 部屋の前で大河が立っていた。
「大河さま。お送りにならなくても良かったのですか?」 大河がドアを開け、部屋に入る。も続いた。
「は、僕と彼女が一緒にいるのを見て、どう思った?」 そこで、今まで背を見せていた大河が振り向いた。少し、悲しそうな顔をしている。何かあったのだろうかとは心配になった。
「いかがなさいましたか?」 こくり、とはうなずく。大河はまだ悲しそうな顔をしたままだ。体調が悪いのだろうか。春先でまだ少しだけ寒い。温かいものでも持ってこようかと思ったとき、大河は踵を返してテーブルに近づいた。筆記用具などを片付け、机になおそうとしているらしい。も行って、手伝った。少し前かがみになり、大河の代わりに教科書や資料集などをまとめていると、うなじに息がかかった。 「嫉妬は、してくれないんだね?」 一瞬、ぴたりと動きを止めてしまう。言葉の意味が飲み込めない。嫉妬。誰に? ぐるぐると頭の中で疑問が湧き上がったが、とりあえず教科書や資料を持ち、背筋を伸ばす。振り向くと、大河はいつの間にかその場にいなかった。ベッドの横にある机に行くと、その前に立っている。大河に筆記用具を渡し、教科書と資料集は本棚にしまった。 「は宿題、まだ途中だったね?」 そう言われて、はい、と答えた。残りは後でやります、と言おうとすると、
「せっかくだから、ここでやっていきなよ」
天使のような微笑を見せてそう言う。どうしてそんなものを見たいのだろうか。は不思議に思ったが、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。
第2話:Be Jealous !/終
メイド萌え第二弾です。(萌え言うな!) 他人のことには敏感だけど自分のことについては鈍感な様という設定でいきます。 冬里
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