日曜日。
 家のチャイムが鳴った。
 いつも通り、宇佐美、緒方、服部、高山が自主トレの誘いに来たのだろう。そう思って嵐はドアを開けた。
 が、予想に反して、ドアの外に立っていたのはユイだった。

「おはよ、来ちゃった」
「まだ栃木に帰ってなかったのか?」

 嵐が聞くと、

「今日の晩よ、帰るのは。だから遊びに来たんだけど……」

 ユイは玄関に入り、嵐の、ボールを持っている左手を見た。

「練習?」
「まあな」
「私もつき合うわ」
「別に構わないが、」

 そこへ、が階段を下りてきた。ポニーテールにフードつきジャケット、ハーフパンツといういつものマネージャースタイルだ。少しあくびをしている。肩には九ノ助が止まっていた。

「あいつも一緒だが、いいな?」

 嵐が言うと、

「もちろん」

 そう答えてユイはを見た。笑顔である。

「おはよう、さん」
「おはよう」

 玄関に立って、はユイと目線を合わせた。ユイが、「わかってるわね?」とアイコンタクトで訴えてくる。昨日は今日のだいたいの流れを頭に叩き込まれた。それをは嫌でも思い出さずにはいられない。
 も一緒に行って、休憩時間などを利用して嵐以外のメンバーをがひきつける。その間にユイが嵐にアプローチする。大まかに言えばそんな流れだ。アプローチ、という言葉はユイから教わったが、いまいちどういう意味なのか分からない。

 とりあえず三人で家の外に出ることにした。そうすればが嵐の家に居候している事がバレずにすむだろう。そこで宇佐美、緒方、服部、高山を待ち、合流してから練習場に向かった。
 晴れた日曜日。
 いつもなら楽しいはずなのに、その日はにとって少し憂鬱な日となりそうだった。



幼なじみ

後編



 日曜は連盟支部が閉まっているので、その近くの練習場を借りてトレーニングする。もちろんユニフォームではなく、私服だ。
 ショットやパスの練習をしている五人を眺めながら、ユイがにささやいた。

「トレーニング中は見ていることにして、チャンスは休憩中よ。他の人をひきつけといて」
「うん……」

 は自分が持っているバスケットを見た。嵐の分の弁当は嵐が自分で持っている。が持っているのは、一人で食べるには多い量だ。皆に分けようと思って持って来たサンドイッチである。嵐も同じサンドイッチなので、に分けてもらわなくてもいい。
 つまり、が四人にサンドイッチを分けに行く。嵐は分けてもらう必要が無いのでその輪からはみ出る。そこにユイが近づく。二人きりのランチタイムができる、というわけだ。

 よくもまあ、こんなことを考えられるなあ、とは感心する。恋をするとそういう計画力が身につくのだろうか。それと、にサンドイッチを用意させるユイの強引さも恋する乙女ゆえのことだろうか。



 休憩しよう、と嵐が言ったので、そこで昼食をとることにした。
 全員が座れるほど大きなベンチに座り、弁当を開く。
 隣にいるユイが肘での腕を軽くつき、「今よ」とささやいた。あまり、こういう芝居は得意じゃないんだけど、などと思いながらバスケットを持っては立ち上がった。

「みんな、サンドイッチいっぱい持って来たんだけど食べない?」

 宇佐美、服部、緒方、高山が座っている前に立って、バスケットを差し出す。宇佐美、緒方、服部は嬉しそうに、すぐに手を伸ばしてきた。高山は、遠慮しつつも一つ取る。その横にいた嵐が、

「俺もサンドイッチだからいい」

 と、分かりきったことだが他の人が不審に思わないよう一応言った。それを、ユイはすばやく耳でキャッチする。

「嵐、から揚げ分けてあげるから来なよ」

 と言って手招きした。嵐がサンドイッチをくわえながら、ユイの近くに行くため席をずらす。その、空いた席には座り込んだ。高山、、嵐、ユイの順となる。

さん、おいしいですよ!」

 服部が言う。高山もうなずいた。

「昨日のクッキーもおいしかったし、案外料理できるんだね」

 緒方の言葉に、案外って何よ、と心の中で突っ込む。
 耳をすますと、ユイはうまくやっているようだ。嵐とユイが何やら話しているのが聞こえる。は何を話しているのかが気になって、目は高山たちの方を向いていても耳は嵐たちの方を向いていた。しかし、緒方や服部や宇佐美の声と嵐たちの声とが混じり合ってうまく聞こえない。

さん」

 三人に一斉に呼ばれ、高山に目の前で手をひらひらと振られ、我に帰る。

「気分でも悪いの、?」

 心配してくる宇佐美に、大丈夫よ、と返事をする。

「さっきから一つも食べてないですよ?」

 服部に言われて、そういえばそうだ、と気づいた。しかし、なぜだか食欲がない。首を左右に振ると、肩を叩かれた。振り向くと嵐が睨んでいる。

「食え」

 サンドイッチを渡された。もう一度、首を振ると嵐は片方の眉をつり上げた。

「少食がたたって、倒れたらどうする?」

 そういえば昨日の夕食もあまり食べなかったし、今朝はサンドイッチを作っていて食べていない。そのことを言っているのかとは気づいたが、食べる気がしないので、小さな声で「いい」と言った。

「なら、ムリヤリにでも食べさせる」

 右手でのあごをつかみ、口を開けさせ、持っていたサンドイッチを押し込もうとした。そばにいた高山が、やめろ、と珍しく声に出して止めたが、嵐はやめない。はムリヤリ口に入れられたので、苦しくなり、仕方なくサンドイッチを噛み千切って逃れた。

「わかったわよ、」
 は口を動かしながら、言った。
「食べるから」
「よし、最低でも五つは食え。食べるまで見ててやる」

 それは余計なお世話だ、と思いつつも自分で作った卵サンドやハムチーズサンドが意外と出来がよかったので少し気分が収まる。



 なんとか昼食も終わり、嵐たちはまた練習を始めた。お昼を食べたばかりなのに、そんなに急に動いてお腹が痛くならないのかと、は不思議そうにその様子を見ていた。横にいるユイはため息を何度もしたり、つま先で地面を何度もけったりしていて、落ち着きがない。と言うよりも、不機嫌そうだ。

「まったく、さっきはうまくいきそうだったのに」

 そう、言われてはユイを見た。

「さっき、嵐くんと話せなかったの?」
「話をこれから盛り上げようって時に、嵐ってばあなたを心配しだしたのよ」

 キッとユイは睨んだ。仕方なく、はごめん、と謝る。

「いいわ、帰りの時に告白する。当たって砕けろ、よ。こうなったら」

 まっすぐと空を見つめて、ユイは誰にともなく、宣言した。その姿がやけに輝いて見えて、は気がついたらユイに見入っていた。





 帰り。皆で練習場を出て歩いた。
 嵐、ユイ、と他の四人とが分かれる道で、とっさには嵐とユイに向かって、

「私、ノートがきれてるんだった。駅前の文房具屋に行くから先に行ってて」

 と言いった。二人はうなずいて、他の四人にじゃあな、バイバイ、などと言って別れた。は四人と同じ道を歩く。

「何をたくらんでるんですか、さん?」

 服部が聞いた。何のこと? と首をかしげると、

「さっき、棒読みでしたよ。それに、わざとらしいです」

 これには宇佐美、緒方、高山もうなずいた。
 は適当に、笑ってごまかした。ユイが嵐に告白しようとしていることなんて、言えるわけがない。
 しかし、ユイが告白して嵐は受けるのだろうか。受けたとしたら、この後二人はどうなるのだろうか。きっと、カップルというものになるのだろう。前に大河がにしたみたいに、デートに誘ったり、キスしたり、抱きしめたりするのだろうか。それを考えただけでの気分は沈んだ。どうして、こういう気持ちになるのか、分からないのがまた辛い。



 不自然な棒読みでが他の四人と一緒に行ってからしばらくして、ユイが嵐に改まった口調で話してきた。

「私の話、そのままで聞いてくれる?」
「どうした、改まって?」

 聞くと、ユイは黙った。そして、立ち止まる。
 夕焼けが赤くユイの顔を照らしていた。誰もいない道。凛とした表情で、嵐を見上げるユイ。

「私、嵐のことが好きなの」

 そう言ってから目を伏せた。唇がふるえている。
 初めて、嵐は告白された。ファンレターなどは受け取ったことがあるが、こういうのは初めてだ。少し、困る。どう返していいのか迷いながら、嵐は、が前に言っていた「分からない」という言葉を思い出した。

「悪いが、そういうことはよく分からない」
「分からないって?」

 聞き返してきたユイに、嵐は答える。

「お前の言う好きの意味が、俺には分からない」
「分かった、じゃあ、嵐がその意味を分かるようになるまで、待つわ」

 ユイは嵐を見据えているようだ。その澄んだ瞳が夕日を反射している。

「いや、お前のことは幼なじみとしか思えないだろう」

 何となく、そう思った。
 なぜか、嵐の脳裏にの姿が浮かんだのだ。どうかしている、と思う。それに、九ノ助はユイに懐かない。その他いろいろ考えて、ユイにそう答えたのだ。

「なら、はじめからそう言えば良かったのよ。バカ」

 涙が、ユイの頬を伝っていた。

「すまない」
「いいわ。用も済んだし私、帰るから。じゃあね」

 踵を返してユイは走り去った。止めようと思ったが、止める理由がないのでやめた。



 文房具屋で本当にノートを買って出ると、ユイが走って行くのが見えた。

「ユイさん」

 呼ぶと、ユイは立ち止まり、の方を見た。が、すぐにまた走り始めた。
 無視されたことに対して腹は立たない。どうなったのだろう、という好奇心が勝っていたのだ。しかし一瞬見せた、ユイの顔。あれは泣いているような顔に思えた。練習の時に告白すると宣言した、あの輝きが消えていたから。

 家路につく。
 あと少しで家だという所に、嵐が立っていた。レンガ造りの塀を背にして、夕焼けの空を眺めている。

「嵐くん」

 呼ぶと、嵐はに気づき、近づいて来た。なんだか不機嫌そうな顔だ。

「何を企んでいるのかと思ったが、余計なことをしやがって!」
「な、何を怒ってるのよ?」

 必死にとぼけようとすると、嵐はの額を指で弾いた。頭に響き渡る、じんとした痛みに思わず涙があふれる。

「何するのよ?」
「さっき、ユイに告白された。お前がそれに協力したんだろうが!」

 見抜かれたようで、は仕方なくうなずいた。痛む額を右手で抑えながら、嵐を見上げる。

「だって、頼まれたから。それに、嵐くんとユイさん仲良かったし、特別な意味で好き合ってるのかなって……」
「馬鹿! それじゃあ幼なじみ同士は皆、好き合ってるっていうのか?」

 そう言われると、違うとしか言いようがない。

「だいたい、お前もお人よしすぎるんだ。嫌なら協力なんかするな」

 そう言い捨てて、嵐は歩き出した。もそれについて行く。
 そうか、嫌だったんだ、とは気づいた。ユイに協力するのも、ユイが嵐と仲良くしているのを見るのも。

 じゃあ、どうして嫌だったんだろう?

 新たな疑問が生まれた。
 その答えを見つけるのはまだ先になりそうだ。



 夕焼けの空の東側が、だんだんと紫色になってきた。紫から赤へのグラデーションがきれいだ。
 は、嵐の横に駆け寄り、

「ごめん」

 と謝った。

「もう、気にしていない」

 そうつぶやく嵐の声を聞いて、は微笑んだ。

『幼なじみ(後)』:終

 あれ、じゃあ前の日曜は自主トレせずに大河とさんとのデートを追ってたの? というツッコミがきそうな……。
 これで、のライバルらしき話は終わりです。これで二人の距離が微妙に縮まってるといいけど……。
 次回は陸王出します。ちょっと原作寄りになりそうです。

      冬里

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