――さんが好きなの? ――いや。
さっき聞いたやりとりが頭の中で何度もこだまする。
第七話 青天の霹靂(後編)その日、サッカー部は遅くまで練習をしていた。試合が近いのだ。他の部はもう片付けをすませているのに、サッカー部は仕上げのシュート練習をしている。 「なんだ今のは! あんなヘボシュート、敵にパスするつもりか?」
キャプテンである藤堂は檄をとばし、後輩たちを厳しく指導していた。そこへ、ふらふらと頼りない歩き方をした誰かが来た。なぜかキックしようとする部員の前に近づいている。 「おい、」
呼びかけても反応がないので、肩を叩いてやる。するとはゆっくりと藤堂の方を向いた。 「よし、今日の練習はここまで」 多少、公私混同しているかもしれない。しかし、この場合は仕方ないだろう。後輩たちが後片付けを始めた。 「ここで待ってろよ」
うつむいているにそう言うと、彼女はこくりとうなずいて返事した。藤堂は急いで部室に行く。 「送って行くから、道を教えろよ」
我ながら大胆な行動だと思う。しかし今はそんなことを言っていられない。の様子がおかしいのだ。このまま一人で帰ると交通事故に遭いそうで怖い。 「道、どっちだ」
聞いたが、は何も答えない。ずっと地面を見たままでいる。本当に何があったのか心配だ。 「の家はこっちで合ってるのか?」
また聞いてみる。やはり答えはなかった。 「何があったんだ? 黙っていても分からないだろう?」
普段よりも極めて優しく聞いたつもりだ。しかし、の目から涙が溢れ出した。聞き方がキツかったか。いつもサッカー部員に厳しくしているので、それが知らず知らず出てしまったのだろうか。 「悪かった。怒ってるわけじゃないのだが……」
弁解しようとしたところで、は声をあげて泣き始めた。さらに焦る。辺りを見回し、相変わらず誰もいないので少し安心した。 「少しは落ち着いたか?」 ベンチに座らせてから藤堂はに聞いた。目元を手でぬぐっているが、泣き声をあげるのはやめていた。 ハンカチ渡さないと。 ようやく気づいて、藤堂はカバンからハンカチを取り出した。それをに渡す。 「ありがと」 ようやく口を聞いてくれたので、藤堂はホッとした。 「何かあったのか?」 ついでに聞いてみる。はハンカチで涙を拭いた。 「私、ふられたの」 その一言が、藤堂に衝撃となって襲い掛かった。ふられた、ということはに好きな人がいた、ということか。 「なんだ、いつの間に告白してたんだ」 平静さを装ったつもりだが、明らかに会話のかみ合わないことを言ってしまった。藤堂が自分を責めていると、 「違うの。告白したわけじゃないけど」
か細い声で、はぽつりぽつりと語りだした。好きな人が告白されているのを聞いたこと。そこで相手に自分のことが好きなのかと聞かれた彼が、そうではないと答えたこと。 「だから私、それ聞いてからどうかしちゃってたみたい。ごめんね、迷惑かけて」
そう言ってまた泣き出しそうになった。 「もしかすると、まだ失恋したとは言い切れないかもな」 思わず声に出して言うと、はこちらを振り向いた。目の周りが赤くなっているが、瞳に輝きが戻っている。
「聞いていると、相手の女子はキツイ口調で聞いてたんだろう? それでやむなくのことは何とも思っていないと言ったのかもな」 と言いつつも、の表情はたちまち明るくなっていた。 「もしかすると、その女子がに意地悪いことをしでかしそうだから、それで違うと言ったのかも知れない。何にせよ……」 そこでガサガサという物音がした。思わず後を振り向く。フェンスの向こうに誰かがいるみたいだ。電柱に隠れているらしいが、ひょっこりツインテールの髪が出ている。あの髪型、そして身長の度合いからすると妹のみさとではないか? 「何にせよ?」 が続きを促してきた。藤堂はみさとに気づかないふりをして、続きを言う。 「何にせよ、告白して断られたわけじゃないのに、ふられたと言うのは早すぎるってことだ」 そう言うと、が藤堂の手を取った。きれいな目でこちらを見てくる。 「そうね、そうよね! なんだか元気が出てきた」 ありがとう、と言ってはベンチから立ち上がった。誰もいない滑り台を見て、 「私、思い切って告白してみるわ!」
今日グラウンドで見たときとは正反対の明るい表情に、藤堂はドキリとした。やはり自分はのことが好きなんだと改めて思う。なのに恋のアドバイスまでしてしまうとは。なんてお人好しなんだ。 「どうしたの、黙り込んじゃって?」 が不思議そうにこちらを見てきた。前かがみになったので、長い髪がするりと肩から流れる。
「いや、ちょっと考え事をしていたとこだ」 藤堂は、どう言ったものか戸惑った。まさかここでに告白してしまうわけにはいかない。本心からを助けようとアドバイスしたのに、告白してしまうとそれが下心でしたものだと勘違いされる。 「何でもない」 藤堂も立ち上がった。そして振り返り、電柱に向かって呼ぶ。 「みさと、そろそろ出てきてもいいんだぞ?」 すると、案の定みさとがひょっこり出てきた。きまり悪そうだが、それでもヘラヘラと笑っている。
「なんだ、お兄ちゃんたら気づいてたんだ」 の問いに、そうだと答える。すると、公園から出てみさとに近づこうとした。慌てて藤堂もその後を追う。 「かわいい! 私も妹ほしいなあ」 にかわいいと言われて、みさとは照れていた。しかしを見上げて驚いた顔をする。 「もしかして、先輩?」 そう叫び、顔を赤くした。
「みさと、に失礼だろう。ちゃんと挨拶しろ」 みさとは買い物帰りなのか、スーパーの袋をぎゅっと両手でにぎりしめた。オーバーなしぐさでおじぎしてみせる。は微笑んだ。 「こちらこそ、はじめまして。よろしくね」 と、右手を差し伸べる。みさとは赤くなりながら、の手を握った。握手した手を離した後、その手を大事そうにさすりながら、 「ぜったい手は洗いません!」 その様子がおかしかったのか、はクスクス笑った。なんだかこっちが恥ずかしくなり、藤堂はみさとに帰るよう目配せをする。しかし、みさとはそれに気づかない。
「みさとちゃんてば、大げさなんだから」 妹と親しげに話すを見ていると、少し嬉しくなってきた。だが、も気分を落ち着かせたところなので、そろそろ帰るべきだろう。 「、もう遅いからそろそろ帰らないか?」 そう聞くと、はうなずいた。みさとが不満そうな声をあげる。
「もう帰っちゃうの?」 みさとは、はーい、とつまらなさそうに返事をした。 「はこの辺の道分からないだろう。近くまで送っていく」 そう言うとはニッコリ笑い、ありがとうと礼を述べた。自分だけに笑顔が向けられることは、これが初めてじゃないだろうか。そう思うと藤堂の胸はまたドキドキと高鳴った。
「今日は、本当にありがとうね」
藤堂はユニフォームのままだ。着替えもせずに自分を助けてくれたのかと思うと、本当にすまなかったと思う。
「あの赤い屋根が私の家なの。ここでいいわ」 立ち止まった藤堂の、たくましい体つきを見た。次に、キャプテンに相応しい凛々しい顔つきを見て、はため息をついた。なんて良い人なんだろう。こんなに親切で、頼もしくて。 「どうかしたのか?」 藤堂がけげんそうに聞いてきた。は、首を振った。
「また明日。帰り、気をつけてね!」 藤堂は去って行った。その姿が見えなくなるまで、はその場で立っていた。 藤堂くんを好きになっていたら、どんなに良かっただろう。
ふと、そう思った。そうすれば、今日みたいに優しくされると舞い上がって、幸せになれるのに。 「高志?」 思わず声をかける。ほとんど、条件反射みたいに。火浦はの方を向いた。
「、なんで遅くなったんだ。おばさんが心配してたぞ?」 さすがに、藤堂と一緒にいたとは言えなかった。火浦の顔をまともに見れず、うつむいて地面を見ていると、火浦の足音が聞こえた。顔をあげると、いつの間にか火浦が門に手をかけて立っていた。 「とにかく何事もなくて良かった」 柔らかい笑顔を向けられる。は顔が火照るのを感じた。まともに火浦の顔を見ることができず、うつむく。 「んじゃ、また明日ね」
逃げるようにして家に飛び込んだ。 明日にしよう。
は思い立った。そう決めないと告白する予定がズルズル延びてしまいそうな気がする。そう、明日だ。
第七話 晴天の霹靂(後編):終
「藤堂くんを好きになっていれば良かった」と、様に言わせるつもりでした。でも、それだと藤堂キャプテンが可哀想なので。 だんだんこの連載もラストに近づいてる気がします。さて、どうなることやら。(←ひとごと?) 冬里
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