「ねえ、練習終わったら付き合えよ」
野球のフェンスに相手を追いつめてから、白川晶はの目を見つめた。
「や、やめてよ。さっさと練習に行きなさいよ」
頬をピンク色に染めながら、は抵抗した。
最近、白川はそういう風にに迫ってくる。練習前、休憩、ミーティング前……。しかし練習後はそそくさと帰る。
つい最近まで、ああいうことしないキャラだったのに。
白川は体のごつい、むさ苦しい顔をした荒崎小メンバーで唯一、華奢で童顔の、小学生らしい小学生だった。マネージャーであるとも、気が合ってよく喋っていたのだ。
は、望んで荒崎小マネージャーになったのではない。
ムリヤリ、と言った方が正しかった。
キャプテンである陸王に勧誘され、無理やりマネージャーにさせられたのだ。
は不良が多くて有名な荒崎小では珍しい、普通の女の子だ。それが突然、校内で最も恐れられている陸王によって校内最強のクラブに入れられたのだから、たまったものではない。陸王をはじめ、他のチームメイトが恐くてあまり喋れなかった。
そんな中、唯一気軽に話せたのが白川だったのだ。
なのに。
「おい、白川の野郎、何やってんだ?」
「しかも、陸王さんが見てるところでよ!」
に迫る白川を見て、他のメンバーが陸王に聞こえないように喋る。皆、グラウンド側にいて円を作ってすわっていた。陸王は鉄棒に座ってピーナッツを食べている。
「あいつ、ここんとこ毎日、さんにあんなマネしやがって。陸王さんが黙っちゃいねえぞ」
「いや、待て。白川を見てみろ」
その場にいた全員が白川に注目する。
白川は、にからんでいきながらも、時折チラチラと陸王の方に注意を向けているのだ。
「まさか……」
白川、陸王以外の全員が、あることを想像した。バッドや竹刀を持つ手に力が入る。
「ねえ、その手離してよ」
白川はの手を握っていた。
「じゃあ、練習終わってからデートしてくれる?」
意地悪そうに、笑う。
「い、いやよ。白川くん、どうしてこんなことするの?」
「教えない。がキスしてくれたら教えてもいいけど」
そう言って、白川はますますに顔を近づけてくる。
「あれ、やばくね?」
「俺ら、そろそろ白川止めた方がよくねえ?」
「いや、待て。やっと陸王さん動き出した」
見ると、陸王が鉄棒から下り、白川とに近づいた。
他のメンバーは陸王に気づかれないよう、こっそりとその様子を窺う。
「白川、何をしている?」
そう言われて、白川はから離れた。は、白川を止めてくれた陸王に感謝した。
白川が言う。
「見ての通りですよ。を口説こうとしてるんです」
「それにしちゃあ、やり方が穏やかじゃねえな」
「陸王さん、いつも『欲しいものは力尽くでも奪え』って言ってるじゃないですか。オレはそのやり方でを奪おうとしてるだけです」
二人は、しばらく睨み合った。
やがて、陸王がフッと笑みをこぼした。
「お前の言うことにも一理あるな」
そう言うと、に近づいた。が怖がる隙も与えず、抱きしめる。
「り、陸王さん、何するんですか?」
は陸王の胸の中でもがいた。が、陸王の力は強く、逃れられない。
陸王はそのまま白川の方を向いて、
「俺も力尽くで奪おう」
白川は何も言わず、うなずいた。そして、その場を去って他のメンバーの所に向かった。
「怖かったか?」
陸王の胸の中で、はうなずいた。
「怖いか?」
その問いには、は答えない。自分の心臓がドクンドクンとうるさくて、うまく答えることができないのだ。
それに、陸王の心臓も高鳴っているのが分かった。緊張しているのだろう。
普段は皆に怖れられている陸王が、こんなに心臓をドキドキ言わせてるなんて。
なんだかおかしくなり、はクスクスと笑った。
「何がおかしい?」
「だって、陸王さんたら心臓が……」
「当たり前だ」
照れているのだろう。そんな陸王がかわいい、とは思って……。
ゆっくりと、陸王の背に腕をまわした。
「いやあ、陸王さんには参ったよ。なかなか動こうとしないんだから」
他のメンバーに白川は言った。
「お前、最近ずっと、わざとあんなことやってたのか?」
白川は笑って、そうだと答えた。
「恋ってのは、ライバルがいなきゃ積極的になれないもんだからな」
終