転校して早くも一週間が経った。

「おはよう」

 朝、教室で挨拶をすると男子のほとんどが一斉にこちらを向いて礼をし、

「おはようございます」

 と体育会系の挨拶をする。女子は普通におはよう、と軽く挨拶をするだけだが……。こんな反応されるようになったのも、陸王がキャプテンを務めるクラブに入ったからだ。
 そういえば、何のクラブなんだろう。
 は、未だにそれを知らなかった。



喧嘩上等





 授業中か休み時間に陸王に聞いてみようと思ったが、そういう時に限って陸王は来ていなかった。病気で休みなのか。授業中と休み時間の区別がつかないこの学校のこと、サボってどこかにいてもおかしくはない。
 とんでもない所に来ちゃったなあ。
 ため息をついて窓の外を見る。と、グランドに見慣れた姿があった。遠目に見てもそれが誰だか分かる。赤い髪に大人びた体つき。陸王だ。それが誰かと向かい合って話している。陸王くらいの背の高さで、中学生が着るような学ランに身を包んだ人だ。しばらくそうして話し合った後、学ランの人が去って行った。陸王は校舎側、つまりこちらに向かって歩いて来る。そして、見ているに気がついたのだろうか、手を軽くあげて挨拶してきた。も手を振って答える。

 陸王が教室に入ってきたのは休み時間になってからだ。いつも騒がしい教室が、陸王の登場でしん、と静まる。やがて、男子たちが揃って「おはようございます、陸王さん」と挨拶した。同学年の人たちに、さん付けで呼ばれている。恐れられているのだ。
 陸王は、ああ、と返事をしながらあくびをし、まっすぐ自分の席についた。隣にいるがそちらをちらっと見ると、の元にいた友達みんなが「用を思いついた」と去って行った。
 何なのだろう。
 不思議に思いながら陸王を見る。と、目が合った。

「よお」

 また挨拶される。とりあえず「おはよう」と返した。そして、疑問であったことを聞いてみようとする。しかし、陸王はあくびをして机に突っ伏した。すぐに規則正しい健康的な寝息が聞こえる。無理に起こす気もなく、はあきらめた。



 放課後、マネージャーとしてグランドに向かった。何のクラブかは知らないが、そこにいることで絡まれることが無くなった。それは感謝すべきことだ。が玄関から出ると、肩を叩かれた。振り向くと、傷だらけのスキンヘッド兄弟、剛と拳がいた。叫び声をあげそうになるのをこらえる。部員なのだ。しかし未だに慣れることが出来ない。怖すぎる。

「ごめん、驚かせたかな?」
ちゃん、陸王さんから今日のこと聞いてる?」

 黙っていると怖いが、喋ると意外に優しいのがこの二人だ。まだどちらが剛か拳か見分けがつかないが、もう少ししたら仲良くなれるのかもしれない。

「何も聞いてないよ?」

 答えると、二人は互いに顔を見合わせた。

「女の子だから、危険だよな」
「帰した方がいいと思うけど、陸王さんが何も言ってないんじゃあなあ……」

 何か謎めいたことを言っている。とりあえずはグランドに向かった。二人も後からついて来る。着くと、陸王や他のメンバーがそろっていた。

「よお。来たな」

 陸王は座っていた鉄棒から下り、皆の前に立った。たちも急いでそろっている所に合流する。

「中学校のやつらが今日、来ることになった」

 以外の全員がおお、と気合いを入れる。

「まあ、いつもの練習だと思ってやれば勝てる。返り討ちにしてやろうぜ!」

 何のことか分からないが、中学生を相手にした試合でもするのかとは予想した。ならば今日でこのクラブが何のクラブなのかが分かる。

「陸王さん、ちゃんはどうします? 帰しますか?」

 拳か剛かどちらかが質問をした。そうだなあ、と悩む陸王には手をあげて、

「見学したい」

 と言った。全員がこちらを向く。何かまずいことでも言ったかと思ったが、陸王がうなずいて「いいだろう」と言ったのでそういうことになった。



 しかし、すぐに自分のとった行動が間違いであったとは気づくことになる。

 やってきたのは、丈の長い学ランにリーゼント、手には木刀といった怖い中学生たちだった。

は安全なところに避難しておけ」

 陸王にそう言われてバックネットの裏に移動した。他の人たちはグランドの真ん中を独占して、やって来た中学生と向き合った。何かタンカを切ったりしているのを聞いて、これは試合などではないと悟る。
 喧嘩だと知ったのは、中学生らが木刀を振り回し始めてからだ。の顔が真っ青になる。まさかこんなことになるとは。早く帰りたいと思った。喧嘩のとばっちりを受けることはないと思うが、暴力沙汰はごめんだ。武道の達人を多く輩出している家の血を引いているにしては珍しく、は武道や喧嘩、暴力などが嫌いだった。かと言って、逃げるわけにはいかない。それは卑怯でひどいことだ。
 見ると、優勢なのは陸王たちだった。木刀を持った相手に素手で立ち向かっている。日頃、木刀や竹刀で打ち合う稽古をしているので怯むことはないのだろう。特に陸王が強かった。パンチ一撃で相手をノックダウンさせている。
 あっという間に数十人いた相手を全員、倒してしまった。さすがに凄い、とは思う。普段はあまり武道家をかっこいいとは思わないが、しかし少人数で大多数の、しかも中学生を相手に勝ったというのはかっこいいと思う。
 とりあえずバックネットから出ようとした時、何者かの腕が首に巻きついた。頬に冷たいものがあたり、それが視界の隅で銀色に光っている。ナイフだと気づいた。

「ほら、歩けよ!」

 乱暴な声がし、そのままグランドの中央へと連れて行かれた。陸王たちが事の異常さに気がついてこちらを見る。

「さっきから大将がいないと思ったら……」

 陸王は眉をひそめた。すると、後ろで自分にナイフを突きつけているのは、中学生のリーダーなのか。は目の前が真っ暗になりそうだった。

「いいか。負けを認めろ。でないと、この子が痛いめをみることになるぜ」
「小学生相手に何をやってる。情けなくねえのか」
「おっと、動くな。動くとどうなるか分かるだろ」

 こちらに向かって来ようとした陸王にそう言い、中学生はにナイフを押し付けた。切っ先が軽く頬にあたる。
 ほら、お前も助けてとかわめけよ。
 中学生はの耳元で乱暴に言い放った。
 それを聞いて改めて自分はドラマによく出てくる人質の女の子みたいになっているのだと実感した。そして、ある刑事ドラマを見ている時に父母が話していたことを思い出す。



「このパターン見飽きたよなあ」
「ほんと、女の子も人をあてにしすぎよねえ。相手ナイフなんだし、合気道の心得があれば何とかなるのに」
もこれから先こういう危険がないとは言えないからな。今のうち武道を仕込みたいのだが」
「やらないわねえ、あの子。一応、道場に顔を出してはいるけどやりたがらないのよ」
「それは困ったな。あいつがこんな目にあったら、危機回避できんじゃないか」
「人が助けてくれるのを待ってるような子にはならないでね、って言ってるんだけど。もしそんなことになったら、正拳突き十発よね」



 正拳突き十発。
 それだけは免れたい。

「わかった、を離してくれ。その代わり……」
「だめよ。こんなやつの言いなりになっては!」

 負けを認めようとした陸王をは止めた。全員が、驚いてこちらを見る。大人しそうながそんなことを言ったのが意外なのだろう。

「何を言うこのアマ!」

 ナイフをさらに突きつけようとしてきた相手のみぞおちを、肘で思い切り打った。相手は一瞬、息が止まり、の首に巻きつけている腕を緩めた。そこでは中学生から離れ、振り返って相手を睨んだ。図体のでかい男が胸を抑えて苦しみもがいている。四角く広い顔に細い目をしていて、顔だけ見ていれば強そうに見える。やがて男はナイフを持ち直してこちらを向いた。は構える。

「このアマ!」

 向かってきた相手の顔面に、拳をめり込ませた。正拳突きだ。相手は飛ばされ、地面にドサリと倒れた。
 これで正拳突き十発は免れた。
 がほっとしていると、後ろにみんなが来るのを感じた。

「す、すげえよさん」
「空手できたんですね、さん」

 さん? そして敬語?
 普通に話してくれていたメンバーがクラスメートと同じように、さん付け敬語になった。もしや今のが怖かったのだろうかと心配になる。
 振り返ると、皆が尊敬のまなざしでこちらを見ていた。陸王が近くに来る。

「まさか、こんなに強いとは思わなかったぜ」

 ふっ、と笑って陸王はの髪を撫でた。

「あ、いや、強くないよ。今のはまぐれだし」
「強い女は嫌いじゃないぜ? か弱いヒロインを演じてる女よりずっといい」

 見つめられながらそう言われて、思わず顔を赤くしてしまった。どういう意味だろう、と思いつつもはとりあえず、うなずいた。

「よし、じゃあ今から練習だ」

 陸王の呼びかけに、おう、と皆が返事する。
 今までの喧嘩はウォーミングアップ程度のものだったのか、とは少し恐ろしくなった。とんでもないところに入ったのかもしれない。

 空を見ると、白い雲があちらこちらにプカプカ浮かんで流れていた。
 それを見てはため息をついた。

第2話:喧嘩上等/終

 ああ、実は強いヒロインを書いてみたかったのです。
 これでどんな風にラヴ発展していくのか疑問ですが、まあ頑張りますです。
 漢な陸王さんを書けたらいいなあ。

      冬里

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