春だというのは名ばかりで、まだまだ寒い時期だ。
 今日は球小の卒業式。
 洗面が終わって、髪を少し整えて、さて家を出ようかという時にインターホンが鳴った。
 だ。
 彼女は火浦を迎えに来て、そして一緒に登校するのが入学以来の習慣になっている。

「おはよう」

 家を出ると、めずらしくスカートをはいたがいた。コートを着ており、髪にリボンがついている。卒業式なのでおめかし、といったところだろうか。しかし昨年までは卒業式でも普段着だった。

「どうしたんだその格好?」

 聞くと、は困ったように肩をすくめた。

「叶さんが、卒業式の日はスカートで女の子らしい服着て来てって言うから」

 またあの男か!

 尊敬している先輩だが、そういうところは嫌いだ。しかしそれも今日で終わりだろう。卒業式が過ぎると叶たち七闘士は球小を出るのだから。
 二人は並んで学校に向かった。まだ冷たい風が吹いている。



第二話 卒業式





 叶は卒業証書を受け取り、壇上から卒業生席に戻る時にちらりと在学生席を見た。

「どうした、叶?」

 近くに座っているチームメイトの青木が、なかなか席につこうとしない叶を心配して声をかけてきた。

「いや、なんでもない……」

 何百人もいる在学生席の中からただ一人の女の子を見つけるのは難しい。あきらめて席につこうとした時、割とすぐ近くにいるのを見つけた。
 だ。
 すぐさま手を振ると、相手も気がついたのだろう、手を振り返してきた。よく見ると、目が赤くなっている。叶たちの卒業に涙していたのだろうか。

「かわいい……」

 そのまま立っていると、ついに青木が腕を引いてムリヤリ席につかせた。晴れの舞台でいつまでも突っ立っているのはよくないとでも言うかのように。



 卒業式は厳粛な空気の中で滞りなく進められ、無事に終了した。



 式の後、火浦は速水や三笠らと部室に向かった。卒業する叶たち先輩を見送るためである。最後の指導も聴きたいところだ。
 その途中、ひとりで歩いているを見かけた。

、これから部室だろう?」

 三笠が一緒に行こうという意味もこめて声をかけると、は振り返った。そして無言で首を横に振る。

「ちょっと行くところがあるから。先に行ってて」

 小走りで行ってしまった。方向は裏庭だ。火浦は不審に思った。なぜ、あんなところに用があるのだろう。おかしいじゃないか。

「オレ、ちょっと用を思い出したから」

 とっさに他の者にそう告げて、火浦はの後を追った。とは言っても、そう気づかれるとまずいように思うので、いったん別の方向にある体育館を目指し、仲間から見えなくなったところで改めて裏庭に向かった。
 裏庭にはちょっとした池があり、生徒たちで作ったお花畑などがある。火浦がたどり着くと、割と近くにある木の側でが誰かを待っているようだった。あわててツツジの植え込みの後ろに身を潜める。

「待たせてすまない」

 聞き慣れた声がした。そっと頭を上げて様子を窺うと、叶がの近くにいる。
 だいたい、予想していたことだ。

「あの、話って何ですか?」
「うん。、これから俺が言うことをよく聞いて欲しいんだ」

 いつものに対する喋り方じゃない。試合の時のように、緊張感がある。火浦は頭を下げ、耳だけを二人の方に傾けた。

、俺が卒業すると寂しいか?」
「寂しいです。だって、もう毎日会えなくなるし……」
「嬉しいことを言ってくれるね。俺もと会えなくなると寂しい」

 しばらく、二人は黙っていた。

「それで、卒業しても俺とが会える方法を考えたんだ」
「何ですか?」
「考えてみて」

 また、沈黙。おそらく、が考えているのだろう。

「あ、そうか。分かりました」
「何だ?」
「私が、叶さんの妹になるんです」
「えっ?」

 叶は、不意打ちを食らったかのような声をあげた。

「だって、私が球小を卒業して中学生になった時には叶さん、もう高校生でしょ? 一緒にドッジができるのは今日で最後。でも、私が叶さんの妹になればいつでも一緒にドッジができる!」
「そ、そうか……」
「叶さんは他に何か案があるんですか?」
「い、いや、その……」

 叶は言葉につまった。そんな叶を火浦は初めて見る。今の場合、見てはいないので「聞く」になるかもしれないが。

「そうだ、の案はいいな。本当の妹にはできないが、に会いに行ったり一緒にドッジをすることができる」
「本当に? お兄ちゃんって、呼んでもいいですか?」
「ああ、いいよ」
「やった! あ、そろそろ私、部室で用意してきますね」
「ああ。俺は後で行く」

 ではまた後で、と言っては軽やかに走って行った。叶はまだその場にいるらしい。と、そこへ複数の足音が聞こえた。

「よ、叶! どうだった?」

 七闘士の一人、青木の声だ。

「どうだった、って何が?」
「お前、とぼけてもムダだって。ちゃんに告白しに行ったのバレバレなんだからさ」
「青木、あまり叶をいじめるなって。ちゃんの声聞いてたくせに!」

 とりわけ低い声は八田だ。

「気を落とすなよ。中学に行けばもっとかわいい子がいるさ」

 なぐさめているのは、千葉か。
 しかし、何をなぐさめる必要があるのだろうと火浦は思う。

「お前たち、気持ちは嬉しいが何をなぐさめる必要がある? むしろ良い結果だこれは!」
「はあ?」

 叶以外の七闘士メンバーは気の抜けたような声を出した。

「いいか? 妹として会いに行ったりデートしたりするのを許されたってことだ! デートを重ねていくうちにいつしかは俺を兄以上の存在として認知! みごとハッピーエンドだ!」
「うわ、危ねえわこいつ。いいからそろそろ行くぞ?」

 青木が促し、叶ら七闘士はその場を去った。部室に向かったのだろう。早く行かなければ、と火浦は焦る。先輩より遅く行くのは許されないことだ。ガバッと立ち上がり、全速力で近道を通り部室に向かう。
 走りながら、なぜこんなことをしてまでの後をつけたり、会話を盗み聞きしたりしてたのだろう、と後悔した。わけがわからない。火浦は走りながら歯を食いしばった。ふいに、叶が言った「兄以上の存在」などと言ったのを思い出したのだ。あの男は何をたくらんでいるのだろう。分からないだけに、余計に悔しい。



 七闘士による最後の指導も終わり、卒業する先輩たちを見送ってから火浦たちも帰ることにした。
 もう、夕方だ。
 行きと同じように、帰りもと二人だ。二人で登下校するのは入学以来の習慣になっている。クラスメートにからかわれることもあったが、それでもずっとその習慣は続いているのだ。

「今日ね、叶さんが私のお兄ちゃんになってくれるって言ってくれたんだ」

 得意気には話した。

「へえ。よかったな」

 聞いていたので知っている、とはさすがに言えず、無難にそう返事しておく。

「うらやましい?」
「別に? あんな怖い人が兄貴なんて俺は嫌だな」
「そっかあ。高志たちには厳しかったもんね」

 二人きりになるとは小さい頃からの呼び方に戻る。

 そうだ、叶が兄になっても、オレはの幼なじみだ。

 妙なことに気がつき、しかしそれに励まされる自分もいる。複雑だ。

「どうしたの、高志?」

 ふいに黙りこんだ火浦をが心配して声をかけた。

……オレ、叶さんを超えてみせる」

 静かに、そう宣言する。不思議そうに顔を覗き込んでくるの目を見、もう一度はっきりと言った。

「オレ、叶さん以上の選手になってみせる!」
「うん、高志ならできるよ」

 にっこりと微笑む
 そう言えば真正面からその笑顔を見たのは久しぶりだ。なぜか恥ずかしくなって、火浦は顔をそむけた。

 空にはきらりと一番星が輝いている……。

第二話 卒業式:終

 ええと、これで弾平たちが入る前の球小編は終わりです。って、早!
 次回から急にヒロインとかが成長してます。お楽しみに。

      冬里

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