日曜日。このところ試合が続いたので、今日の練習は休みだ。 火浦は宿題をする手を休め、イスから立ち上がった。窓から明るい日差しが入り込んでいる。外の空気を感じたいと思い、窓を開ける。下を見ると道の上にが立っているのが見えた。 声をかけようとして、止める。叶が自転車でやって来たからだ。はその後部座席に座り、やがて行ってしまった。 年上は好みじゃないとは言っていたが、それならなぜ叶と仲良くしているのだろう。何だか分からないが腹が立ち、火浦は窓をピシャリと閉めた。
第六話 青天の霹靂(前編)「相談って何だ?」
公園の噴水を眺めながら、ベンチに並んで座る。右隣にいるの様子をうかがいながら、叶は聞いた。 「私、好きな人ができたの」 ほらきた、と叶は心の中でガッツポーズをとった。しかし平静を装い、自分は関係ないのだというふりをする。 「もそんなことを言うようになったか。で、相手は誰だ?」
と聞いてみて、それは酷だったかと後悔した。そんな風に聞いたら、はどうやって告白するのか迷うではないか。
「火浦くんなの」 意外な言葉に気の抜けた声が出た。 「だから、火浦くんが好きなの」 さっきとは違い、はっきりとは言った。 火浦だと? なぜ火浦なんだ? 叶に憤慨の念が沸き起こり、の両肩を持って彼女をこちらに向かせた。驚いたは、きれいな目を見開いている。
「なぜ火浦なんだ?」 がふるえるような声で聞いた。はっと我に帰り、肩を強く掴んでいた手を離す。
「すまない。火浦だから悪いというわけじゃないんだ」
は立ち上がり、借りていた本返しますね、と言って本をベンチに置き、走り去って行った。公園を出て行くを目で追いはしたが、叶は立ち上がらなかった。
「あれ、ちゃんだよな。彼氏いるなんて聞いてなかったぜ!」 驚いて火浦は田中を睨む。
「幼なじみのくせに知らねえのかよ。よく公園で一緒にいるとこ見るぜ? 元闘球部の叶さんだったな」
それなら違う。が否定していたから間違いはない。火浦は田中の言葉に安心した。二人でいるところを見られて、カップルだと思われるとはもとんだ災難だ。そう思いながらも、田中にそのことを言おうとはしなかった。彼にはに彼氏がいると思い込ませた方がいい。そういう計算が働いた。それがなぜなのかは火浦にも分からないが。
――火浦くんへ。 女子に呼び出されたのだ。しかも裏庭に。行かなければならないのだと思い、火浦はため息をついた。便箋を封筒にしまい、カバンに入れようとした時、誰かが肩を叩いた。火浦は驚き、小さな悲鳴をあげる。 「そんな驚くことないじゃない!」
だった。
はニッコリ笑いながら一年生を集めた。 「また球拾いかー。いつになったらマトモな練習ができるんだよー」 弾平が不平を言ったのでそっちを見る。
「弾平くん、球拾いも基本練習のうちよ! それに、弾平くんを頼りにしてるんだから!」 そう言うと弾平はまんざらでもないのか、乗り気になったようだ。が指示した場所に誰よりも早く飛んで行った。
速水がの方を見ながら言った。 「ああ」 火浦が生返事をしていると、何かを察したのか、速水は彼の肩を叩いた。 「何かあったのか? あったんだな?」 目を覗き込まれながら見られると、ギクっとするものだ。さきほど女子からの手紙を受け取ったなどと、この男には知られたくない。しかしメガネの奥の知性的な目で見られると、自分の秘密を知られるような気がしてならない。
「ラヴレターだな」 あわてて火浦は、速水の口をおさえて辺りを見回した。幸い、誰も速水の言葉を聞かずに練習を続けている。
「火浦、それじゃあ『そうだ』って言ってるようなもんだろ」
いたずらっぽく笑って、練習に戻った。果たして本当に誰にも言わないものか疑わしいものだ。それにしても一体、あの男はどうやってこちらの心中を見抜いたというのだろう。超能力が速水に備わっているとでもいうのだろうか。恐ろしいことだ。
「火浦くんは?」 三笠に聞いても、知らないという返事だった。どこに行ったんだろう、と思いつつもは火浦が帰ってくるまで待つことにした。 「火浦のやつ、遅いと思うから先に帰らないか?」 速水がカバンに手をかけながら言った。
「どうして遅いの?」
裏庭? 「あ、わ、私、早く帰らないといけないんだった。じゃあね」 ね、のところで部室のドアノブを握り、ドアを開けようとして頭をぶつけた。ドジな場面を愛想笑いでごまかすこともせず、出て行く。 「待てよ」 速水が背後でそう言う声がしたが、振り向くどころではない。構わずに外に出て裏庭に向かった。 裏庭に着くと、木の下に火浦と女の子がいるのが見えた。身を屈め、ツツジの茂みに隠れながら二人に近づいた。我ながら大胆な行動だと思う。しかしは、ヘタすれば二人に気づかれてしまうとか、もしかするとすでに気づかれているかもとか、そういうことを考える余裕がなかった。どうしても二人の話を盗み聞きしなくては。そればかりを考えていて、なりふり構っていられない状態だ。 「すまん。これまで通り、クラスメートとして仲良くしよう」 火浦の声が聞こえた。最初に聞こえたのが相手を断る言葉だったので安心する。しかし最後まで油断はできない。は全神経を耳に集中させた。
「そう。誰か好きな人がいるのね?」
火浦は言葉を詰まらせた。こんなところで自分の名前が出てきたので、はドキリとする。そして、火浦が何と言うか緊張しながら待った。 「はっきり言って。さんが好きなの?」 ふられたのが悔しかったのか、女の子はきつい口調で問いつめた。 「いや……」 小さな声だったが、火浦の言葉はの耳に入ってきた。それが脳に伝わるやいなや、の体は硬直した。 「なんだ。さんじゃないんだ。つまんない!」 女の子はそう言って、それから去って行く足音がした。次に火浦のため息の音がして、それから歩いていく足音がした。足音がだんだん遠くなっていくのを感じながら、は呆然とツツジの茂みに隠れて座っていた。
――さんが好きなの?
そのやりとりがの頭の中でガンガン響いた。手足を動かす力が抜けたように思えて、しばらく立つことができなかった。
第六話 晴天の霹靂(前編):終
あー。どうなっちゃうんでしょう様。はてさて、ふふー♪(←ノッポさんのテーマ?!) 今回、藤堂キャプテン出るとか言ってましたが、出せませんでした。後編に出します!乞うご期待! 冬里
感想などがあれば一言どうぞ。拍手ワンクリックだけでも嬉しいです。↓ |