目を覚ますと、見知らぬ天井……いや、天蓋がぼやけた視界にあらわれた。
ここは、どこだろう。
「気がついたみたいだね」
モエコは声のした方に首を動かした。そこには金髪の、整った顔をした男子がいた。イスに座り、澄んだ瞳を輝かせてこちらを見守っている。
頭がぼうっとしている。聞きたいことが山ほどあった。ここはどこ? 私はどうしてここにいるの? どうやってここまで運ばれてきたの?
しかし、目の前にいるこの人の瞳が自分を捉えて離さないのに気づき、モエコはようやく最初に聞くことを決めた。
「あなたは?」
「僕は……」また瞳が光った。「大河だ。二階堂大河」
「二階堂くん、ね」
するとその少年はにっこり微笑んで、
「大河でいいよ」
大河はモエコに話した。
海だった。
海岸でモエコが倒れているのを大河が見つけたのだ。
ずぶ濡れのワンピース、白い肌。大河はアンデルセン童話の人魚姫を連想した。しかし、すぐに応急処置が必要なのに気づき、モエコの肩を叩いた。
反応が無い。
モエコの鼻、口に耳を近づけ息をしているかどうか確かめる。
かすかな、呼吸の音が聞こえた。
大河は一安心し、モエコを抱きかかえて別荘までつれて帰ったのだ。
この、華奢な体で自分を抱えたのか、と、モエコはぼんやり感心した。男子に抱えられたという恥ずかしさは、そのぼんやりとした意識がベールで包み込んだみたいだ。
「じゃあ、どうして私が海岸で倒れてた……っていうのは、分からないのね?」
「君、もしかして覚えてないのかい?」
モエコはうなずいた。沈黙が二人に覆い被さる。
モエコはできる限り、思い出そうとした。どうして、海岸で倒れるに至ったか。どうして、ずぶ濡れなのか。
ダメだった。
かすかに憶えているのは、お父さん、お母さんの笑い声。
「いたっ」
思い出したかのように、後頭部が痛んだ。モエコはたまらず、痛む部分に手をあてた。
「さあ、痛み止めだ」
大河が、薬の紙袋から銀色のピル・フィルムを取り出し、二粒の薬をそこからはじき出した。モエコは痛む頭を抱えながらも起き上がった。そして、大河の手のひらからそれを受け取り、水を受け取って飲んだ。
薬がすぐに効くわけでもなく、まだ頭はじんじんと痛む。
残りの水を飲み干し、空いたコップを大河に渡してモエコは再び横になった。
しばらくしていると、痛みが少しずつひいてきた。モエコは大河がずっと側にいて心配そうな顔をしているのに気づいた。
「医者に、みせてくれたの?」
とりあえず喋れるようになったことを知らせたかった。
「うん」
大河が、安心したかのような表情をし、微笑んだ。「ありがとう」
モエコも微笑んでみせた。
「名前を、聞いてもいいかな」
「ごめん、まだ名乗ってなかったね。私は、モエコ」
「モエコ、か。いい名前だね」
落ち着いて辺りを見ると、豪華な部屋だというのが分かった。モエコは自分の別荘の部屋と比較した。モダンリビング・アーティストの作品を取り込んだ自分の別荘とは違い、ここは耽美的な、アールヌーヴォの雰囲気が漂っている。それに、
「バラの香り……」
「庭に、バラを植えてるんだ。僕も品種改良してるんだよ」
そう言う大河の声は、さっきまで気がつかなかったが、柔らかく気品に満ちていて、全てを優しく包み込むよう耳に入ってくる。
ここでは全てがキラキラとしているのだ。側にいる、この美少年はその中心にいるのだろう。夢の中にいるみたいだとモエコは思った。
「もう少し、休んでおくといい。僕はここにいてるから」
本当に、安心して眠れそうだ。眠って、また目が覚めるといつもの天井が見えるのだろうか。
「どうして、そんなに良くしてくれるの?」
「どうしてって……変かな?」
モエコはうなずいた。
「見ず知らずの私に、ずっと付き添ってくれるなんて。おかしい」
大河はクスクスと笑った。
「おかしい、か。そうだね。じゃあ、正直に話そう」モエコの顔を覗き込むようにし、そして囁いた。「僕はね、時間かせぎをしてるんだ。今日、パーティーがあって……僕の婚約者と初めて会うことになってる。夕方からだから、もうすぐだね」
「婚約者……」
何かが引っかかった。婚約者。その言葉はモエコの脳裏でずっとリフレインを続けている。婚約者、婚約者、婚約者……。
「でも、僕が君を助けたのや、目が覚めるまでずっと居たのは、時間かせぎじゃないよ。誤解しないでほしい。ただ、これからが……」
必死になっている大河と目が合った。その瞳の中にはモエコが映っている。
「会ったこともない人と、しかもこの年で婚約だなんて、前時代的よね」
「そうなんだ。父らしくもない。相手が父の友人じゃなかったら、父もすぐに断っていたんだろうけど」
「逃げなきゃ」
ほぼ反射的に、その言葉が出た。
「逃げなきゃ。時間かせぎしてパーティーが終わるのを待つだけじゃ、だめよ」
もう一度、モエコはハッキリと言った。大河は、びっくりした、とでも言いたそうな顔をしている。
「でも君、体は……?」
「もう、起き上がれるわ。痛み止めも飲んだから」
バラの刺繍をしたブランケットを払いのけようとすると、大河があわてた。耳まで真っ赤になっている。
「き、君の着てた服は使用人が洗っているから、その、今君は……」
大きめの男物シャツを着ただけで、下は、下着以外に何もはいていない。ブランケットの中で白い太ももがむき出しになっているのに、モエコは気づいた。
「念のために言っておくけど、僕が君を着替えさせたんじゃない」
「分かってる。悪いけど、何かかしてくれない?」
大河はうなずき、その部屋を出た。
モエコは落ち着いている。どうして、こうも落ち着いていられるのだろう。それはモエコにも分からなかった。ただ、婚約者という言葉がずっと頭に引っかかっていた。一時的な記憶喪失、見知らぬ別荘、後頭部の痛み……それらよりも、婚約者という言葉が重要であるかのようだ。自分もそれから逃れたいのか。なぜ?
大河の持ってきたジーンズをはき、モエコはベッドから下りた。
部屋に大きな鏡がある。シャツの袖をめくり、長い髪を整えた。スラっと長い手足に細い体。
「男の子みたい」
髪が短かったら、本当に男の子と間違われるのではないか、とモエコは思う。
「きれいだよ」
後ろから、大河が声をかけた。
「本当に、人魚姫が倒れているのかと思ったくらいさ」
「ありがとう」モエコは振り向き、微笑んだ。「ところで、ここからはどうやって出るの?」
「君は、現実的なんだね」大河は苦笑し、ドアに向かった。「ついて来て」
人目につかないよう廊下に出た。大河は廊下の中間地点であり、ルノワールの絵がかけてある壁に立った。
「小さい頃からここを探検していてね、今じゃ僕は誰よりもここに詳しいんだ」
大河が押すと、壁が開いた。モエコはそういう類の戸を忍者屋敷で見たことがある。壁にドアが隠されているのだ。
「すごい」
「中、暗いから気をつけて」
中に入り、大河が壁にあるスイッチを押した。電球が黄色い光を放つと、中の様子が分かった。階段になっているのだ。
大河に促されて階段を下りた。一段下りるたびに足音がカツーンと響く。カツーン、カツーンと下りて行き、ついに出口にたどり着いた。大河が壁のスイッチを切り、電灯を消した。
外に出ると、バラが出迎えた。
「いつも、ここでバラをいじってるんだ。さあ……」
大河が手招きした。モエコはそれについて行く。行った先には勝手口があった。木製の古い戸で、ところどころ腐って崩れている。
二人はそこから外に出た。
「あっさり、出られたじゃない。どうして今まで逃げ出そうと思わなかったの?」
モエコは大河と並んで歩いていた。右手には日光に輝く海。左手に、大河。
「一度、逃げ出したさ」大河の髪も、日光を反射した。「逃げ出して、君を見つけて、また戻った」
「それは、悪いことしたわね」
「いいよ。こうやってまた脱出できたんだから。しかし……」大河はモエコの顔を覗き込んだ。「君の口から逃げようっていう言葉が出るとは思わなかったな」
「私も、なぜそんな言葉出たのか分からない」
「君も、僕と同じなのかもしれないね」
二人は行くあてもなく、海岸沿いの道を歩いた。
モエコは自分がどうやってこの辺りにまで来たのか、憶えていない。ただ、自分の別荘から大分離れた所まで来てしまったというのが分かるだけだ。
そうこうしているうちに、道が二つに分かれた。海岸に沿ってそのまま行く道と、家の建ち並ぶ坂道。
「私の別荘も、海の見えるところよ」モエコはぽつりとつぶやいた。「でも、戻りたくない」
「何か、わけがあるんだね」
「よく、憶えてないんだけど……」
でも、確かに何かから逃げたくて、脱け出した。モエコは思い出そうとしても思い出せない「それ」の輪郭がつかめたような気がした。ただ、中身は空っぽだ。
結局、来るのかどうかも定かではない追っ手が来そうな海岸を避け、道路を渡り、坂を登った。ゆるやかな、坂だ。家や、マンションなどが並んでいる。
しばらく登ってから、箱状の建物の間に、木の集まった、少し小高い所があるのに気づいた。大河の時計によると午後四時。しかし太陽はまだ照り続けていて、二人の頭を焦がすかのようだ。そこなら木陰で涼しいだろう。
道を探りながら、二人はそこまで歩いた。
「体は大丈夫?」
二人で話をしながら歩き、時折、大河がモエコの様子をうかがった。優しい声であり、モエコに一時の潤いを与えた。
くねくねと曲がる道を進み、ようやく二人は目標の場所にたどり着いた。
それは、神社だった。
鳥居があり、その先に階段が続いている。かなりの段数だ。
「僕の友人がよく、こんな階段のあるお寺で練習をしていてね。僕も何度かそこに行ったことがあるけど……」大河は、モエコの手を引いて上り始めた。「ここは、そのお寺ほどはないよ」
だから頑張れと言うのだろう。モエコは大河の言葉よりも、大河に手を引かれているのが気にかかった。
「手……」
何か言おうとしてもそれだけしか言えない。モエコの心臓は高鳴った。そう言えば、大河は自分を抱きかかえて運んだのだ。今さら、手を握られたくらいで何をどきどきしているのか。モエコが頭の中でいろいろ考えているうちに、大河に手を引かれているせいか彼の上るペースに合わせてしまい、あっと言う間に上りきってしまった。
「涼しいね」
木が多いため、木陰となっている。風もよく通り、本当に涼しい。
階段を上りきっても、大河はまだ手を放さない。
「ほら、そこ、見晴台みたいになってる。あのベンチで休もう」
大河はモエコの手をぐいっと引っ張り、ベンチに誘った。モエコは誘われるままだ。
二人で並んでベンチに座り、ようやくモエコは言うことができた。
「手、どうしてつかんだままなの?」
「あ、ごめん。つい……その、いつも右手に何か持ってないと気がすまなくて。さっき言ったけど、その寺の階段上るのはいつも右手にボール持ちながらだから……ごめん」
それを聞いてモエコはほんの少し、失望を感じた。
目の前には、木々の隙間から住宅街、そして海が見えた。今まで歩いてきた海岸沿いの道がおもちゃの線路のように小さく見える。海は相変わらず、輝いていた。
「君は、落ち着いているんだね」
大河が話し掛けてきた。
「そう? そんなことないけど」
「僕は冷静だと言われる方だけど、君みたいに一部的とは言え記憶喪失になって、自分が海岸で倒れていると聞かされたら動揺してしまうだろうな」
「私は、冷静なんじゃないわ。記憶喪失で動揺しないのは、もっと動揺するようなことがあるって知ってるからよ。それが何なのか思い出せないだけ」
「君も、逃げて来たんだね」
風が頬をかすめ、髪をなでた。
「私たち、駆け落ちしてるみたい」
つい言ってしまった言葉にモエコは自分で驚いた。駆け落ち、という言葉は大人びている。ドラマや映画でしか聞かない言葉だ。何だか恥ずかしくなり、顔が熱くなった。
「君だったら、良かったんだけど」
大河が、ぽつりとつぶやいた。
「え?」
「君が、今日初めて会う僕の婚約者だったらな、って思ったんだ」
モエコは、しばらく大河の言ったことがのみこめなかった。
空が橙色に染まってきた。
「君が海辺で倒れているのを見つけた時、本当に人魚姫じゃないかと思ったんだ。きれいだと、思ったんだよ」
大河はモエコを見つめた。
「君が、逃げようって言ってくれた時、嬉しかった」
甘い、優しい声だ。大河とモエコは見つめあった。大河の澄んだ、きれいな目の奥に、モエコが映っている。風が二人の髪を流した。
モエコは、何を言っていいのか分からなかった。
「私……」
妙な気分だ。目の前の、きれいな人は自分をきれいだと言ってくれている。優しく流れるような声で。モエコは胸が締め付けられるような気がした。
大河の手が伸びた。その手はまっすぐ、モエコの髪に届いた。サラサラと大河は指で髪をなでる。
「大河!」
低い、大人の男性の声がした。
声の方を向くと、スーツ姿の、上品な男性が息を切らせながら立っていた。
「こんな所にいたのか」
夕焼けで、あたりはオレンジ色だ。
モエコはその男性を見た。大河そっくりのきれいな瞳、整った顔。口ヒゲがあり、背がすらっと高い。
モエコはその男性に見覚えがあった。父の友人で、家に遊びに来たこともある。名前は思い出せないが……。
男性が、モエコに気がついた。
「モエコくん、大河と一緒だったのか。お父さん、お母さんが心配している。昼間から出て行ったきりで帰って来ないと言って。今、皆で二人を探していたところだ」
さあ、行こうと言って大河の父は二人に背を向けて歩き出した。その背中は二人がついて来るのだという絶対の自信を物語っている。モエコは大河と顔を見合わせた。
見つかってしまった。
仕方なく、二人は黙って大河の父の後について行った。大河は婚約者と会わされてしまう。モエコも、家族のところに戻らなくてはならない。
階段を下りながら、大河の父は携帯電話を取り出した。
「もしもし、二階堂だ。今、大河と一緒に君のとこのモエコくんも見つけた。今からつれて帰るから、探しに行ってる人たちを呼び戻してくれないか」
どうやらモエコの父にかけたらしい。
「おじ様」モエコは思わず声をかけた。「大河くんは、倒れていた私を助けてくれたんです。逃げようって言ったのも、私なんです。ですから、大河くんは悪くないんです」
三人は階段を下りきった。
「大河を叱るつもりはない。君も、だ。二人とも無事で、仲良くやっていてよかった」
「お父さん、もしかして、モエコくんは……」
大河の父は、うなずいた。大河も、うなずき返した。モエコだけが、分からないでいる。
空は橙色だ。夕焼けのまぶしい光をあび、大河の髪はいっそう輝いている。
三人は、坂を下って行き、海岸沿いの道を歩いた。
夕日が海に沈みかけている。
きれい。モエコは思った。
大河の別荘に着くと、ガーデンパーティーの用意が出来ており、モエコの両親が駆け寄ってきた。
「心配させて……」
母がモエコを叱ろうとしたが、父がそれを止めた。
「二人仲良く帰って来たんだ、いいじゃないか」
両親を見ていると、後頭部がまた痛み出した。思わず、頭を抱え込む。
「どうしたの、モエコ!」
母がかがみ込み、モエコの様子をうかがう。
思い出した……。
「モエコ、今日は近くの、友人の別荘でパーティーだ」
パーティー?
「そうだ。奴にはお前と同じ年の男の子がいてね、」
そう……。
「なかなかの美少年だよ。確か、スーパードッジをやっている。チームのキャプテンだ」
すごいのね。
「そうだ。今日のパーティーはその男の子とモエコを会わせるためのものなんだ」
どういうことなの、お父さん?
「その友人と私とで、昔から話していたんだが、私たちに男の子、女の子ができたら、二人を結婚させて親戚になろうと」
結婚って、まさか私とその男子を婚約させるつもりなの?
「そうだな、って……モエコ、待ちなさい」
いやよ。何を言ってるのお父さん?
普段は優しくて、人より新しい物の考え方をして、知的で、楽しいお父さんなのに。
どうして、そんな数世紀前のお芝居みたいなことを言い出すの?
パーティーには、ぜったい出ない。
まだ恋をしたこともないのに、両親が勝手に決めた人と婚約だなんて!
家を出よう、海に行こう。
ずっと歩いて行って、戻らなければいい。
焼けた砂、照りつける太陽。
暑い。
目の前が真っ暗になった。
どうして。私は、何も悪くないのに。
ガツン、という音と後頭部への激痛。
目が覚めると、見知らぬ天井……いや、天蓋。
モエコは痛み止めを飲まされた。
「まったく、あなたが変な言い方をするからです!」
ぼんやりとした意識の中で、母の声が響く。
「モエコくん」振り向くと、大河がいた。「婚約者が、君だったなんて」
バンドの演奏がはじまった。クラリネットやサックスの音色がモエコの頭に、遠慮がちに入ってくる。
「私も、婚約から逃げていたのね」
モエコは静かに、笑った。
「すまない、モエコ。冗談だったんだ」
父が、モエコに飲み物を渡しながら謝った。
「婚約という言葉を使ったが、単に二階堂の息子に紹介し、これから仲良くしてやってほしかったんだ。まさか本気にされるとは思わなかった」
「あなた、モエコは年頃なんですからね」母が来た。「モエコ、無理をしなくていいのよ。でも、大河くんってステキな子じゃない」
「どこで会ったのか、モエコも仲良くなったことだ、行ってきなさい」
「まあ、あなたったら、また!」
パーティーはいろんな人を招いての立食パーティーだった。子供はモエコと大河しかいない。婚約者と会わせるためだけのパーティーではなかったのだ。
一通り、両親の知人に紹介された後、モエコは一人になった。
空は紺色と紫色のグラデーション。丸い月が別荘の屋根からのぞいている。
気がつけば、モエコは大河を探していた。
「モエコくん、こっちだ」
大河が手招きしたので、そちらに行った。大河は先を歩いて行った。
着いたのは、秘密の出口に近い、バラの植え込みがあるところだった。
「ここから見ると、バラと、月と、海が同時に目に映るんだ」
月の灯りを受けて光るバラと、紫色の空に浮かぶ月、広がる海は静かで……。
「きれい」
二人は、そこで立ったまま、キラキラとしたその光景を眺めていた。
「あのさ、モエコくん」
「何?」
「婚約のこと、父にも、おじさんやおばさんにも、断ろうと思う」
「そう……」
モエコは胸のあたりが締め付けられるように苦しかった。なぜだろう。
「僕は、親が取り決めた枠の中で君と親しくなるんじゃなくて、親の関係ない、僕たちだけのやり方で君と親しくなりたいんだ」
大河がモエコの手をとり、そっと口をつけた。
「いい……かな?」
頭がすっきりとしてきた。モエコは、うなずいた。
大河はモエコの手を引き寄せ、背に腕をまわし、抱きしめた。
心地良い。
バラが、月の光の重みで静かに、ゆれた。
終