神奈川アリーナは熱狂に包まれていた。 ヨーロッパ選抜と神奈川選抜の試合。今までにこんな試合があっただろうか。横にいたみさとが、の服の袖を握ってきた。 試合は1対0で、神奈川選抜の勝利。 最後は弾平と大河の一騎打ちだった。一人を倒すのに炎のショットを打ってしまった弾平は体力も無いまま、しかし必死になって大河と戦ったのだ。そして二度目の炎のショットで大河を破った。 力を使い果たして倒れた弾平を抱えて退場した大河を見送る。会場内の人たち皆が、二人に拍手を送っていた。みさとを見ると、涙を流している。はそっと、みさとの肩を抱き寄せた。
カミングアウト試合終了と退出方法がアナウンスされた後、は選抜チームの控え室に行った。ドアをノックすると、返事もせずに五十嵐が開けてくれた。の姿を見て陸王と嵐が立ち上がる。二人の見慣れない白いユニフォームが妙にまぶしかった。 「やったぜ、!」 陸王がに近づき、軽々と抱き上げた。高く持ち上げてから、くるくると回す。 「うう、目が回るって!」
そう言うと、すまない、と下ろしてくれた。勝利が嬉しくて舞い上がっているようだ。 「私たちも、弾平くんのところに行かない?」 聞くと、嵐が、 「いや、すでに医務室は球小の奴らでいっぱいだ。俺たちが行くとかえって邪魔になる」
そう言って、ベンチに座った。ひどく落ち着いている。 「何悩んでるんだ」 近くで声がした。振り返ると、嵐だった。
「早かったね」 そう言うとすぐに自販機に小銭を入れ、ボタンを押す。ガゴン、と音がして、嵐は取り出し口から缶を取り出した。オレンジジュースだ。 「ほらっ」 そう言って放り投げてきたので、あわてて受けようとする。なんとか、キャッチできた。嵐は続けて小銭を入れ、ボタンを押して缶を取り出した。見ると、ポカリだった。持っているオレンジジュースをどうしていいのか分からずにいると、
「オレンジとポカリで迷ってたんじゃないのか?」 持っていた小銭を渡そうとすると、嵐はくるりと背を向けた。 「いい。それより座れるところに行こう」
歩き出す嵐の背中に、ありがとう、とお礼を投げかけて、は後を追った。 「ほら、交換」
うん、とうなずいてはオレンジジュースの缶を嵐に渡し、ポカリの缶を受け取った。 「試合、勝ったね」 おめでとう、とか、よかったね、などを言わず、ただ単にそう言った。嵐が、ああ、と返事する。 「だが、大河のショットにやられた」 目を細めて、悔しそうに持っている缶を睨んでいた。試合を思い出しているのだろう。は、どう声をかけていいのかわからなかった。誇りの高い嵐のことだ。ヒットされ、さらに反撃もできなかったのが屈辱的に思ったのだろう。 「は、俺が勝つところを見ていないな」
飲み終えたのか、缶をベンチに置いて、ぽつりと嵐がつぶやいた。 「私……」 厄病神かな。そう言おうとした。それを嵐が遮る。
「まったく、お前はついてない。ほんの少し前まで俺たちは無敗だった」 は特に何も考えずに返したのだが、嵐はこちらに向いた。真剣な顔をしている。そんな顔をされると、とまどってしまう。少し考えて、嵐に言う言葉を探し出した。 「私、普段から嵐くんのかっこいいところを見てるから、試合で見なくても充分」
冗談半分で、笑いながら言った。その途端、嵐が抱きしめてきた。の持っていた缶がフロアに落ち、カランカランと音を立てて転がった。 「好き」 自然に、そんな言葉がの口からでた。黒い、B・Aのウィンドブレーカーに顔をうずめる。 「馬鹿。この場合俺が先に言うだろう、普通は」 嵐はから離れた。肩を持ち、正面から見つめる。はすぐ近くに嵐の顔があるので、顔を赤くしてしまった。 「好きだ」 真剣な顔をして、嵐はそう言った。はこくん、とうなずいた。嬉しい。もう一度嵐の目を見る。ずっと真剣な顔をしたままだった。さすがに恥ずかしいので目を伏せる。 「そろそろ、離して?」 ずっとこのままでいるのは恥ずかしい。誰かが来るかもしれなかった。 「ああ」 そううなずいたかと思うと、嵐が顔を近づけてきた。目を閉じる。額に、柔らかな唇の感触がした。そして、嵐はすぐに離れて、立ち上がった。 「行くぞ」
控え室の方に戻ろうとした。も立ち上がり、転がっている缶を拾って、後に続く。さっき起こったことが信じられなかった。どういうことだろう。嬉しいことには違いないのだが。
「弾平なら、高山が背負っている」
階段の影から様子をうかがっている。 「行かない方がいい。男は引き際が肝心だ」 そう言うと、大河は不思議そうに陸王を向いた。そして、何が言いたいかが分かり、うなずいた。
「君もか」 そして二人はそのまま別れた。
「見送らなくてよかったのか」 イスに座って、雑誌を読みながら嵐は聞いた。
「いい。飛行機怖いから」 雑誌を置いて嵐は立ち上がった。の横に立ち、同じように窓から空を見上げる。雲のない青い空に一筋の飛行機雲が見えた。 「おい」 嵐に呼ばれて、が振り向いた。 「目を閉じろ」 言われるままに、は目を閉じる。しばらくして、唇に柔らかい、温かい感触がした。これがキスなのだと気づいて、の頬が染まった。唇が離れたので目を開ける。嵐が、いたずらっぽい目で微笑んでいた。
「顔が真っ赤だ」 その先が思いつかず、は嵐の胸に飛び込んだ。 「なぜそうなる?」
そう言うものの、嵐はそっとを抱きしめた。
カミングアウト:終
この話で嵐連載は終了となります。今まで読んでいただきありがとうございます、様。 このヒロインとかでラヴラヴなのを書きたくなったら、番外にでもアップしようかと思ってます。 しかし、最後は甘々になってましたね。キャラが違うし!! 今までの感想などいただけたら、すごく嬉しいです。 冬里
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