「お父さん、こんなとこ通うのムリだって」

 は泣きそうな声で父親にすがりついた。

「お前なら、大丈夫だ」

 冷静に、父親は言う。
 転校手続きをすませるため、朝早くにその小学校の校門をくぐった。
 窓ガラスの割れた、ラクガキだらけの校舎。何かで打ち付けられてボコボコにへこんだ靴入れ。ここは県内でも有名な、不良の多い小学校だ。

「行きたくないよう」
「わがままを言うんじゃない」

 職員室に入ると、先生たちが出迎えてくれた。よかった。先生はマトモだ。それだけが救いだった。しかし、父も変である。普通、娘をこんなに荒れた学校に通わせようと思わないはずだ。娘が不良というのなら分かる。しかし、はどこをどう見ても普通の女の子だ。家は武道にすぐれた人の多い家系だが、どういうわけかだけにはその血があらわれていないようだ。

「何かあっても、自力で解決しなさい。じゃあな」

 そう言い残して父は学校を去って行った。後に残されたは不安になりながら、新しい担任の、男の先生が出す質問に答えていた。



第1話:転校生





「ええ、みんな今日は静かだなあ」

 先生と一緒に教室に入ると、全員が席に座っていた。少しお喋りをしている人もいるが、これが静かな状態なのか、とは思う。

「せんせーい、早く転校生の紹介してよー」

 パーマをあてて派手な格好をしている女の子が言うと、そうだそうだと他の皆も続いた。クラスが一気に騒がしくなる。

「わかったから、静かにしろ!」

 先生が叫ぶと、静まった。

「今日からみんなの仲間になる、さんだ。仲良くしてやってくれよ!」

 先生が言い終わらないうちに歓声が上がった。リーゼントヘアーの男子は、かわいいじゃん、と口笛を鳴らし、一部の女子は凍りつくような視線をに投げた。先生の指示に従って、窓際の列の一番後ろに向かう。空席があった。そこに向かうまでにいろんな視線を受ける。
 しかし、の隣に座っている人は視線をに向けたりしていなかった。背の高い体を窮屈に折り曲げ、机に突っ伏して寝ていたからだ。筋肉質の太い腕が邪魔で顔はよく見えないが、赤い髪が背中まで伸びていて、少し個性的な人であることが分かった。
 席について、筆記用具を取り出す。教科書、まだもらってないな、と貸してもらえそうな人を探す。しかし、みんなは机の上に勉強道具を出してはいなかった。マンガ、鏡、雑誌、ゲームボーイ。好き勝手にやっている。おしゃべりをしたり、紙ヒコーキを飛ばす人もいる。先生は注意もせず前でぼそぼそと授業をする状態。
 どうなってるの、この学校は。
 改めて、はすごいところに来てしまったんだと思い、ため息をついた。

 しかし……。

「ねえ、ちゃん。前の学校はどんなだったの?」

 休み時間、話し掛けてくれる子がいた。もちろん、前髪をカールしてパーマをあてた派手な髪型に化粧をして、キャミソールにレザーのミニスカートというセクシーな格好をしている。しかし転校初日で親しい子もいない状況にあって、これは友達を作るチャンスだとは前向きに考えた。この子を通していろんな友達ができるかもしれない。
 にこりと笑って、はその子と話をした。けっこう、話が合う。名前は木下ユリというらしい。すぐに打ち解けた。

「でね、忠告しておくけど、ちゃんかわいいからクラスの女子であんまり良く思ってない人がいるみたい」
「え、そうなの?」

 どうりで冷たい視線がきたわけだ。どうしよう、と思っていたが、ユリが大丈夫だと言って励ましてくれた。

「まあ、そのうち誤解も解けるって!」

 他人事なので気楽なのかもしれない、とはふと思った。



 しかし、怖いのは女子だけじゃないのだと気づくハメになった。

ちゃん、ちょっと俺たちと付き合ってくれよ」

 やっとその日の授業が全部終わって、帰ろうとした時だった。リーゼントヘアーにグラサン、レザーパンツの不良たちが玄関を出たばかりのを取り囲んだ。

「休み時間も授業中も木下とばっかりしゃべってないでさ、俺たちにも構ってくれよ」

 クラスメートとは言え、なんだか怖い。叫んで、誰かを呼びたかった。しかしこういう時になって父の「何かあっても、自力で解決しなさい」という言葉を思い出してしまう。自力で解決……そんなのムリだ。父は空手も柔道も有段者だからそんなことを言えるので、武道が苦手な私が今目の前にいる人たちを叩きのめすことなんてできない。
 それとも、ここで武力行使を思いつくのが家の血なのだろうか。話し合おう。そう思ったが、

「ねえ。固まってないでさ」
「来いよ!」

 不良クラスメートのうち大柄な人が強引にの腕を掴んだ。痛い。

「は、離して」

 振りほどこうとするが、力が強くてできない。さらに腕を力強く掴まれ、引っ張られた。いけない。どこか怖いところに連れて行かれそう。

「離してやれ」

 低い声が響いた。そのとたん、腕を掴む手が離れ、周りを取り囲んでいた人たちがから離れた。

「り、陸王さん!」
「お前ら、つまらねえことしてんじゃねえ」

 不良たちの間から、誰かが近づいて来るのが見えた。かなり、背が高い。赤い髪が見えて、それでは思い出した。隣に座っていた人だ。

「早く行け」

 陸王が言うと、不良たちはごめんなさい、などと言って逃げて行った。後に残されたは、きょとん、として立っていた。とりあえず助けられたということが分かったので、陸王に礼を言う。

「ありがとう。助かった」
「見かけない顔だな」
「今日、転校してきたから。……同じクラスで、隣の席なんだけどな」

 それを聞いて、陸王は目を丸くした。

「そうだったのか。気づかなかった。一日中寝てたからな」

 そして、ふっと笑った。
 大人っぽい顔つきをしているが、どこか無邪気なところがあるかもしれない。は陸王の目を見て、なぜかそう思った。

「さっきの連中は俺が睨みをきかせたからいいが、お前みたいな奴は放っておくといろんなやつにからまれるかもな」

 じっとの顔を見て、陸王はつぶやいた。どういうことだろう。が疑問に思っていると、

「そうだ。今、暇か?」

 陸王が聞いた。うん、と答えると、

「なら、ついて来な。いい事を思いついた」

 と言って歩き出した。その後ろ姿はがついて来ると信じきっていた。仕方なく、はついて行った。
 グラウンドに出る。野球部が使うべきバックネットのスペースを、おかしな集団が使っていた。バッドなどで相手を打ち合っている人たちだ。格闘技のクラブだろうか、とは思う。しかし防具などは全くつけていない。危険だ。
 陸王が近づくと、その人たちは動作を止めて彼の方を向いた。

「お前たちに言うことがある」

 そう宣言して、陸王は少し離れた所に立っていたを手招きして呼んだ。何だろう。とりあえず、陸王の側に近づいた。

「今日から、こいつが、この部のマネージャーになる」

 そう言っての頭に軽く触れた。

「ええっ!!」

 叫び声がグラウンドに響いた。
 それは部員たち全員の叫びであり、の叫びでもあった。
 

第1話:転校生/終

 ていうことで、陸王新連載です。
 何も先のこと考えてませんが、とりあえずまたマネージャーにさせてみました。
 何をするんだろう……。

      冬里

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