休憩時間。 二軍から五軍のメンバーにはスポーツドリンクが行き渡っているのに、一軍の分がまだだ。がボックスから取り忘れて来たのだ。さっきそれに気づいて、彼女は急いで取りに行った。
「まったく、あいつのドジはまだなおらない!」
宇佐美がフォローする。
第三者ならば避けたい雰囲気の中へ、一人で入ってくる者がいた。
「嵐さん、後ろ!」
嵐が振り向く。 「やあ、みんな。久しぶりだね」
その美少年は太陽の下、まばゆいばかりの笑顔を見せた。
大河襲来!(前編)
「大河か……」
それを、スパイと言うのではないか、と嵐は思った。どうも、大河は苦手だ。きつく言い放ったつもりの言葉でも柔らかく返してくる。やりにくい相手だった。
「ごめん、みんな、お待たせ」
がスポーツドリンクを七本、胸に抱えて持って来た。 「ああ、やっちゃった!」
すぐにかがみ込み、拾いにかかった。ドジな分、そういう反応は素早い。
「あ、ありがとうございます」
は、手伝ってくれている大河を見た。 きれいな人……。
ペットボトルを持ったまま、見惚れていた。
その他方、大河もを見て、時間を止められたかのように錯覚した。 「いつまでそうしているつもりだ?」
嵐の声で、二人ともハッと我に帰った。
「ごめん、はい。スポーツドリンク」
は、嵐に聞いた。
「二階堂大河。聖アローズの元キャプテンだ」
嵐は返事をせず、ドリンクを飲んだ。イッキ飲みするように、ゴクゴクと。 「もういい」 休憩時間なのにもかかわらず、一人で練習し始めた。
「変なの」 そばにいた高山が低い声でぽつりとつぶやく。
「やだ、高山さんたら。今は秋よ?」
宇佐美が、ボトルを渡す。
休憩の後、ペットボトルをなおしに行って、それからしばらく見学だ。
「さっきは、ありがとう」
大河はうなずいて、の場所をあける。
「私はよ。あなたのことは嵐くんから聞いたわ。聖アローズ通ってるの?」
大河は、はっとしてを見つめた。明るそうな彼女に、何か深刻な事情があるのだろう。普通、両親が子供を日本に置いて遠い異国になど行くはずがない。
「僕も、もうすぐヨーロッパに戻るけど、つらいことがあったら言ってくれたまえ」
微笑むの顔を見て、大河は頬を赤らめた。自分がやっていることに気づき、あわてて手を離す。 「あぶない!」
横にいるを自分の胸に抱き寄せ、片手でボールを受けた。
「危ないじゃないか、気をつけたまえ!」
来たのは、一軍の服部だった。
「大河くん、くるしい」 ずっと、を自分の胸に押し付けたままなのに気づき、あわてて押し付けていた手を離す。はぷはあと息を吐いた。
「ご、ごめん。つい……」
そう言ってあはは、と笑うを見て、大河の胸がドキン、と大きな音をたてた。
その後、がタオルを用意しに行くまでの間、大河はろくにの方を見れずにいた。練習を見るのに集中するよう努めた。しかし、この胸の音がに聞かれないだろうかと心配になって、なかなか集中できなかった。 「みんな、おつかれー」 がタオルをつめたバスケットを運んできた。一軍から五軍用に分けてある。二軍から五軍にはバスケットを渡しておき、一軍メンバーには一人ずつ手渡す。それが一軍の特権と言えなくもなかった。 「はい、嵐くん」 嵐は差し出されたタオルをふんだくるようにして取り、その場を離れた。
「なによ、あれ」
宇佐美が横に来て、つぶやく。 「大河、もう練習は終わったが、まだ見るものはあるのか?」 ぶっきらぼうに、嵐が大河に言う。
「そんな、追い出すようなこと言わなくていいじゃない。せっかく来た人に失礼でしょ?」
冷ややかな目で見る嵐を、は睨んだ。
「ごめんね、嵐くんがああ言ったけど、ゆっくりしていって」
コートに戻ってタオルを集め、ボールを片付けるを見ながら、大河はと嵐はどういう関係だろうかと考えた。まさか、付き合ってるというわけではなさそうだし、嵐は少々に対してきつくあたっているかのように思える。しかし、見えないところで、二人が何らかの関係を持っているかのようだ。高山を除いて他のメンバーが恐れている嵐に、新しいメンバーのがああ強く出られるとは。
「練習は参考になったのか?」 大河は先ほどまで疑問に思っていたことを聞くことにした。
「君と、ちゃんとはどういう関係?」
自分でも不思議なほど、自然に言葉が出た。できることなら、誰にも言わずにいたかった。しかし、もう遅い。
「君が何と言おうと、止めるつもりはないよ」
吐き捨てるように、嵐はつぶやいた。
「しかし……」
何気なく大河が発した一言で、嵐はカッと頭に血が上った。 「二人で何を話してたの?」 バスケットを持ったが近づいて来た。
「何でもないよ」
そうだ、自分はもうすぐヨーロッパに行く。
「ちゃん、明日あいてる?」 あっさりとOKしてくれたので、喜ぶより前に、デートの意味がわかってるのか疑問になった。 「私、デートって初めてだから、ちゃんとエスコートしてね?」
そう言って微笑むを見て、安心する。
「明日、朝の十時でいい?」
二人は顔を見合わせて、笑った。
「で、大河はいつ帰った?」
いつも通り、皆と別れてから二人で歩いていると、嵐が聞いてきた。
「皆がボックスに行ってからよ」
に聞かれて、嵐は今日初めて自分が不機嫌であったのに気がついた。それがなぜなのかは、分からない。
「何をニヤついている?」 クスクス笑って嵐を見上げるを見る。それは大河と関係することなのだろうか、と考えて腹が立つのを覚えた。 「勝手にしろ」 歩くスピードをはやめて進む。 「ああ、待ってよ。後で教えるから」
あわてて後を追う。
『大河襲来!(前)』:終
ああー、私のアホ! 大河とデートするまで持っていってどないするねん! 嵐夢というより逆ハー(男キャラにモテモテ)ですこれは。もう、そんな勢いでいくっす。 次回こそ、嵐との仲が進展しますように(ひとごと?!) 冬里
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