球小対聖アローズ戦の朝がきた。
 大河は闘球ドームで練習をしながら、彼らが来るのを待っていた。先ほど校門に到着したとの連絡があったので、もうすぐだろう。
 今日で弾平と決着をつけることができるのだ。そう思うと、大河の胸は熱くなる。
 それから、だ。
 今日はマネージャーであるも来るだろう。彼女の見ている前で、華麗に勝ってみせよう。そしてその後で自分の思いを告げるのだ。
 大河はそっと目を閉じた。
 闘球ドームに吹く風はどこか瑞々しい。



第五話 年下の男の子





 雨が降っていた日に初めてと出会った。雨に打たれて、髪や顔を濡らしながら自分を叱っている彼女がとてつもなくきれいに思えたのだ。
 それに、大河は今まで誰にも叱られたことがなかった。母は病弱で、父は仕事。二人とも大河を叱るどころか、構ってもいられないのだ。じい、それに使用人たちは大河を対等な立場で叱ることができない。だからがまっすぐに自分を見て叱った時は、驚いた。そして叱られる理由が分からずに少し腹を立てた。しかしだんだん、対等に自分に接してきた彼女に興味を持った。

 そしてとうとう、好きになったんだ。

 大河は目を開けた。部員たちが練習をしているのが目に映る。数分後には試合をしていることだろう。今の調子であれば練習どおりうまくいく。そして、勝利をおさめるだろう。
 大河はフッと微笑んだ。



 球小のメンバーは、予想していた時間よりも遅くに到着した。車を使わずに走って来たのだという。さすがはドッジの名門と言われた球小だ。
 スカイプレイの練習に乱入した弾平に声をかけた後、大河は控えのベンチに目をやる。が華奢な体に似合わない大きなバッグを下ろし、弾平がプロテクターを着けるのを手伝っていた。少し弾平がうらやましくなる。
 それが終わると、彼女はベンチに座って何かを見続けた。ぼうっと適当なところに目をやるのではなく、ある特定のものを目で追っているようだ。何を見ているのか興味を持って、大河はの目線をたどる。すると、球小四天王の一人である火浦に行き着いた。

 まさか。

 そう思いながらの目線を何度もたぐってその先を見つける。結果はどれも、火浦に行き着いた。
 嫉妬の感情が大河の中で高まる。
 今日の試合はあくまで弾平との戦いだ。そのために邪魔な人たちは全て片付ける。ただ、奴だけは楽にヒットさせない。
 大河はそう思い、残忍だと言えなくもない笑みを浮かべた。



「けっ、なんで俺が大人しく見てなきゃなんねーんだよ!」

 三笠の判断で、弾平は先発メンバーを外された。本当なら一年生で後発メンバーに入れられているだけでも異例のことなのだが、当の本人はそんなこと関係ない、とでも言いたそうだ。

「こら! 寝そべってないで。きちんと座って試合を見なさい」

 大河との勝負を楽しみにして、今日のために練習をしてきたのに。弾平への憐憫を抱きつつ、は弾平の背中をポンっと叩いた。
 座らせたと思ったら、今度はコート近くまで行って野次を飛ばす。あわてては弾平をベンチにまで連れ戻した。やんちゃ坊主には手がかかる。これでは試合に集中できない。はため息をついた。
 しかし試合が奇妙だというのは分かった。どうも聖アローズは、自分たちが一人ヒットされたら球小を一人ヒットさせるという風に、自分たちがリードするのを避けているようだ。あくまで同点に抑えようとしている。

「延長戦まで持ち込む気ね」

 ぽつりとつぶやくと、弾平がの腕にしがみついた。

「延長戦になったら、おいらが試合に出れるかもしれねえんだな?」
「まさか。よほどのことがない限り、それはないわね」

 即答すると、弾平はつまらなさそうに足を組んだ。
 五対五になった時だ。
 コートに険悪な雰囲気が漂ったような気がして、はっと気がついた時には、火浦がワンバウンドでヒットされていた。ボールをキャッチした聖アローズ外野が再び火浦にワンバウンド攻撃をする。何度も、何度も彼らはワンバウンド攻撃を繰り返していた。火浦の顔が歪んでいる。苦しそうだ。

「火浦さん! くっそー、あいつら!」

 飛び出そうとする弾平を珍念とは二人で止めた。放っておくとコートに乱入しかねない。

「耐えるのよ」

 弾平の腕を掴む手が震える。はじっと攻撃されている火浦を見つめた。悔しさを押し殺して歯を食いしばる。
 残り時間があとわずか、というところで大河が動き出した。近距離からワンバウンド攻撃をし、火浦を地に沈める。
 そこで、ゲームセット。
 審判の宣言がすむと同時にはベンチを飛び出した。

「高志!」

 学校では呼ばないことにしている、火浦の下の名前を叫んだ。

「高志!」

 かけ寄ってから、もう一度呼ぶ。地面に跪き、その顔を覗き込んだ。

「騒ぐな、

 火浦を支えている三笠が静かに注意した。

「だって……」

 は大河をキッと睨んだ。大河は天使のような姿でそこに立っていて、それがかえって恐ろしい。涼しげな表情ではあるが、その瞳の奥に闘志が湧き上がっているのをは感じた。そこまでして、弾平と戦いたかったのだろうか。
 そばで弾平が怒りのあまり今にも大河に噛み付こうとしているのを、珍念や他の部員が止めていた。
 結局、メンバー交代。火浦の代わりに弾平が出ることとなった。
 ベンチで救急セットを取り出している間に、五対五の延長戦が始まる。しかしは試合に集中することができそうになかった。



「腕、見せて」

 は火浦にそう言って、その腕を見る。ワンバウンド攻撃が腕にかすっただけの傷だと思っていたが、思った以上に深い傷だった。

「消毒するよ。しみるけど、ガマンしてね」

 じっと傷口を見てくるのが何とも言えない。火浦は何も言わずにうなずいた。そのとたん、ピリっとした痛みが走った。しかし声を漏らさない。
 傷を保護するためにガーゼと脱脂綿を傷口に当て、包帯を巻かれた。火浦がそっとに目をやると、真剣な表情で包帯をとめているところだった。そういえば、に手当てをしてもらうのは久しぶりだ。そう思っていると、が顔を上げて火浦の目を見た。間近で目が合ったのが気まずく、かと言って目をそらすこともできずにいると、

「顔にも傷がついてる」

 と言うやいなや、手早く消毒をしてバンソウコウを貼ってきた。

「顔はこれでよし!」

 の顔がさらに近づいてきたので、心臓がばくばくと音をたてた。

「他に痛いところは?」

 少し離れて、首をかしげる。さらりと髪が流れた。

 キレイだ。

 こうして向かい合ったのも久しぶりだ。普段は横にいるので、あまり正面からは見ない。いつも近くにいたのに、のことをこうしてじっと見ていなかったというのは何という皮肉だろう。
 少し見惚れていたのに気がついて、火浦はあわてて試合に目を戻した。聖アローズが五芒星フォーメーションで球小を翻弄し、そして五十嵐のアックスショットが土方と速水をダブルヒットさせたところだった。あっという間に三対五、相手チームのリード。

「他に痛いところ、本当にないの?」

 横でが聞いてきた。そういえばわき腹を打ちつけられ、動く度にそこが痛む。しかしそれを言って、手当てをしてもらうのには躊躇する。

「本当に、ないの?」

 強く聞いてきた。振り向くと、じっとこっちを見ている。観念して、火浦は遠慮がちに、

「左のわき腹が」

 と言った。それを聞いては救急セットから湿布を取り出す。

「おなか、出して」
「いい! 自分でやる!」
「そうはいかないわよ。私は誰かさんの手当てで、さっきから試合を見逃してるの。責任もって代わりに試合を見て、頭に叩き込んどいて。後でメモするから」

 そういえば試合の結果をはじめとして、相手チームのフォーメーションや攻撃パターンをメモするのはマネージャーの役目だった。仕方なく、の言うとおりにする。
 そっとシャツを捲り上げると、すぐにヒヤっとしたものがあてられた。
 横で自分の手当てをしているが気になったが、火浦は試合に集中することにした。相手チームの攻撃を受けてケガしたのは悔しいことだが、の手当てを受けている状態が心地良く感じる。なぜ自分が狙われたのかが分からず、腹立たしい。が、もし速水が狙われて傷ついていたとしたら、この場での手当てを受けるのは速水ということになる。そうならずにすんだだけ、自分が狙われて良かったのかもしれない。

 何を考えてるんだ、俺は。

 邪念を追い払うかのように首を軽く左右に振り、試合に集中した。



 試合は、大河と弾平の一騎打ちである再延長戦まで行われ、結局は引き分けとなった。
 「いい試合をありがとう」と弾平に言った大河の顔は、雲から差し込んだ光を浴びて、輝いていた。試合中、火浦を狙った時の邪悪さはどこかに消えてしまったかのように。
 倒れた弾平を介抱するため、ドームにある医務室に皆で行った。
 校医が弾平に適切な処置を施すのを見守っていると、聖アローズの一人が入ってきて、

様、少し時間をお借りしてもいいですか?」

 丁寧な言葉使いで言う。

「何か用でも?」

 そう聞くと、彼は困ったような表情をして目を伏せた。弾平と同じくらいかと思える小さい子だ。誰かに頼まれて呼びに来たのだろうか。あまり困らせるのも可哀想なので、立ち上がる。ベッドの上にいる弾平を見て、それから皆を見て、

「ちょっと行ってくるね」

 と、部屋を出た。を呼びに来た子がホッと安心したかのように微笑む。

「ついて来て下さい」

 言われるままには彼の後をついて行った。階段を上がり、観客席に通じる廊下に出た。そこでを待っていたのは、さっきまで弾平が戦っていた相手、大河だ。

「それでは、私はこれで失礼致します」

 ぺこっと頭を下げて、案内役の子は駆け足で行ってしまった。

「急に呼び出して悪かったね」
「大河くん、体は大丈夫なの?」

 弾平との戦いで最後に水たまりの水をかぶったため、服が泥で汚れている。しかし大河はそれを感じさせないほどの笑顔を見せた。

「どうしても、君に言いたいことがあって……」
「昨日言ってたことね?」

 大河はうなずいた。
 試合の時みたいに、真剣な表情で見つめられる。は少しとまどった。何となく、ここにいるのが辛い。

、君が好きなんだ」

 えっ、と驚いては大河を違った目で見る。さっきまで弾平のライバルとして、年下の男の子として見ていたが、告白された今はどことなく大人びて見えた。
 まさかとは思っていたが、二人きりの場所に呼び出されるというシチュエーション。それは典型的な告白じゃないか。
 それにすぐ気づかなかったのを少し後悔する。

「もし良ければ、僕と付き合ってほしいんだ」

 堂々とそう言う。はこれまで何度か告白されたことがあった。あの叶にも……あの当時は気づかなかったが、告白されかけた。しかし、こんなにも自信に満ち溢れた告白をする人は見たことがない。まるで、が受けて当然だとでも言っているみたいだ。

「悪いけど、私は大河くんのことをそういう風には見れない」

 迷っているようなそぶりを見せると、つい後々まで引きずられそうなのできっぱりと断る。例え相手が年下だとしても。
 大河は断られたことで驚き、悲しそうに目を伏せた。

「どうして? 女の子は皆、僕にちょっと見られただけで大喜びしたり、僕の横を歩こうと必死になっているんだと思ってたけど」
「そういう女の子たちしか見てこなかっただけよ。世の中には、私みたいな子もたくさんいるわ」

 そこで間をおき、はゆっくりと息を吸った。そして、

「私、好きな人がいるの。ごめんね」

 立ち去ろうとすると、後ろから待ってと呼び止められた。

「僕は、今まで欲しいと思ったものは何でも手に入れてきたんだ。それなのに、今日は勝利も、君も手に入れることができなかった。でも、絶対に諦めない。いつか手に入れてみせるから!」

 ぱっ、と日光が入り込んできた。逆光のため大河の表情が見えなかったが、は構わずに首を振った。

「気持ちは嬉しいけど、私を手に入れるのは無理だわ。これだけは言っておくね」

 そして廊下を進み、階段を下りていった。
 医務室に向かいながら、さっき大河にとった言動を思い起こしてみる。年下の相手に向かって言いすぎだっただろうか。それに、偉そうな態度をとってしまった。しかし自分の火浦に対する思いがこれほど強いものだと改めて知り、は顔を赤くした。
 そう言えば、火浦が負傷した時も取り乱してしまい、つい下の名前で呼び続けていた。学校では恥ずかしいし、からかわれるので下の名前では呼ばないようお互いに決めていたのに。
 医務室に戻ると、弾平は回復して起き上がっていた。

「何もされなかったか?」

 速水が心配して聞いてきたので、何も、と答える。それから、同じように心配してこちらを見ている火浦と目が合い、また顔が赤くなった。

 やばい、私ってば分かりやすすぎる!

 三笠がそろそろ球小に戻ろうと言ったので、は慌ててバッグを取りに行った。



 聖アローズから球小に向かう途中で三笠が、

「火浦はケガをしてるから、そのまま帰っていいぞ。もついて行ってやれ」

 そう言って二人を帰そうとした。

「私、仕事があるけど?」
「今日はいい。球小で解散するだけだからな」

 そしてが何か言う前にランニングで行ってしまった。
 あぜん、として彼らの後ろ姿を見送っていると、

「せっかくだ、帰ろうぜ」

 火浦は進み始めた。も後を追う。
 二人で歩きながら、三笠はもしかして変に気を使ってるのではないかとは疑った。前にも同じようなことがあったからだ。

「さっき呼び出されてたのは何だったんだ?」

 火浦が聞いてきた。あっ、と声をあげては顔を赤くする。本当のことを言うべきか黙っておくべきか迷ったが、ここであのことを隠すとかえって怪しまれるのではと思い、本当のことを教えることにした。

「大河くんに呼び出されて……告白された」
「何だって?」

 かなり驚いたのか、火浦は立ち止まってを見た。

「もちろん、断ったわよ。私は年下好みじゃないから」

 顔を赤くしながら、火浦を見てきっぱりと言った。再び、歩き出す。

は、年上が好みか?」

 ぽつりと聞いてきた。火浦にそういうことを聞かれるのは苦しい。胸がしめつけられるようだ。と叶はそういう関係だと勘違いしているのかもしれない。

「違う。叶さんとは仲がいいけど、そんなんじゃない! 私は同い年が好みなの!」

 思わず叫んでしまって、はハッと火浦を見た。案の定、驚いて目を丸くしている。気まずくなって、は前を向いた。道がまっすぐに伸びている。

「小さい頃、よく走って競争したよね?」
「お、おい待て! 俺はケガ人だぞ?」
「私も重い荷物持ってるから五分五分! いくよ!」

 思い切り走り出した。数メートル進んでから振り返り、右手をあげる。

「ほら、それくらいのケガで走れないなんて。それでも球小四天王の一人?」

 そう声をかけると、何だと、と言って火浦は走ってきた。それをみとめてからは再び走り出す。
 さっきまで空を覆っていた雨雲がどこかに行き、さわやかな青空が広がっていた。

第五話 年下の男の子:終

 ああ、なんていうか大河様の扱いがひどいや!
 様も火浦にアタックする方向で。叶さんにはご遠慮願う方向で。三笠さんはを応援!
 次回はサッカー部キャプテン登場!

      冬里

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