そろそろ来る頃かと思って玄関のそばで待機していたが、トイレに立っている間にインターホンが鳴ったので母に先越されてしまった。 「ちゃん、いらっしゃい」
こんにちは、と母に行儀よく挨拶するがとてもかわいい。抱きしめたいという欲求が起こったが、さすがに母の前でそうするわけにはいかない。
悪者「お勉強中だったんだ……。邪魔してごめんね」 机の上に開きっぱなしだった参考書やノートを見て、は謝った。
「私もこの後練習があるから、すぐに帰るね」
ありがとう、と言っては無邪気に本棚へと一直線に向かった。今日は練習があるためかハーフパンツにパーカーという動きやすい格好だ。ピンクとブルーの配色が女の子らしい。 「東審判長の書いた本! これにするね」 くるりと叶の方を向いて、手にした本を見せる。 「、きれいになったな」
考えたそばから言葉にすらっと出てきた。
「学校でモテるんじゃないか?」
本をカバンに入れながら、はそう言って笑った。の言うとおり、叶はモテないわけではない。しかし、以外の女の子を好きにはなれなかったので告白されても断り続けてきたのだ。 「、もし俺に彼女ができたらどうする?」
話の流れで、そんなことを聞いてみた。 「寂しいかな。もう一緒にドッジしたり遊んだりできなくなるから」
と、そんなことを言う。 「そう言えば、」 と、叶は別の話題を切り出す。
「こっちでも噂になってるぞ。近々、聖アローズと試合するんだってな」
は、面白いドラマの内容を話すかのように弾平のことを教えた。一生懸命にその弾平という一年生がどんなに期待できる者なのかを伝えようとする。それが可愛く思えて、叶はとっさにのピンク色をした唇をうばってみたくなった。今、この部屋に二人きりなのだから。
「みんな、がんばってるわね!」 入ったばかりの一年生が筋トレをしていたので、声をかけた。ちびっこ達は舌足らずにも聞こえる話し方で「さん、こんにちは」と挨拶をした。それがとても可愛らしい。 「やりやがったなー! 珍念!」 他の一年生が筋トレしている中で、ボールを投げ合っている二人がいたので、そこに近づく。 「こら! 弾平、珍念! 今は筋トレの最中でしょ? 他の人の迷惑になるからやめなさい!」 大声で叱ると、二人はぴたりと動きを止めて振り返った。 「ひええ、さん」 弾平と珍念はあわてて筋トレをし始めた。ひええ、と言われるほど怖かったかな? などと思いつつは弾平のフサフサした赤い髪をなで、キャプテンのいる部室に向かった。 「遅くなってごめん」 部室には四天王とキャプテンがそろっていた。四天王とは火浦、速水、土方、風見のことであり、キャプテンは三笠だ。 「三笠くん、頼まれてた本借りてきたわ。又貸しするとは言ってないから早めに返してくれるとありがたいんだけど。私も読みたいから」 はカバンから本を取り出し、三笠に渡した。
「いつもすまない。明日には返せるようにする」
は部室を飛び出し、体育倉庫に駆け足で向かった。 「ケガ人続出するから困るのよね」
などとひとりごちながら、体育倉庫の重い扉を開けてボール入れを引っ張り出した。この練習は二人一組でボールを使うため多くのボールを必要とする。キャスターつきではあるものの、溢れんばかりにボールの入った大きなケースを押すのは大変だ。
「ちょっと待って! さっきのは誰だって避け切れないはずよ」
きっぱりと三笠にそう言われて、は黙った。キャプテンになってから貫禄が出たのか、堂々と言い切られるとそれ以上何も言えなくなる。 けど、あれはやりすぎじゃない。 さっきの火浦を思い出す。まだ弾平は一年生だ。何も分からない子にいきなりあれはきつい。叶たちだって、あんな風にはしなかったはず。 どうしてあんな態度とってるんだろう。 いつもは優しいのに、弾平に対してはああいう先輩風を吹かせた態度をとっている。少しはマシになったかと思ったが、そうでもないみたいだ。何だか知らないがムカムカした。手当てもそこそこに、は残っている仕事を片付けようと部室に入る。
練習が終わったのでタオルを配り歩く。火浦に配る時、は何も言わずにタオルを突きつけた。 「なんだ? 不機嫌じゃねえか」 そう言う火浦を無視して、速水らの元に行く。 「おつかれー!」 速水らには笑顔で渡した。その様子を見て火浦は、なぜ自分がにそっけない態度をとられるのか分からず、首をかしげた。腹が立つという以前に「なぜ?」という疑問の方が大きい。 「、帰るぞ」 いつものように一緒に帰ろうとすると、はしかめっ面をし、
「まだ仕事残ってるから先に行って」 たまりかねて聞くと、 「自分の胸に手を当てて思い出しなさいよ!」 そう言って七重は真っ赤になった。 俺が何をしたっていうんだ? いわれのないことで怒られて、理不尽な気分でいっぱいだ。火浦は黙ってカバンを取り、速水たちと部室を出た。 「ちゃんに何をしたんだ?」 速水が心配そうに聞いてきた。しかしそれも単なる装いに過ぎないと火浦は知っている。目が面白そうに笑っているからだ。 「知らねえよ」 火浦は足元にあった小石をおもいきり蹴飛ばした。
「、火浦が弾平にしたことで怒っているんだろう?」 火浦たちが出て行ったすぐ後、一緒に残っていた三笠が日誌をつけながら聞いてきた。
「そうよ」 プロテクターを整備する手を休めて、は三笠を見た。三笠は相変わらず日誌に目を向けたままだ。
「奴が優しいってことくらい、知ってるはずだろう?」 胸のうちにあったモヤモヤを全部吐き出すかのようにしては言った。三笠はため息をつき、顔を上げる。目が合った。
「いいか、。火浦が弾平に厳しく接しなければどうなると思う? 弾平は実力がある。このまま練習を続けていけば俺たち以上のプレイヤーになるだろう」 は立ち上がった。三笠の近くまで行き、机の上に両手をつく。
「火浦は悪役になってくれてるんだ。弾平を挑発し、奴が生来持っている負けん気の強さを引き出し、積極的に練習させるためにな」 そう言うと、三笠は再び日誌にとりかかった。 「ああ。だから別の手を考えた。珍念を使う。まじめに練習をした珍念と、さぼっている弾平とを勝負させたら、弾平も目が覚めるだろう」
は、目の前にいる三笠が何だか恐ろしくなった。とても同い年には思えない。キャプテンとしての貫禄がついただけではなく、部員一人一人の性格を把握して動かそうとする。とても敵わない、と思った。 どうして、分からなかったのだろう。 もっと火浦を信頼するべきだった、とは後悔した。整備する手が止まる。試合はまだ先なので、別に今日やらなくてもいい仕事だ。 「悪いけど、先に帰るね」 カバンを持ち、立ち上がった。三笠は笑顔になり、 「今なら余裕で追いつくぞ」 と言った。三笠の笑顔を見るのは久しぶりだ。それに、自分がやろうとしてることも見透かされている。完敗だ、とは苦笑した。
しかし、何を怒ってたんだろうな。 ため息をつく。思い当たることと言えば、弾平への仕打ちだ。しかしああしなければ弾平が調子に乗ることくらい、分かるはずだ。火浦はそう思いながら、それ以外の理由を考えあぐねた。 「高志!」 後から声がする。振り返るまでもなく、だと分かったので立ち止まる。走る足音が聞こえて、すぐに火浦の左横に来た。 「ごめん、一緒に帰ろう」 少し息を弾ませながら、は火浦を見てきた。
「ああ。もう怒ってないのか?」
それ以上聞くこともなく、火浦は再び歩き出した。やはり、帰りは二人で歩くのがしっくりくる。何事もなかったかのように、火浦は今日の練習や聖アローズについてに話した。 「どうした、?」 火浦は不思議そうにを見てきた。知らないうちに火浦を見つめていたらしい。顔を赤くしながら、は前を向いて「なんでもない」と首を振った。 なんだろう、このドキドキ。
はそっと自分の胸に手を置いた。ドクン、ドクンと心臓が早鳴っている。
第三話 悪者:終
はうー、妙に長かったような。書くのにてこずりました、今回。その割にはうまく書けてないし。アーガガガ(←エラー音?) とりあえず、次回は大河さんを出します。大河をライバルキャラに設定するのが楽しくて楽しくて。 冬里
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