車は、やがてお城のようにそびえ立つ学校に近づいた。彫刻などが並ぶ校門に着いたのでは降りる用意をしたが、車はそのまま校門に入って進んで行った。大河が言うには、約束の場所まであと数キロある。とても広い学校なんだとは感心した。



大河襲来!

後編



ちゃんだ」

 大河がチームメイトに紹介したので、は頭をさげた。
 広い、部室だ。会議をする場所にこういった広い部屋はあるが、部室となると広すぎるのではないか、と思う。五軍まであるB・Aのボックスも、ここよりもっと狭い。
 テーブルやイスがセットしてあり、その上に昼食の準備がしてある。立食パーティーの様になっており、大河は上座のテーブルに立っていた。は、遠慮したかったのだが、大河の横に立った。

 聖アローズの部員はというと、突然の可愛らしい客に全員がぼうっとなっていた。大河と。二人は絵から抜け出して来たかのようである。

「大河様、全員そろっております。よろしいでしょうか?」

 大河より左のテーブルにいる、大柄な男が言った。大河は静かに、うなずく。

「では、これより大河様の送迎会をとり行う。まず始めに、大河様よりお言葉を……」
「五十嵐、」
 五十嵐と呼ばれた、その大柄な男は大河の方を向いた。
「何でしょうか?」
「堅苦しいことは止めにしよう。みんな、僕たちを待っていて、早く目の前のものを口に運びたくてウズウズしてるだろうしね」
「しかし……」
「僕はまた、戻って来るんだ。何も今日が今生の別れの時じゃないだろう?」

 大河にそう言われると、従うしかないかのように、五十嵐はうなずいた。大河は微笑んで、皆のいる方を向いた。

「みんな、僕のためにありがとう。さ、グラスをとって、乾杯しよう」

 全員が、ジュースの入ったグラスを持つ。

「聖アローズ学院闘球部、全国制覇を祈って、乾杯!」

 皆が乾杯、と側にいる者とグラスをつけ合った。
 も、大河と乾杯する。それから、大河と話をするためにやって来た五十嵐ともグラスを合わせた。

「B・Aのマネージャーである君の前で、あんなこと言って悪かったね」
「ううん、私の方こそ、せっかくのパーティーにお邪魔してごめんね」

 B・Aと聞いて、五十嵐がの方をはっと見た。

「大河様、この方はB・Aの者なんですか?」
「ああ。昨日知り合ってね。仲良くなったんだ」
「お邪魔してます、五十嵐さん」

 は微笑んだ。五十嵐は少し頬を赤らめたが、すぐに元の顔に戻した。大河がつれて歩いている女性だという意識が強かったのだろう。

「大河様、僕らをさんに紹介してください」

 数人の部員が来た。五十嵐は、彼らに目で「やめろ」と言ったが、気づかれない。しかしその心配も無用であって、大河はにっこり笑ってに皆を紹介した。

ちゃん、彼らは聖アローズのレギュラーだ。右から、楠木、東山、榊原、小早川、そして三田村」

 一気に紹介されてすぐに名前と顔が一致しなかった。はとりあえず、頭をさげて、みなさんよろしく、と挨拶した。

「かわいいお方ですねえ。大河さんの彼女ですか?」

 東山の問いに、五十嵐が声に出さず「そんなことを聞くな」と言ったが、当然気づかれなかった。が、顔を赤くする。

「残念ながら、違うんだ。今のところはね」

 大河が「今のところはね」を強調し、微笑みながら東山を見た。その微笑の裏に隠された黒い感情が嫌でも伝わってきて、東山は恐ろしくなる。

さん、サンドイッチいかがですか?」

 そんなやり取りに気づかず、最も童顔な楠木が勧めてきた。は礼を言って受け取る。にっこり笑うのも忘れない。その笑顔を向けられて、楠木はぼうっと赤くなった。三田村、小早川、榊原はそれを見逃さなかった。

さん、紅茶はアールグレイですか、オレンジペコーですか?」
「シフォン・ケーキもありますよ! 取りましょうか?」
「果物は何にします?」

 三人同時に聞かれて、はとまどった。五十嵐、東山が「やめておけ」と声に出さずに言うが、やはり気づかれない。

「君たち……」
 大河が涼しげな声で三人を止めた。
「今日は僕がちゃんをエスコートする日だったんだけどな?」

 笑顔で、そう言う。その笑顔の裏の残忍な雰囲気に気づいて、楠木も含めた四人は怯えた。五十嵐、東山が「だから言ったのに」という表情をする。



「騒がしくて、悪かったね」

 食事をしてから、少しパーティーを脱け出して、二人は中庭を歩いていた。日曜なので人は少ないが、時々通りかかる人は、二人を見た。そのうちの、女の子はに嫉妬の視線を送っていた。私、嫌われてるなあ、とはため息をついた。それを聞いて、大河が心配する。

「どうかした?」
「ううん、なんでもないわ」
「少し、休もうか」

 噴水のある、庭だった。誰もいない。ベンチに座り、青い空に向かって飛んで行く水を見つめた。今日で二度目の噴水。

 言うなら、今だ、と大河は思った。誰にも邪魔されないうちに、言ってしまおう。大河はの方を向いた。
 視線を感じたのか、は大河の方を見た。

「どうかした?」
「……聞いてほしいことが、あるんだ」
「なあに? そんなに改まっちゃって」

 と、笑顔を見せる。その笑顔は、誰にでも見せるものだろうか。そう思うと大河の胸が痛んだ。この笑顔を独占したい気持ちがある。

ちゃん、僕は君が好きだ」

 言ってしまった。大河は顔が赤くなった。耳まで赤い。でも、の目を見つめたままだ。

「どうしたの? 私も大河くんが好きよ?」

 心配そうな表情をする。好きだと言ってくれているが、それは違うようだった。大河の思いと、の感じている好きは別のものだ。

「君の言っているのは、姉妹とか友達とか両親とかに対して抱く『好き』だね?」

 見ると、がますます困ったかのような顔をしていた。恐る恐る、うなずいている。

「僕は、君を女の子として、特別に好きなんだ。君を独占したい」
「ごめんなさい、そういうの、まだ……分からないの」

 頬を染めて、今にも泣き出しそうな顔をしている。たまらなく愛しくなって、大河はを抱きしめた。

「ごめんなさい、恋とか、そういう感情がまだ、分からない……」

 耳元でささやかれる。胸が締め付けられるような苦しさを、大河は覚えた。

「わかったよ。無理を言って、ごめんね」

 体を離す。は少し、涙ぐんで下を向いていた。

「どうして泣くの?」
「わからない……」
「僕のことは、いいさ。待つよ」

 え? と、が顔をあげる。

「僕がヨーロッパに行って帰ってきた時に、答えを聞かせてほしい」

 は、黙って、うなずいた。
 大河はその髪を撫でた。そう言えば今日、髪飾りを買おうと思っていたのに、買えなかったことに気づいた。



 は大河と別れた。
 送って行こうと大河は言ったが、パーティーに戻らないと皆に悪いでしょう、と言って断った。途中で電話ボックスに入り、おじさんに迎えに来てもらうから、とも言った。大河は名残り惜しそうに、校門までを送った。

 どうやって、大河と別れたのか覚えていない。噴水の前で告白をしてきた大河の印象が頭から離れず、はうつむきながら校門を出た。どちらに行けばいいのか分からないので、適当に歩く。

「おい」

 自転車の車輪の音と、聞き慣れた声がした。横に、ブレーキの音がする。見上げると、嵐がいた。

「どうして、こんなところにいるの?」
「たまたま通りかかっただけだ」
「家から遠いのに?」
「馬鹿、トレーニングに決まってるだろ。それより、どうした?」

 嵐は、の目元が赤いのに気がついた。あの、大河に何かされたのだろうか、と思うと、せっかくサイクリングで忘れかけていた怒りが復活する。

「ちょっとね、告白されて……」
「告白だと?」
「もちろん、恋愛とかそんなの分からないから、断ったよ?」
「何でもいい。乗れよ」

 嵐が後ろの荷台を指した。スカートを揺らしながら、はそこに横座りし、嵐の腰周りに腕を回した。
 自転車が進む。
 嵐の背を見て、小さな葉がついているのには気づいた。どうして葉が? 疑問に思ったが、それどころではなかった。
 今日は、いろんなことがあった気がする。

「ねえ、」
「なんだ?」
「今日ね、キスされちゃった」

 それを聞いて嵐は、お前も悪いだろうと言いたかったが、黙った。

「大河にか?」
「うん。でも、おでこに」
「だから、どうしたんだ?」

 サドルを握る手に力が入る。

「それはね、美大生のハツエお姉さんのために、だったんだけど、」

 は嵐の背中に頬をつけた。嵐は背筋がぞっとするのを感じる。

「馬鹿、それ、やめろ」
「私、その後でちょっと気分が沈んだというか。変な気持ちになった」
「……好きでもない奴にされたからだろ?」
「小さい時は、パパのモデルでホッペとかにされたけど、平気だったよ?」
「小さい時と今とでは違うに決まっている!」
「そうなのかなあ」

 は、少し悩んだ。

「分からない。男の子を特別に好きになって、独占したくなるって。皆でいた方が楽しいもん」
「そうだな。オレにも分からない」

 嵐が、つぶやく。

「本当?」
「ああ」

 そうだとしたら、同じ気持ちを分け合えて、嬉しいとは思った。

 自転車は二人を乗せて走った。
 日曜の、昼下がり。

 帰ってから、おじさんに相談してみよう。は嵐の背中にある葉を取り外した。

『大河襲来!(後)』:終

 ここまでお疲れ様です、様。

 パーティーって……パーティーぬけるって……。「そんなことより、パーティー脱け出さない?」(byスピードワゴン、小沢)みたいな。

 なんか、大河が黒くなって、それで半分ふられて、散々な扱いでしたね。
 でもこれで、嵐がジェラシーを起こす、というイベント発生できたので良しとします。けど、何か物足りない。あ、そうか。がジェラシー感じないと二人の距離は縮まらないような?

 というわけで、次回はにライバル登場。

      冬里

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