[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

「やっと決まったわね。じゃあ、行ってらっしゃい!」

 みさとが私の背中を押した。おそるおそる、私はペアの顔を見上げる。
 胸がドキンとした。
 これから、二人で暗いところを歩いて行くんだな、と思うと緊張する。




肝試し 陸王編





「行こうか」

 懐中電灯を手にして陸王は七重に言った。七重はうなずく。
 辺りは真っ暗で、懐中電灯の光がなければ闇に吸い込まれそうだ。
 足下を照らす光を頼りに歩いていく。
 静かだ。
 土の上を歩く足音だけがあたりに響いている。

七重……」

 陸王が話し掛けてきたので静寂が壊れた。返事しようと陸王の方を振り向く。そのとたん、七重は自分のつま先、スニーカーの上を何かが這っているのに気がついた。

「きゃっ」

 その感触に驚いて小さく叫ぶ。

「どうした?」

 陸王が歩を止めた。七重は懐中電灯の光で自分の足下をよく見てみる。七重のつま先。そこには一匹のヘビがいた。

「きゃあああ、ヘビ!」

 思わずそばにいた陸王の太い腕にしがみつく。

「なんだ、七重はヘビが嫌いだったのか」

 意外だ、と陸王は言った。

「怖いものなんてねえと思ってたぜ」
「いいから、ヘビ! ヘビ!」

 つま先を這うヘビを追い払うこともできないほど足を硬直させ、しかし手だけは陸王の腕をさらに強く掴んでいた。

「仕方ねえな」

 と陸王はつぶやいた。
 次の瞬間、気がつけば七重は陸王に抱きかかえられていた。

「これでヘビが来ても平気だろ」

 片腕で七重を軽々と抱きかかえ、もう一つの手に懐中電灯を持って歩き始めた。道端を這うヘビをまたぎ、ゆうゆうと歩いていく。
 七重は、これでヘビから免れると安心した。

 あっという間に目的地の神社に着いた。ヘビも来ないであろう境内にまで来ると、さすがに七重は今の状態が恥かしくなってきた。

「ごめんね、重いでしょ? そろそろ下りるわ」

 確か神社に敷き詰めてある石を取って帰らなければならなかった。陸王は黙って七重を下ろした。
 暗い。
 古びた神社は、ここから闇を出しているとでも言わんばかりの様子だ。虫の鳴く声だけが聞こえる。
 早く戻りたくなって、七重は敷き詰めてある石を二つ取った。

「もう帰ろう」

 さっきはヘビが怖くて、陸王に抱きかかえられた時はヘビから逃れられると安心していた。しかし今となっては本当に先ほどの行動が恥かしい。
 七重は自分の頬がカッと火照るのを感じ、陸王の顔をまともに見れなかった。

七重、怖いのか?」

 陸王は何事もなかったかのように、七重をからかってみせた。
 何か言い返そうと思ったが、言葉が思いつかない。仕方なく、うなずいた。別にオバケとか暗闇とかが怖いというわけではない。陸王と二人きりでこれ以上いるのが怖かった。
 陸王は荒崎小のキャプテンで、ケンカも強そうで怖いというイメージが強かった。少なくとも地区予選が終わるまでは。
 けれど神奈川選抜で一緒に練習をしていて、陸王が実は優しい人なのだと七重は気づいてきた。弾平や他の皆を励ましながら練習をしたり、マネージャーである七重、みさとに「ご苦労さん」とねぎらいの言葉をかけてくれたり。
 怖い人なんじゃない、と分かった途端、七重は陸王には嫌われたくないと思い始めるようになった。嫌われたくないし、陸王の前で変な失敗はしたくない。
 だから神奈川選抜で練習する時はいつも以上にマネージャーの仕事をがんばったのだ。今まで敬遠しがちだった陸王にも、積極的に声をかけた。
 なのに、さっきは我を失ってしまい、陸王に抱きつくなど恥かしい行動に出てしまったのだ。

 ほんと、恥かしい。

 穴があったら入りたいぐらいだ。だから、早く皆の待っているところに戻りたい。これ以上陸王と二人きりだと、また何かの拍子に恥かしい行動に出てしまいそうだ。
 それが怖い。

「上を見てみろよ」

 陸王がふいに言った。七重は言われた通りに夜空を見上げた。

「きれい」

 空は澄み切っていて、星がきれいに見える。
 ジュエリーボックスの中身を散りばめたような夜空は、今にも星という宝石を地上に落としそうだ。

「普段はこんなにきれいに見えないんだけどな……」

 七重がつぶやく。

「ああ。普段は地上の方が明るいからだ」

 だから星がきれいに瞬いていても、誰も気づかないんだと陸王は言う。

「肝試しだと思うと怖いが、俺と七重の二人で星を見に来たと思えば、怖くないだろう?」

 そう言われて、七重はうなずいた。
 陸王は七重が肝試しで怖がっているのだと思ったから、星を見ようと言ったのだろうか。

「星を見ながらでいいから、聞いてほしいんだけどよ」
「何?」

 七重は星から目を離さないまま、耳だけは陸王に集中させた。

「お前のことが好きだ」

 まるで星の名前を言うみたいに、さりげなく陸王は言った。

「え?」

 自分の耳が信じられずに、七重は陸王の方を向いた。陸王は七重を見ていた。目が合う。

「本当はこんな肝試しの時じゃなく、もっと別の場で言いたかったんだが……」

 陸王は鼻の頭を人差し指でこすった。
 彼が照れるときにいつもやるポーズ。

「さっき七重が抱きついて来た時に、ここで言おうと決めた」
「私……」

 信じられなかった。これは夢だろうか。七重は自分の手をぎゅっとつねってみた。もちろん、痛い。夢ではないみたいだ。

「今返事しろとは言わない。気が向いた時にでもしてくれ」

 七重は、陸王の言うとことにうなずくしかなかった。



 帰り道はヘビが出てきそうで怖いなどと思う暇もなかった。陸王に告白されたことで、その事実を受け止めるのに精一杯だ。
 陸王はそっと七重の横を歩いていてくれた。いつも歩くのは速い陸王だが、そういえば今は七重に歩調を合わせてくれている。

 やっぱり、優しいんだな。

 そんな陸王に告白された。今になって、嬉しさがじわじわと湧き出てくる。
 自然と笑みがこぼれてきて止まらない。

「どうしたの七重? ニヤニヤ笑っちゃって」

 戻ってから神社の石をみさとに渡すと、みさとは七重の顔を見て不思議に思っていた。もっと怯えながら帰ってくると思っていたのに、七重は笑っている。それがおかしかったのだろう。

「何かあったの?」
「別に?」

 と答えたものの、みさとには後でこっそり教えようと思った。肝試しであったことを。その前に、やることがある。
 戻って来てからは弾平たちに混ざっていた陸王をちらりと見て、七重は思った。

 どうやって答えを言おうか……。

 部屋に戻った後か、それとも試合の前か、後か。そして、何と言おうか。七重は心地良い緊張感に少しだけ酔いしれた。
 空を見上げる。
 ここから見る星もきれいだった。

肝試し 陸王編:終

「肝試し」陸王さん編でした。肝試しって、暗がりで二人きりっていうめっちゃオイシイシチュエーションですよね。ビバ!若者!
 あとは嵐さん、大河さま、勇二くん編です。がんばります!
      冬里

感想などがあれば一言どうぞ。拍手ワンクリックだけでも嬉しいです。↓