車は、やがてお城のようにそびえ立つ学校に近づいた。彫刻などが並ぶ校門に着いたのでは降りる用意をしたが、車はそのまま校門に入って進んで行った。大河が言うには、約束の場所まであと数キロある。とても広い学校なんだとは感心した。
大河襲来!後編「ちゃんだ」
大河がチームメイトに紹介したので、は頭をさげた。 聖アローズの部員はというと、突然の可愛らしい客に全員がぼうっとなっていた。大河と。二人は絵から抜け出して来たかのようである。 「大河様、全員そろっております。よろしいでしょうか?」 大河より左のテーブルにいる、大柄な男が言った。大河は静かに、うなずく。
「では、これより大河様の送迎会をとり行う。まず始めに、大河様よりお言葉を……」 大河にそう言われると、従うしかないかのように、五十嵐はうなずいた。大河は微笑んで、皆のいる方を向いた。 「みんな、僕のためにありがとう。さ、グラスをとって、乾杯しよう」 全員が、ジュースの入ったグラスを持つ。 「聖アローズ学院闘球部、全国制覇を祈って、乾杯!」
皆が乾杯、と側にいる者とグラスをつけ合った。
「B・Aのマネージャーである君の前で、あんなこと言って悪かったね」 B・Aと聞いて、五十嵐がの方をはっと見た。
「大河様、この方はB・Aの者なんですか?」 は微笑んだ。五十嵐は少し頬を赤らめたが、すぐに元の顔に戻した。大河がつれて歩いている女性だという意識が強かったのだろう。 「大河様、僕らをさんに紹介してください」 数人の部員が来た。五十嵐は、彼らに目で「やめろ」と言ったが、気づかれない。しかしその心配も無用であって、大河はにっこり笑ってに皆を紹介した。 「ちゃん、彼らは聖アローズのレギュラーだ。右から、楠木、東山、榊原、小早川、そして三田村」 一気に紹介されてすぐに名前と顔が一致しなかった。はとりあえず、頭をさげて、みなさんよろしく、と挨拶した。 「かわいいお方ですねえ。大河さんの彼女ですか?」 東山の問いに、五十嵐が声に出さず「そんなことを聞くな」と言ったが、当然気づかれなかった。が、顔を赤くする。 「残念ながら、違うんだ。今のところはね」 大河が「今のところはね」を強調し、微笑みながら東山を見た。その微笑の裏に隠された黒い感情が嫌でも伝わってきて、東山は恐ろしくなる。 「さん、サンドイッチいかがですか?」 そんなやり取りに気づかず、最も童顔な楠木が勧めてきた。は礼を言って受け取る。にっこり笑うのも忘れない。その笑顔を向けられて、楠木はぼうっと赤くなった。三田村、小早川、榊原はそれを見逃さなかった。
「さん、紅茶はアールグレイですか、オレンジペコーですか?」 三人同時に聞かれて、はとまどった。五十嵐、東山が「やめておけ」と声に出さずに言うが、やはり気づかれない。
「君たち……」
笑顔で、そう言う。その笑顔の裏の残忍な雰囲気に気づいて、楠木も含めた四人は怯えた。五十嵐、東山が「だから言ったのに」という表情をする。
「騒がしくて、悪かったね」 食事をしてから、少しパーティーを脱け出して、二人は中庭を歩いていた。日曜なので人は少ないが、時々通りかかる人は、二人を見た。そのうちの、女の子はに嫉妬の視線を送っていた。私、嫌われてるなあ、とはため息をついた。それを聞いて、大河が心配する。
「どうかした?」 噴水のある、庭だった。誰もいない。ベンチに座り、青い空に向かって飛んで行く水を見つめた。今日で二度目の噴水。
言うなら、今だ、と大河は思った。誰にも邪魔されないうちに、言ってしまおう。大河はの方を向いた。
「どうかした?」 と、笑顔を見せる。その笑顔は、誰にでも見せるものだろうか。そう思うと大河の胸が痛んだ。この笑顔を独占したい気持ちがある。 「ちゃん、僕は君が好きだ」 言ってしまった。大河は顔が赤くなった。耳まで赤い。でも、の目を見つめたままだ。 「どうしたの? 私も大河くんが好きよ?」 心配そうな表情をする。好きだと言ってくれているが、それは違うようだった。大河の思いと、の感じている好きは別のものだ。 「君の言っているのは、姉妹とか友達とか両親とかに対して抱く『好き』だね?」 見ると、がますます困ったかのような顔をしていた。恐る恐る、うなずいている。
「僕は、君を女の子として、特別に好きなんだ。君を独占したい」 頬を染めて、今にも泣き出しそうな顔をしている。たまらなく愛しくなって、大河はを抱きしめた。 「ごめんなさい、恋とか、そういう感情がまだ、分からない……」 耳元でささやかれる。胸が締め付けられるような苦しさを、大河は覚えた。 「わかったよ。無理を言って、ごめんね」 体を離す。は少し、涙ぐんで下を向いていた。
「どうして泣くの?」 え? と、が顔をあげる。 「僕がヨーロッパに行って帰ってきた時に、答えを聞かせてほしい」
は、黙って、うなずいた。
は大河と別れた。 どうやって、大河と別れたのか覚えていない。噴水の前で告白をしてきた大河の印象が頭から離れず、はうつむきながら校門を出た。どちらに行けばいいのか分からないので、適当に歩く。 「おい」 自転車の車輪の音と、聞き慣れた声がした。横に、ブレーキの音がする。見上げると、嵐がいた。
「どうして、こんなところにいるの?」 嵐は、の目元が赤いのに気がついた。あの、大河に何かされたのだろうか、と思うと、せっかくサイクリングで忘れかけていた怒りが復活する。
「ちょっとね、告白されて……」
嵐が後ろの荷台を指した。スカートを揺らしながら、はそこに横座りし、嵐の腰周りに腕を回した。
「ねえ、」 それを聞いて嵐は、お前も悪いだろうと言いたかったが、黙った。
「大河にか?」 サドルを握る手に力が入る。 「それはね、美大生のハツエお姉さんのために、だったんだけど、」 は嵐の背中に頬をつけた。嵐は背筋がぞっとするのを感じる。
「馬鹿、それ、やめろ」 は、少し悩んだ。
「分からない。男の子を特別に好きになって、独占したくなるって。皆でいた方が楽しいもん」 嵐が、つぶやく。
「本当?」
そうだとしたら、同じ気持ちを分け合えて、嬉しいとは思った。
自転車は二人を乗せて走った。 帰ってから、おじさんに相談してみよう。は嵐の背中にある葉を取り外した。
『大河襲来!(後)』:終
ここまでお疲れ様です、様。 パーティーって……パーティーぬけるって……。「そんなことより、パーティー脱け出さない?」(byスピードワゴン、小沢)みたいな。
なんか、大河が黒くなって、それで半分ふられて、散々な扱いでしたね。 というわけで、次回はにライバル登場。 冬里
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