最初はドジってもたついていただが、一週間も経つとさすがに慣れてきた。

 それなら、頼んでもいいかも知れない。

 嵐は、紙切れを取り出し、を呼んだ。





球小潜入!

『マネージャー』の続きです。





「ええー、ぜったいムリ!」

 のかん高い声がボックス内に響いた。

「馬鹿! 皆に聞こえるだろ」
「なんでこんな遠い所で落し物するかなあ。この、ドジ!」
「お前がドジ言うな! 皆にはランニングコース覚えに行ったと伝えておく。さっさと行って来い」



   仕方なく、渡された紙切れを持って、とぼとぼと連盟支部を出た。
 紙切れには、落とした物の絵と、落とした所……寺らしいが……そこまでの地図が書いてあった。絵といい、地図といい、嵐が自分で書いたのだろう。だとしたら、さすが芸術家の子供だけあって、上手だ。

 ドジなであっても、方向音痴ではなかった。きちんと、地図をどう見ていいかが分かる。東西南北もきちんと分かった。むしろ、方向感覚だけは優れていると言ってもいいだろう。

「けど、あんな嵐くんでも、落し物するんだ……」

 しかも、それを他の者に知られまいとしている。第二の秘密の共有みたいで、少し嬉しいとは思った。



 しばらく歩いて、やっと目的の寺に着いた。しかし、その石段の前に、だ。

「ぜったい、ムリ!」

 何段あるのかと、途方に暮れるほど長い。こんな所を走って登る人たちの気が知れない。
 どこか、近道は無いだろうかと辺りを見回す。が、ない。ため息をつき、はゆっくりと石段を登り始めた。



「うわあ、弾平くん、あぶない」
「くそう、もう一回!」

 階段の中ほどまで上った時、横にある林から声がした。
 何だろう、とは好奇心にかられて、階段を外れて林に出る。急なところなので、木につかまりながら、そろそろと中に入って行った。

 声のする方へと進んで行くと、やがて木を切り崩し、地面を平らにしたところに出た。
 そして、ありえない光景が広がっていた。
 「球小」のロゴが入ったユニフォームの人たちが、急な勾配の坂を転がってくる巨大な岩を、下の平らな所で受け止めようとしていた。
 受け止めそこねて、岩に吹っ飛ばされる者、岩に引かれる者、他。

「あれ、ぜったい死ぬって」

 木に隠れながら、はその光景を見て震えた。
 ふと、岩を受け止めている人たちから離れた所に、女の子が立っているのを見つけた。がやっているのと同じように、ポニーテールの髪形をした女の子だ。あの子はきっと、マネージャーだろう。はその子と話をしてみたくなった。

 気づけ、気づけー!

 そう思いながら、手を振ってみる。全く、気づいてくれない。かと言って、あんなムチャな練習をしている人たちを通り過ぎて彼女に話し掛けに行くのもどうかと思う。そうか、あの子は一生懸命特訓をしている仲間を見守っているんだなあ、と思った時……。
 その子は、あくびをした。
 え、実はあの練習ってあの人たちにとっては日常的なものなの? 
 は面食らったが、手を振るのは忘れていなかった。ふと、その子がに気づいた。手を振り返し、そしてこちらに近づいてくる。
 コンタクト成功!
 ガッツポーズをとったところで、その子がの前に立った。

「あなた、見かけない顔ねえ」
「うん、最近ここらへんに引っ越してきて」

 思ったとおり、話しやすそうな子だとは思った。

「私、ブラック・アーマーズのマネージャーの、です」
「あら、ブラック・アーマーズの? 私は、球川小闘球部マネージャー、藤堂みさとです。B・Aって、遠いじゃない。どうしたの?」
「うん、実はここで落し物したのを拾いに来て……。ところで、あの練習は?」
「ああ、あれね」

 みさとは、ちらりと練習している人たちを見て、それからまたの方に視線を戻した。

「最初、ムチャだと思ったんだけど、もう一週間もすると慣れちゃった。あの人たち、そんな簡単にケガしないし。いちいち心配してたらこっちの身がもたないわ。ちょうど、退屈してたとこだから、呼んでくれて嬉しかったわ」

 ペラペラ喋りまくるみさとに、よく舌をかまないなあと感心しつつ、は笑顔で返した。

「それにしても、あなたってかわいい! って呼んでもいい?」
「そんな、みさとちゃんも可愛いよ! 私も、みさとって呼ぶわ。マネージャーになったばかりで慣れないところもあるし、いろいろ教えてね?」
「いいわよ、お互い情報交換したりね。あ、ただしスパイ行為は禁止よ?」

 ということで、二人は仲良くなった。

「あ、ちょっと休憩みたい。皆に紹介するから来て」

 みさとに手を引かれ、は休憩中の球小メンバーの所に行った。
 皆が、みさとと、の方を見る。

「みんな、B・Aの新しいマネージャー、ちゃんよ」

 がぺこりと頭を下げると、その場にいた人たちがぽかん、とした表情で見た。体のでかい、赤ら顔のキャプテンらしい人が、

「かわいい子だねえ」

 と、やんわりとした調子で言ったとたん、皆がそれぞれ自己紹介を始めた。

「オレ、武田勇一」
「オレは勇二」
「ボクはつとむ!」
「珍念!」
「あ、キャプテンの尾崎です」
「で、B・Aの奴がなんでこんな所に来てんだ?」

 体の小さい、炎みたいな形の髪形をした男の子が聞いてきた。何か練習のことで焦っているのか、少し乱暴な口の聞き方だ。それを、みさとが「初対面の人に対して失礼でしょ」と注意する。
 は、嵐に渡された紙切れを取り出した。

「実は、落し物をして、それを拾いに来たの。こんなのなんだけど」

 は、その場にいた人に紙切れを見せた。皆が、それを覗き込むように円陣を作る。一人あぶれているのは、弾平だ。

「これ、寺の方で見たことあるよ」
 と、ボーズ頭の、珍念。
「確か、和尚さんが預かってたから、寺に取りに行くといいよ」
「ありがと、珍念くん。私、今からお寺に行くわ」
「じゃ、私もに付き合う。慣れない所で分からないからね」

 去って行く二人を、メンバーは見送った。

「かわいい子だったねえ」

 またしても、やんわりと言うキャプテンに、みんな(弾平以外)がうなずいて、頬を染めた。



「ねえ、いつもここで練習してるの?」
「んー、特訓の時はここだけど、普段は学校よ」
「そうなんだー。いいなあ、こんなとこで練習できてっ……」

 石段を登りきる最後の一段につまずき、は転んだ。大丈夫、と聞くみさとの声が上から聞こえる。
 起き上がって、ひざを払って、顔についた土をぬぐう。
 それを見て、みさとがプっと吹き出した。

「きゃははは、ちゃんたらドジー! かわいいー!」
「もう、気にしてるんだから!」
「いいじゃん、最初見たとき可愛い子だからとっつきにくいかもって思ったけど、よく考えたら物陰からずーっと手え振ってるんだもん。おもしろいよー!」
「うう、でも私、本当にドジだからいつも嵐くんに怒鳴られてるんだよ? 私、みさとちゃんみたいにテキパキ動きたいよ」
「へえ。嵐くんて、キツそうだもんねえ。大丈夫、慣れよ! あと、強引さよ!」

 強引さって、どうして必要なんだろう。
 が疑問に思った時、寺に着いた。縁側で和尚さんがお茶を飲んでいる。

「おお、みさとちゃん、皆まだ練習中かの? そっちのお嬢さんは?」
です。はじめまして」
「和尚さん、この前ここらへんに落とし物あったじゃないですか、はそれを受け取りに来たんです」
「ああ、ああ、確か昨日ブラック・アーマーズの人たちがランニングに来た時のじゃな。ちょっと待っておれ」

 と、和尚は奥に行った。

「これかの?」

 そう言いながら戻って来た和尚の手には、絵と同じものが乗っていた。

「これです、ありがとうございました!」
「いやいや、どういたしまして。それ、大事なカギなんじゃろ?」
「ええ、そうです。多分、家のカギですね」
「落し物をするうっかりさんは、誰だったのじゃ?」
「あ、ええと、服部くんっていう人です」

 服部には悪いが、嵐のために嘘を言っておいた。後でバレたら本気で殴られそうだ。服部なら許してくれるが。

「あ、そろそろ帰らないと。みさとちゃん、和尚さん、ありがとうございました!」
「ほっほ、気をつけての」
「またね、。また遊びに来てよねー!」

 は二人に手を振って、長い石段を慎重に下りていった。





「で、持って来てくれたんだろうな?」

 練習終了後、ボックスで嵐に言われ、和尚から受け取ったものを渡した。
 紫の石を黒い針金で巻きつけたキーホルダー。と、カギ。

「せっかく行って来たのに何かえらそう」
「馬鹿言え、これがないと今日は家に入れない所だったんだぞ?!」
「ええ、今日、おじさんは?」
「作品展開催の打ち合わせに行くから今日は遅いらしいぜ?」

 ってことは、今日は二人きりじゃない。

 その事を知って、の顔が赤くなった。
 それを見て、改めて事の重大さを認識し、嵐も顔を赤くした。

「で、奴らは寺で練習してたのか? どんな練習をだった?」
 気まずさを打ち消すように、嵐が聞いた。
「上から転がってくる岩をね、受け止める練習してた」
「岩だと?」

 前からわけの分からないチームだと思ったが、ここまでわけがわからないとは。その、得体の知れないところに、B・Aは負けたのかもしれない。嵐は、ため息をついた。



「あ、お帰り

 ボックスに戻って来た宇佐美らがに駆けつけて来た。
 あいかわらず、は宇佐美をかわいい、と言いながらその頭をなでる。

「おい、お前たち、岩のある場所知らないか?」
「岩?」

 全員が、嵐の言葉に怪訝そうな顔をした。

「あ、いや、いい。聞いただけだ。気にするな」

 そう言って、嵐は更衣室に行った。
 その後姿は、どこか悲しそうであった。

『球小潜入!』:終

 ああー、なんかこれって嵐夢連載なの? という疑問が頭から離れない。
 あと、この回は女子にも好かれてるっぽいさんってことでまとめたかったのですが、どうでしたでしょうか・・・??
 話の流れで「今日は二人きり?」ってなったので、次回は初めて嵐夢みたいなことを書きたいと思います。

      冬里