日曜日。このところ試合が続いたので、今日の練習は休みだ。
 火浦は宿題をする手を休め、イスから立ち上がった。窓から明るい日差しが入り込んでいる。外の空気を感じたいと思い、窓を開ける。下を見ると道の上にが立っているのが見えた。
 声をかけようとして、止める。叶が自転車でやって来たからだ。はその後部座席に座り、やがて行ってしまった。
 年上は好みじゃないとは言っていたが、それならなぜ叶と仲良くしているのだろう。何だか分からないが腹が立ち、火浦は窓をピシャリと閉めた。



第六話 青天の霹靂(前編)





「相談って何だ?」

 公園の噴水を眺めながら、ベンチに並んで座る。右隣にいるの様子をうかがいながら、叶は聞いた。
 今日のはどこか大人びて見える。髪を下ろして、スカートをはいているからだろうか。いや、それが理由というわけでもなさそうだ。
 叶はの横顔を見、伏し目がちの表情が妙に美しいと感じた。この前会った時よりもキレイになっている。そういえばこの前会った時、叶は「押してダメなら引いてみろ」の言葉を実行しようと決めたのだった。あれから結構、日が経ったように思う。
 もしかして、がキレイになったのは恋をしているからで、その相手は自分なのではないか。叶は突如としてそんなことを思いついた。
 試合などが重なり、叶からも誘わなかったのでは寂しい思いをしたのだろう。そして自分の気持ちに気づき、今日いよいよ告白だという流れか。ニヤつきそうなのをどうにかおさえ、叶はマジメな顔を向けた。

「私、好きな人ができたの」

 ほらきた、と叶は心の中でガッツポーズをとった。しかし平静を装い、自分は関係ないのだというふりをする。

もそんなことを言うようになったか。で、相手は誰だ?」

 と聞いてみて、それは酷だったかと後悔した。そんな風に聞いたら、はどうやって告白するのか迷うではないか。
 は頬を染め、ぽつりとつぶやいた。

「火浦くんなの」
「は?」

 意外な言葉に気の抜けた声が出た。

「だから、火浦くんが好きなの」

 さっきとは違い、はっきりとは言った。

 火浦だと? なぜ火浦なんだ?

 叶に憤慨の念が沸き起こり、の両肩を持って彼女をこちらに向かせた。驚いたは、きれいな目を見開いている。

「なぜ火浦なんだ?」
「なぜって……そんなの、理由なんてないよ」
「俺は反対だ」
「どうして?」

 がふるえるような声で聞いた。はっと我に帰り、肩を強く掴んでいた手を離す。

「すまない。火浦だから悪いというわけじゃないんだ」
「……叶さんなら、応援してくれると思ったのに」

 は立ち上がり、借りていた本返しますね、と言って本をベンチに置き、走り去って行った。公園を出て行くを目で追いはしたが、叶は立ち上がらなかった。
 ベンチの背にもたれて、叶はため息をついた。とんだことになった。まさかが火浦に惚れていたなんて。とんだピエロだ。
 叶は自分が哀れに思えてきた。ずっとを想い続けてきた結果がこれだったとは。去り際に「叶さん」と言われたのもこたえる。
 これからどうするべきか、叶は悩んだ。自分の心とは反対に晴れ渡っている空が憎らしい。



 翌日、休み時間に火浦が教室で友人と話をしていると、ふとが廊下を通るのが目に付いた。
 その日の朝も一緒に登校したのだが、なぜか元気がなかったのを覚えている。いつもの明るさがなかった。しかし今、廊下を友人と話しながら歩くは元気そうだ。安心していると、側にいた田中が言った。

「あれ、ちゃんだよな。彼氏いるなんて聞いてなかったぜ!」
「彼氏だと?」

 驚いて火浦は田中を睨む。

「幼なじみのくせに知らねえのかよ。よく公園で一緒にいるとこ見るぜ? 元闘球部の叶さんだったな」
「ああ」

 それなら違う。が否定していたから間違いはない。火浦は田中の言葉に安心した。二人でいるところを見られて、カップルだと思われるとはもとんだ災難だ。そう思いながらも、田中にそのことを言おうとはしなかった。彼にはに彼氏がいると思い込ませた方がいい。そういう計算が働いた。それがなぜなのかは火浦にも分からないが。


 授業も終わり、練習に向かうため火浦が玄関の靴入れをのぞくと、異様なものがあった。それは白い封筒であり、上靴を入れるための上段に置いてある。それを取って、開封してみる。女の子らしいピンクの便箋が出てきたので、あわてて周りを見回した。幸い、誰もいない。
 火浦は誰かが来ないうちにさっさと手紙に目を通した。不必要なのに心臓がドキドキいう。

――火浦くんへ。
  大事な話があります。
  今日の練習後、裏庭に来て下さい。――

 女子に呼び出されたのだ。しかも裏庭に。行かなければならないのだと思い、火浦はため息をついた。便箋を封筒にしまい、カバンに入れようとした時、誰かが肩を叩いた。火浦は驚き、小さな悲鳴をあげる。

「そんな驚くことないじゃない!」

 だった。
 少しムっとして、さっさと靴を履き替える。それを見て自分はまだ履き替えてなかったことに気がつき、火浦もさっと履き替えた。そしての横に並ぶ。



「はい、じゃあ一年生部員はこっちに集合! 球拾いやるわよー!」

 はニッコリ笑いながら一年生を集めた。
 昨日、叶に言われたことを今朝まで気にしていたが、学校で友達と話したりしているうちに気分が晴れた。今はいつも通り、元気だ。

「また球拾いかー。いつになったらマトモな練習ができるんだよー」

 弾平が不平を言ったのでそっちを見る。

「弾平くん、球拾いも基本練習のうちよ! それに、弾平くんを頼りにしてるんだから!」
「え、おいらを?」
「そうそう。素早くて、キャッチングもうまいもの。きっと活躍してくれるわね!」

 そう言うと弾平はまんざらでもないのか、乗り気になったようだ。が指示した場所に誰よりも早く飛んで行った。



「弾平の扱いがうまくなったな、のやつ」

 速水がの方を見ながら言った。

「ああ」

 火浦が生返事をしていると、何かを察したのか、速水は彼の肩を叩いた。

「何かあったのか? あったんだな?」

 目を覗き込まれながら見られると、ギクっとするものだ。さきほど女子からの手紙を受け取ったなどと、この男には知られたくない。しかしメガネの奥の知性的な目で見られると、自分の秘密を知られるような気がしてならない。

「ラヴレターだな」
「うわあっ」

 あわてて火浦は、速水の口をおさえて辺りを見回した。幸い、誰も速水の言葉を聞かずに練習を続けている。

「火浦、それじゃあ『そうだ』って言ってるようなもんだろ」
「誰にも言わないでくれ」
「ああ」

 いたずらっぽく笑って、練習に戻った。果たして本当に誰にも言わないものか疑わしいものだ。それにしても一体、あの男はどうやってこちらの心中を見抜いたというのだろう。超能力が速水に備わっているとでもいうのだろうか。恐ろしいことだ。
 火浦は、ちらっとを見た。グラウンドを忙しく走り回っている彼女を見て、あいつだけには知られたくないと思った。幼なじみのため何でも相談してきた仲だが、今回の件だけは黙っておきたい。
 その理由が分からないが、分からないままそう決めた。



 練習と後片付けが終わり、ほとんどの部員が帰った。は部室に戻って火浦と帰ろうとしたが、その姿が見えなかった。部室には三笠、速水、土方、風見がいるだけだ。

「火浦くんは?」

 三笠に聞いても、知らないという返事だった。どこに行ったんだろう、と思いつつもは火浦が帰ってくるまで待つことにした。

「火浦のやつ、遅いと思うから先に帰らないか?」

 速水がカバンに手をかけながら言った。

「どうして遅いの?」
「さあ。でも、裏庭に用があるって行ったからしばらく戻らないだろう」

 裏庭?
 はその単語にひっかかるものを覚えた。この時間、わざわざ裏庭に行く用事なんかないはずだ。しかし、裏庭と言えば……。
 はようやく、裏庭が告白スポットであることを思い出した。数年前、叶に呼び出されたのも確か裏庭だったではないか。
 血の気が引いていくのが分かり、手先が震えるのを感じた。まさか火浦が誰かに告白されているのでは。それとも、火浦の方が告白をしているのか。考え出すと止まらない。
 はカバンに手をかけた。

「あ、わ、私、早く帰らないといけないんだった。じゃあね」

 ね、のところで部室のドアノブを握り、ドアを開けようとして頭をぶつけた。ドジな場面を愛想笑いでごまかすこともせず、出て行く。

「待てよ

 速水が背後でそう言う声がしたが、振り向くどころではない。構わずに外に出て裏庭に向かった。

 裏庭に着くと、木の下に火浦と女の子がいるのが見えた。身を屈め、ツツジの茂みに隠れながら二人に近づいた。我ながら大胆な行動だと思う。しかしは、ヘタすれば二人に気づかれてしまうとか、もしかするとすでに気づかれているかもとか、そういうことを考える余裕がなかった。どうしても二人の話を盗み聞きしなくては。そればかりを考えていて、なりふり構っていられない状態だ。

「すまん。これまで通り、クラスメートとして仲良くしよう」

 火浦の声が聞こえた。最初に聞こえたのが相手を断る言葉だったので安心する。しかし最後まで油断はできない。は全神経を耳に集中させた。

「そう。誰か好きな人がいるのね?」
「好きな人だって?」
「いるんでしょ。さんじゃないの? 幼なじみで、よく一緒にいるじゃない」
「それは……」

 火浦は言葉を詰まらせた。こんなところで自分の名前が出てきたので、はドキリとする。そして、火浦が何と言うか緊張しながら待った。
 ここで、火浦の気持ちを確かめることができる。そんなチャンスが突然訪れるなんて思ってもみなかった。

「はっきり言って。さんが好きなの?」

 ふられたのが悔しかったのか、女の子はきつい口調で問いつめた。

「いや……」

 小さな声だったが、火浦の言葉はの耳に入ってきた。それが脳に伝わるやいなや、の体は硬直した。

「なんだ。さんじゃないんだ。つまんない!」

 女の子はそう言って、それから去って行く足音がした。次に火浦のため息の音がして、それから歩いていく足音がした。足音がだんだん遠くなっていくのを感じながら、は呆然とツツジの茂みに隠れて座っていた。

 ――さんが好きなの?
 ――いや。

 そのやりとりがの頭の中でガンガン響いた。手足を動かす力が抜けたように思えて、しばらく立つことができなかった。
 目の前にスズメがおりてきて、地面をコツコツとつついてからまた空へと舞い上がった。
 それを見てからは、とりあえず立たなくてはと思った。カバンを支えに使いつつようやく立ち上がる。
 雲の上を歩いているみたいに足は頼りなかった。それでもフラフラと歩いて家へと向かう。グラウンドに出て、とりあえず校門をめざした。

第六話 晴天の霹靂(前編):終

 あー。どうなっちゃうんでしょう様。はてさて、ふふー♪(←ノッポさんのテーマ?!)
 今回、藤堂キャプテン出るとか言ってましたが、出せませんでした。後編に出します!乞うご期待!

      冬里

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