久しぶりだなあと思う。クリーム色の校舎も闘球像も何もかも。せっかくの球小祭りだというのにこんな日に限って委員会の仕事が入ってしまった。店じまいを始める模擬店が目立つが、先輩達はまだいるだろうか。
 は足を早めた。途中で見かけた知り合いに手を振って挨拶をしつつグラウンドを横切る。
 やがて懐かしい部室の前に着いた。
 自分の記憶の中では大きなものだったのに、今目の前にある部室はやや小さく見える。自分が大きくなったからだろうか。
 は思い切ってドアを開けた。



第十話 数年後も、その先も



「きゃあ、先輩!」

 みさとの高い声が最初に聞こえてきた。その後からいろんな声が「先輩だ」「お久しぶりです」などと出迎えてくれた。そんなに狭くはない部室だが、現役の部員に加えてOBが大勢集まったら少し窮屈になる。パイプ椅子に座っているのはOBだけで、現役はみんな立っていた。一人、弾平だけは机に座って模擬店で買ったらしいたこ焼きなどを食べている。

、久しぶり!」

 奥からこちらに近づいてくる者があった。叶だ。

「ちょっと見ない間に綺麗になったなあ」
「叶さん、ついこの前会ったばかりじゃないですか」

 言うと、叶は大げさに首を横に振ってみせる。

「一週間前に偶然会っただけだろう?」

 後輩たちが「さっきまでの叶さんと違う」などとひそひそ言い合っているのが聞こえた。これでは伝説の七闘士の威厳などあったものじゃない。叶を適当にいなすことにしては奥に進み、先輩たちに挨拶をした。

「お久しぶりです先輩!」

 叶とは卒業後も会う機会が多かったが、他の七闘士メンバーと会うのはこれが本当に久しぶりだ。嬉しくなって思わず笑みがこぼれてしまう。

ちゃん! 見違えたなあ」
「大人っぽくなったよな」
「火浦ぁ、羨ましいぞ」

 口々にそうほめられては照れくさくなった。それにさりげなく彼氏の名前を出されたところをみると、二人が付き合っているということは既に知られているらしい。
 火浦は三笠たちと一緒に七闘士の近くに座っていた。急に話題の表に出されて戸惑っている。

「やめて下さいよ先輩。後輩たちの前で!」

 見れば顔が耳まで真っ赤だ。火浦がこんな顔になるなんて久しぶりだった。最近はめったに照れたり動揺したりしなくなったのに。先輩にからかわれたのがよほど堪えたのだろうか。
 かわいい。
 は彼の様子を見つめていた。

先輩ってば」

 気付くと近くにみさとがいて、こちらを見ている。

「ん、何?」
「何って、さっきから呼んでたんですよ」

 みさとは手に紙コップを持っていた。飲み物を持ってきてくれたらしい。それを受け取ると、みさとは何かに気づいたといったような顔をしてみせる。
 
「じっと見てたんですね、火浦さんのこと」
「なっ、なんでそれを!」
「やだもう、先輩たちってばお熱いんだから」
はそういうところ、昔からちっとも変わらないよな」

 三笠までがそうやってからかい、みんなが笑う。恥ずかしくて、はうつむいていた。笑い声の中に「火浦さんとさんて付き合ってたのか」という弾平の声と「知らなかったのか?」とつっこむ珍念の声がまじっていた。

「もう、からかわないでください。別の話題にしましょう、別の話題!」
「では言うが、火浦!」

 一人だけ冷めた表情でいた叶が口を挟んだ。呼ばれた火浦は改まってその先輩を見る。

「お前たち付き合って二年くらいになるだろ。そろそろ倦怠期じゃないのか。別れるならさっさと」
「さっきまでの話をちゃんと聞いてたんですか叶先輩?! 二人は別れませんっ!」

 みさとが、あろうことかだいぶ年上の先輩に対して反論した。相当の勇気を持っている。はハラハラしながらみさとと叶のやりとりを見ていた。

「なぜそう言いきれるんだ貴様は!」
「言いきれます! 叶先輩こそいい加減先輩のこと諦めたらどうなんです?!」
「放っておいても大丈夫だと思うぜ」

 土方がそう言ってくれたので、そうすることにした。
 叶とみさとが言い合っている間に、が来る前に弾平と珍念と三笠、四天王のチームで七闘士と試合したのだと三笠や後輩たちから聞いた。ラインオーバーだったとは言え、弾平が叶の顔面にヒットさせたのを聞いては驚いた。弾平の腕が確実に上がっている、と感じた。

 三笠チームと七闘士の試合は逃したものの、先輩や後輩たちと話ができて楽しかった。
 秋の日は短く、帰る頃にはもう空に星が散らばっていた。
 三笠たちと別れて、は火浦と二人で帰る。

「楽しかったね」
「ああ」
「もっと早くに来れたら試合見れたのに」
「叶さんは本当に凄い。さすが球高のエースだけあってますます腕が上がっている。それに、弾平も」

 ドッジのことになると真剣な顔になる。きりりと引き締まった火浦の顔がは好きだった。

「俺も負けていられない」

 静かに、落ち着いてそう言うが、心の奥底では熱い闘志が燃えているのだということを知っている。は火浦の手をさらに強く握った。「痛い」と言われて力を緩める。

「ああ、しまった」
「どうしたの?」
「今日は家に親がいるんだった」

 に横顔を見せたままそんなことを言う。

「何言ってるのよ」

 顔が火照るのを感じながら空を見上げる。澄んだ空気が星を綺麗に見せていた。

「星座わかる?」
「いや。詳しくない」
「じゃあ今から作ろう。あの青い星からこうやって結んでいったら、ハート型」
「ここからこう結べば丸くなるぜ。ボール型」
「星座にまでドッジを持ち込むのね」

 二人で肩を並べて手をつないで。この通学路を毎日歩いている時にはそんなことができなかった。今は心も体も近づけ合える。日を重ねるごとに相手がもっと愛しくなる。

「なんだか幸せ」

 はそう呟いて、火浦の肩に寄り添った。

 第十話 数年後も、その先も:終




 はい、やっとこさ完結です。火浦さん連載の最終回でした。
 思えばほぼ毎回、帰り道のところで終わっていたような。もうお約束な感じで最終回も帰り道でのラストです。
 今まで読んでくださってありがとうございます。そして更新が本当に遅くて本当にすみません!

冬里