ちゃん、かわいいよな」

 さっそく友達が出来て、その輪の中にいるを見ながら、友人がつぶやいた。
 女子たちはキャーキャー言いながら楽しそうに、から前の学校のことを聞き出している。誰とでも仲良くなれる奴なのか、と嵐は感心する。九ノ助といい、クラスの女子といい。単なる調子者なだけかもしれないが。

ちゃん、バリかわいい……」
「バリ?」

 何を言っているのだ、こいつは。そう言えばどうしてこんな奴と友達なのかと嵐は思った。





マネージャー

『ナイトメア』の続きです。





「御堂くーん!」

 聞き覚えのある声がした。
 嵐が連盟支部に向かう途中だった。
 恐る恐る振り返ると、やはり、奴がそこにいた。

「御堂くん、家そっちの方向? やった、私も!」
「馬鹿! なんで話し掛ける? そしてなんでついて来る?」
「だって……」

 は横に並び、声をひそめて言った。

「つけられてるのよ。私、さっそくマークされたみたいで」
「はあ? マークだと?」

 こっそり後ろを向く。すると、電柱の後ろや自販機の陰に隠れる人影があった。

「ええと、なんでか分からないけど、前の学校でも、その前の学校でもよくつけられました」
「お前、それストーキングされてるんだ!」
「だから、家にまっすぐ帰るよりも、どこかに寄ってストーカーをまいてから帰ろうかと思って違う方向に歩いてたの。じゃあ、嵐くんが前歩いてるじゃない。ねえ、どこ行くの?」
「クラブだ。ドッジの連盟支部に行く」
「ん、じゃあとりあえず私もつれてって」

 そういうことになった。
 嵐としても、ストーカーたちに自分とが一緒に住んでいるというのを知られ、それを皆に広められないようにしたい。クラブで時間を潰してから帰った方がいいと思ったのだ。

 それにしても、どうしてこんな奴がストーキングされるほどモテるんだろう。
 嵐には、それが不思議だった。
 そうこうしているうちに、連盟支部に着いた。



「すごーい、いろんな人がドッジしてる」

 いろんな人ってどんな人だ、と心の中でつっこみつつ、嵐はボックスに向かった。もついて来る。練習の見学でもさせておこう、とぼんやり思い、の方を見ようとした。が、横に並んで歩いていたはずのがいない。

 どこに行った?

「へえ、ここ初めて来たんだ」
「うちのチームでマネージャーやらない?」

 声のした方に行くと、が他チームのメンバーに声をかけられていた。二人の、少しガラの悪そうなそのメンバーに囲まれながら、は困った顔をしていた。

「何をしている?」
「あ、嵐くん」
「げっ、御堂嵐?!」

 二人は嵐を見るや否や、すぐにから離れて去って行った。

「さっき、つかまっちゃって」
「まったく、さっさとついて来い」
「嵐くんて、怖がられてるんだねえ」
「うるさい、黙れ」



 ボックスに着くと、宇佐美がすでにユニフォームに着替えており、グローブをはめている所だった。

「嵐さん、その人は?」
「はう、かわいいーこの子! ハムスターっぽい! ハムっぽい!」

 にかわいいと言われ、ハムっぽいとも言われ、ついでに駆け寄って頭をなでられ、宇佐美は顔を真っ赤にした。
 確かに宇佐美は小動物っぽいが、本人の目の前で堂々とハムスターと言い切られると見ていて逆に小気味良い。
 嵐は宇佐美にの世話を任せ、自分は更衣室に行った。

「うう、かわいいー。大丈夫、私が守ったげる!」
「ええと、あなたは?」

 そう聞かれては頭をなでる手を止めた。

「申し遅れました、私、です」
「俺、宇佐美俊です。よろしく。ええと、マネージャー希望か何か?」
「それがね、いろいろあって。今日は嵐くんにつれて来てもらっただけなの」

 ボックスのドアが開いた。高山が来たのだ。

「オス、高山さん」

 高山は、ああ、とうなずいた。視線を宇佐美から横にずらす。を見て、

「宇佐美、その人は?」

 と聞いた。がニコリと微笑み、自己紹介すると、高山は少し顔を赤くした。

「マネージャー希望なのか?」

 めったに喋らない高山が、聞いた。ただ、にではなく、宇佐美にだが。

「違うんだけど、でもそう言われるとやってみたくなった……」
「貴様には無理だ!」

 着替えを終えた嵐が、の言葉を遮った。

「何よ、ひどいなあ」
「言いすぎだ、嵐」

 高山がをフォローする。

「高山がなぜの肩を持つんだ?」
「そうだ、今日一日試してみて、それでダメならダメってことでいいんじゃないですか?」
「何を言い出すんだ、宇佐美?」
「うん、それいい。そうしようよ、嵐くん。入部テスト受けさせて」

 入部テストか。それならいいかもしれないと嵐は思った。考えてみればマネージャーが欲しいと思っていたところだ。なぜかを避けたい自分がいて、今から考えてみると、それが不思議だ。





 準備体操の後、ランニングだ。その間にマネージャーはコートにラインを引く。そしてクラブで借りている倉庫からボールなど必要備品を取り出す。
 は、分かったと言ってランニングに出る一軍から五軍メンバーを見送った。チームがマネージャー希望者の存在のためか、なぜか皆浮かれている。嵐は少し不安になった。



「ええと、コート三つ。公式コート、練習用コート……」

 念のために渡されたメモにコートの長さなどが書かれている。きちんとメジャーで測り、石膏ライナーで引かなければならない。
 メジャーで先に三つ分測り、チョークでそれぞれの四つ角に十字で印をつける。ライナーを持ち出し、コロコロ動かしながらラインを引いた。

「よし、ちょっといがんでるけど、分からないよね、目の錯覚か何かで。これでいいか」

 ボールなどを取りに、預かったキーをポケットから取り出しながら、倉庫に向かった。



「なんだ、これは?」

 ランニングから戻って来た嵐はつぶやいた。
 明らかにいがんだコート。公式コートは片方チームのコートはきちんと確保されているが、もう片方のはコートがいがんでいるために狭くなっている。

 コートだけではない。
 大量のボールが必要だが、そのボールを入れているカゴが倒れたのかして、あちらこちらに散らばってしまっていた。今、と好意で手伝っている他チームのメンバーが拾って集めている。
 そして……。

「なんだ、このスコアボードは?!」
「え、いらなかった?」
「練習試合するならともかく、今はいらん。邪魔になるだけだ」
「ええ、じゃあ、今から嵐くんが私に怒鳴った数を数えるのに使うとか……」
「使うな! 戻して来い!」

 仕方なく、はスコアボードを押して、倉庫に向かった。いつの間にか、ボールは元に戻っている。

「嵐さん、言いすぎですよ。初めてで勝手が分からないんですから」
「そ、そうですよ。何もあんなに怒鳴らなくたって……」
「オレら、せまい方のコートで十分ですから」

 口々に言ってくるメンバーを嵐は睨み、柔軟と筋トレするから二人一組になれと言った。全員、はあい、といつもより気の無い返事をする。

「しまってきたよー」

 が戻って来た。柔軟をしているメンバーが、ちらっとそちらを向き、すぐに戻すのを嵐は見逃さなかった。

「宇佐美、お前あぶれてたな。よし、に手伝ってもらえ」
「えー、そういえばどうして嵐くんだけで呼ぶの?」
「誰が名前で呼ぶか! さっさと宇佐美の所に行け!」
「はいー」

 宇佐美が待っている所に行く。お願いします、と言って宇佐美はちょこん、と足を伸ばして座った。かわいい、と言いつつはその背中を押す。

「ねえ、嵐くんていつもああやって怒鳴るの?」
「あ、もう少し強く。……いいや、いつもは必要な時にしか怒鳴らないですよ」
「うわ、宇佐美くん体やわらか! あと、私に敬語使わなくていいよ」
「嵐さんが連れて来た人ですから、一応と思って。どういう関係なんですか?」

 そう聞かれて、はとまどったが、

「同じ学校で、同じクラスなの。私、今日転校してきて、無理言ってここに連れて来てもらったのよ」
「そうか。じゃ、敬語じゃなくていいな。俺はてっきり、嵐さんの彼女かと思ったけど。それにしては嵐さん怒鳴りっぱなしだし」
「もちろん、違うよ。か、彼女じゃないよ。むしろ、私、嫌われてるのかも」
「大丈夫、のノリに慣れてないだけさ」

 柔軟から、筋トレに入った。

「そっか。そうだよね。でも、慣れる前にまずこのテスト受からないと!」
「うん、頑張れよ。応援してるから」
「そこ、喋るな!」

 嵐に注意されて、二人は口をそろえて、すみません、と言った。言ってから二人でクスクス笑う。



 休憩に入った後、はボックスに置いてあるという全員分のスポーツドリンクを取りに行った。人数の多いチームのこと、ドリンクの数は半端ではない。五軍までのドリンクをスーパーのショッピングカートみたいなものにつめて、運んだ。
 が、案の定、あとちょっとで皆の所につく、といったところで転び、カートを倒してしまった。
 嵐が怒鳴る。
 それを皆がフォローする。



 休憩の後の練習は少し見学。その後、練習終了に向けてタオルを取りに行く。バスケットにつめた全員分のタオル。



 今度は、ちゃんとしなきゃ。



 はそろり、そろりと両手いっぱいに持ったバスケットを落とさないように歩いた。慎重に歩いたためか、今度は無事に皆の所に持っていけた。
 練習終了の合図。
 皆が、タオルのあるの所に来る。

「よかったね、ちゃん!」
「ちゃんと運べたね!」
「無事に運べて当たり前だ!!」

 嵐がまた怒鳴り、しん、と静まり返った。

「で、。テストの結果だ」

 皆が、つばを飲み込む。

「失格。マネージャーの素質なし」
「ちょっと待ってください、嵐さん」

 叫んだのは、宇佐美だった。

「確かに、はめっちゃくちゃドジかも知れませんけど、でも、俺たち今日はがいるおかげで練習に励めました」
「お、おれもです、嵐さん」
「僕も!」

 普段は嵐の言うことを聞くメンバーだが、この時ばかりは全員が反対した。俺も、俺も、というコールは続く。

「み、みんな……ありがとう」
 は皆に頭をさげた。
「でも、いいよ。私、ドジだから皆に迷惑かけるし。明日から私、学校が終わったらまっすぐ家に帰る。後からつけられてても平気な顔して家に帰る。秘密なんか、バレてもへっちゃら……」
、まさかお前?」
「秘密、バレてもいいのね?」

 天使のような微笑を浮かべて嵐を見る。全員がその笑顔を見て頬を染めた。ただ一人、嵐を除いて。

「見学に、こればいいじゃないか」
「それだけだとヒマだし。やっぱり帰った方がいいわ」

「何だか知らないけど、ちゃん、嵐を脅迫してるよね?」
「あの嵐さんを? すげえ……」
「俺、かなり尊敬」

 チームのメンバーがヒソヒソと話していた時、

「皆の意見はどうだ? ここは多数決で決めよう。それなら文句あるまい」

 嵐の提案に、皆がうなずいた。

「それでは、いく。がマネージャーになるのに反対な奴!」

 嵐が、手を挙げながら聞く。
 一人もいなかった。
 横にいる、高山も手を下げたままだ。結局、嵐だけが反対なのだった。

「で、では、賛成……」

 嵐を除いて、全員が手を挙げた。

「決まったな」

 ぽつりとつぶやく高山に、嵐は「この裏切り者め」とでも言うような目で見た。それを見ても高山は平然としている。
 勝手には嵐の横に来て、皆の前で頭をさげた。

「みんな、ありがとう。改めて、自己紹介します。新しくマネージャーとなりました、です。みんな、よろしくね」

 と、微笑むを見て、皆、拍手喝采だった。口々に「こちらこそよろしくー」などと言っている。





 なぜこんな所まで、こういうノリになるんだ。





 チームが盛り上がっている中、一人で青い顔をしている嵐。

 そうだ、こいつがいろんな所で俺の調子を狂わせるから、俺はこいつを避けようとしていたんだ。

 そう気づいた頃にはもう遅い。
 夕日が、遠い山に落ちようとしているのを見て、妙に気分が落ち込む嵐であった。

『マネージャー』:終

 なんか、ひどいヒロインでごめんなさい。ぜったい、女子からは嫌われる。てか、私もそういう女がいたらムカつくと思うのです(じゃあ書くなよ)
 そこらへんをフォローするため、次回は球小のヒロイン、みさとちゃんが登場します。あと、弾平たちも。お楽しみにー。

      冬里