「ねえ、嵐くん」
部屋でコーヒーを飲みながらドッジボールマガジンを読んでいると、九ノ助のために開けたままにしておいた入り口に、が立った。見ると、洋服を二着持っている。
「どっちがいいとおも……」 むっとしてふくれる。その言葉に、嵐は目を丸くする。
「デートだと?」
やはり、分かっていない。
大河襲来!中編――翌朝――
「行ってきます」
いかつい顔をほころばせ、似合いもしない親バカのような顔をして、父はを見た。 「どこに行くかは秘密よ、おじさん」
手を振って、は家を出た。その姿に、父は涙しそうになる。 「ちゃんも、いつかはお嫁に行ってしまうんだなあ」
と言う。
「ところで、誰と出かけるんだろう。あんなドレス着て……まさか、デート?」 父は嵐の肩をつかみ、これでもかというくらいに揺さぶった。
「なぜ、止めなかった? そして昨日のうちになぜ言わなかった?」
そこで父は手を離した。嵐が息を整える。 「こんにちは!」 ドアの向こうに立っていたのは、宇佐美、服部、緒方。一軍のチームメイトだ。
「どうした、貴様ら?」 父までそんなことを言う。
「冗談じゃない。そんなストーカーまがいのマネができるか」 父の力説に、嵐以外の三人はうん、うんと頷いた。
「仕方がない、嵐が行かないなら私が……」
仕方なく、そういうことになった。 「それにしても嵐さん、お父さんとああまで仲良くなれたんですねえ」
緒方が言った。 「ところで、お父さんもさんのこと知ってたんですねえ」 何気ない服部の一言に、ギクっとなる。
「お、親同士が知り合いだからな」
その場を何とかのりきり、嵐は三人と共に駅に向かった。
が駅に着くと、改札の前ですでに大河が待っているところだった。カッターシャツにネクタイで、今日は上着を着ていない。美少年であり、スタイルもいいので何を着ても似合う。通り過ぎていく人は大河を見ていた。良い意味で、目立つ。その視線を知ってか知らずしてか、大河は背筋を伸ばしてバス・ロータリーにある時計台を見ていた。 「ごめん、お待たせ」 がかけつける。その声に反応して、大河は声のした方を向いた。頬が赤く染まる。 ビスクドールのようなに、胸が高鳴る。昨日、別れてから今までの数時間。その短い間にも大河はに会いたくて仕方がなかった。今、ようやく会えたは透き通るような白い肌を太陽の下で輝かせている。
「待った?」
そこで、言葉が詰まった。普通の女の子が着るにしては派手に思えるドレスだが、が着るとよく似合う。髪に何もつけていないのが惜しい。後で、リボンかバレッタを買ってあげようと思った。
「今、ぜったい変なこと考えましたね」
駅から離れたコンビニの影で、服部がつぶやいた。緒方もうなずく。 「オレはもう、帰るぞ」 そう言って去ろうとすると、三人に両腕、服の裾をがっしりつかまれた。
「何を言いますか、嵐さん。がピンチなんですよ?」 楽しそう、と自分で言っておいて、昨日覚えた原因不明の怒りがまた湧き上がってきた。あの馬鹿はどこかお人よしな所がある。あの女たらしの大河がデートをするなどと、絶対に何かされるに決まっているのだ。それなのに、何も考えずOKを出したのだろう。嵐は思わず拳を握りしめた。 「二人とも、動き出しましたよ」
緒方が言ったので、ひき続き後をつけることにした。
レンガを敷いた道を歩いていると、すれ違う人の視線を感じる。少し、いや、かなり目立つ二人組なのだろう。
大河について歩いていると、やがて美術館に着いた。
「ラファエロ前派の作品、この町に来てたんだ……」
の嬉しそうな顔を見て、大河はホッと胸の中で安心した。
「あーあ、大河おぼっちゃま、やっちまいましたね。あんな難しい美術館につれて行くなんて」 緒方と服部が、自動ドアの向こうに消えていく二人を見てため息をついた。が、それは半分が嬉しさでできているため息だ。
こいつら、分かっていない。 美術館の中で目を輝かせているを見て、大河は微笑んだ。ロセッティの絵の中に「P・R・B」のマークを見つけて喜び、ミレーの絵に感嘆の声をあげている、そんなをずっと見つめていた。きれいな唇からこぼれる、琴の音のような声。そんな声で絵についてあれこれ説明しているが、大河は内容を聴き取っていない。ただ、が作品を見つめる横顔を見、話す声を聞いていた。 「大河くん、聞いてる?」 そう言われて、ハッと現実に帰る。が大河を見て首をかしげていた。 「ごめん。ずっと君を見ていた」 言っている方が恥ずかしくなるほどのセリフである。大河のファンなら顔を真っ赤にして気絶するくらいの反応を見せただろう。しかし、は、 「そうなの。せっかくなんだから、絵を見なきゃ」
と、平然としている。 「あ、出てきましたよ。裏の公園に向かいました」
宇佐美が合図を出したので、尾行を再開した。
美術館の裏は広い庭になっていた。中央にユニークな形の噴水があり、ツツジの茂みや桜の木が植えられている。隠れるにはもってこいの場所だと言える。 「おもしろい噴水。水が生きてるみたいね」 水が弧を描いて少し離れた水貯めの部分に飛び移っていく。無邪気にはしゃぐに、大河は見惚れていた。 言うなら、今かな。
大河は、前日から決意していた。昨日会ったばかりで次の日だと急に思えるが、もうすぐヨーロッパに行く大河には、今日しかチャンスがなかった。 「あの、すいません」 誰かに声をかけられた。振り向くと、メガネをかけてカメラを手にした大人の女性が立っている。ウェーブのかかった髪にバンダナを巻き、ジーンズにタートルネックの上着というラフな格好だが色使いにセンスの良さを感じる。
「私、美術大学の学生なんですけど、ええと、二人を見てインスピレーションがわいたので……」 が聞くと、女性はうなずいた。
「その、モデルになってほしいのです。お礼はします」 大河が聞くと、女性は首を横に振り、カメラを見せた。
「何枚か、写真を撮らせていただくだけで、結構なんです。お願いします」
すると、女性は喜びを顔中に表した。結構、美人なんだということに大河は気づいた。
「ハツエお姉さん、」
ハツエお姉さんも、と名前で呼んでいる。カメラを構えると、先ほどまでのおどおどした様子とは打って変わって、機敏に動き、指示を出す。 「はい、じゃあそこの君も!」 そう言われて、大河はカメラに撮られるままになった。
「じゃあねえ、その……言いにくいんだけど……」 それを聞いて、顔を真っ赤にする。一方で、ハツエお姉さんと握手をして感謝したい自分もいて、大河は少し混乱した。 「どっちがするの?」 平然として質問する。それを聞いて大河は、はそういう軽いキスには慣れているのか、そうだとしたら誰とだ、と思い悩んだ。 「うーん、男のこの方が、女の子に。というわけで、どう? ムリしなくてもいいけど?」
聞かれて、大河は赤くなりながらも、やります、と答えた。どういう形であれ、にキスをできるチャンス。逃すわけにはいかない。
「目、開けてた方がいい?」
はい、と言われてすぐにできるもんじゃないな、と大河は思った。目の前でが目を閉じて待っている。ふっくらと形のいい唇。そこにキスできたら、と思う。 「ありがとう、二人とも」 カメラをバッグにしまいこみ、ハツエお姉さんは、大河の順で握手をした。がハツエお姉さんに抱きつく。
「ぜったい、できた作品見せてね?」 「あ、あわわわわ」
三人が異様な声を発した。ちょうど、大河がにキスした時だ。
ハツエお姉さんを見送り、二人はベンチに座った。 「ごめんね、私、芸術を志してる人に弱いから、つい言うこと聞いちゃって。その、イヤじゃなかった?」 何かと思えば、自分のことを心配して落ち込んでいたのだ。大河はそんなをますます好きになった。 「僕の方こそ、ごめんね。嫌じゃなかった?」
静かに、は首を左右に振った。 「なんだ? 五十嵐か。何? 今日は都合が悪いと言ったじゃないか。何だって? ……分かった、ただし、彼女もつれて行く」 そして、切った。
「すごい、小さい電話!」
は、笑顔でうなずいた。
その話を、最前線(最も二人に近いツツジ)に隠れていた宇佐美が、他の三人に伝えた。 「どうします、嵐さん?」 そう聞かれて、嵐は立ち上がった。
「帰る」 と言うや否や、嵐は気づかれないよう、身をかがめながら走って公園を出た。その様子を、服部、緒方、宇佐美が見送る。
嵐は、どうして自分がのためにここまでしなくてはいけないのか、疑問に思った。
『大河襲来!(中)』:終
ああ、まだ続きます。大河くんで三話分とられちゃうとは。 しかもファーストキス(おでこだけど)大河くんだし。はよフォローせな! ちなみに、あの当時、携帯はなかったので。大河はおぼっちゃまだから持っていたということで。 冬里
感想などがあれば一言どうぞ。拍手ワンクリックだけでも嬉しいです。↓ |