深夜に電話が鳴った。 それはずっと鳴り響いていたので、嵐は目を覚ました。あまりにもうるさい。夢か現実かはっきりしない、ぼうっとした頭のままで嵐は階段を下りて電話に向かう。 「もしもし」 もつれそうな舌をなんとか動かして電話に出る。 「もしもし、オレだよ、オレ。にかわってくれよ」
なんだ、またこの電話か。ぼんやりと思い、とりあえず本来の目的であるうるさい電話を止めるという行動に出た。何も言わず切ったのである。
大河再来!
日曜の朝。 「ん……」
の声に反応し、嵐はあわてて部屋から逃げ出した。
「おはよう。早いねえ」
眠い目をこすりながら、着替え終わったがダイニングに来たのは、それから数十分経ってからのことだった。 「練習だから早めに起きたんだ」 と言い放った。それにしても早いよお、とあくび混じりにが返す。そしてキッチンに向かった。お弁当を作るのだ。 「サンドイッチでいいぞ」 何か変なものを作ってもらっては困る。その前にが作ってる最中に何かを引き起こしても大変だ。 「わかってるう。そのつもりだから」
今にも寝てしまいそうな声だ。大丈夫なのかと心配になる。の場合、サンドイッチという単純なものでも失敗してしまう恐れがあるからシャレにならない。 「パンのミミ、後で中沢さんにミミ揚げ作ってもらおう」 キッチンから晩翠の声がする。そんな貧乏臭いところもあったのか、と嵐は別にしなくてもいい発見をして、ため息をついた。マグカップのココアが冷めかけている。
連盟支部には一番乗りだった。皆がそろうまで体を温めておこうと、嵐と高山は準備体操を始めた。はベンチに荷物を下ろし、連盟支部の事務局に行って倉庫のカギを借りに行った。本当なら日曜なので連盟事務所は休みである。今日は神奈川選抜のため、特別に借りたのだ。 「!」 みさとが手を振りながらに近づいて来る。その後には、弾平の母であるはるかもいた。も手を振り、みさとに近づく。二人は何だかテンションが高くなって、ハイタッチなどをした。 「みんなでこうして、一緒に練習するなんて夢みたい!」 みさとがはしゃぐ。うん、本当だね、とはうなずいた。 「これから、ずっと合同練習でしょ? 毎日みさとやはるかさんに会えるんだ」
女の子のいないB・Aにいたので、はみさとやはるかと一緒にいられるのが嬉しいのだ。
「問題は、フォーメーションよね」 みさとはうなずいた。 「それに、自分のチームのフォーメーションは秘密にしておきたいわよね。神奈川選抜の仲間とは言え、一時的なものだし、自分の作戦を教えるかしら」
みさとの言葉に、はるかももうーんと唸った。 「五十嵐くんと高山くんはともかく、嵐くんや陸王くんがフォーメーション組むのなんて想像できない」
がそう言うと、それもそうだ、と二人はうなずいた。
「ごめん、私は無難にサンドイッチなの」 もじもじとしながら出すと、いつの間にか右横に座っていた陸王が真っ先に手を伸ばした。 「うまいじゃないか」 一口食べて、そう誉める陸王には笑顔で、ありがとう、と言った。 「お前はこれくらいしかマトモに用意できないからな」 左横に座っていた嵐がそうつぶやきながら、サンドイッチに手を伸ばす。 「ひどいなあ」
が頬をふくらませながら、自分のサンドイッチをかじった。タマゴサンドとハムレタスというシンプルな中身。凝った弁当を作れる、はるかとみさとが羨ましかった。
「様」 五十嵐に呼ばれた。どうして様をつけるのだろう、と相変わらず疑問だったがそれを聞かずに、何? と返事した。 「あの、皆には内緒にしていただきたいのですが、大河様から先ほど連絡がありまして、様と今から会って話したい、と……」
ひっそりとした声で伝えた。 「分かったわ。どこにいるの?」 いずれ話し合わないといけないことだ、と思ってそう返した。五十嵐は、ほっとした表情をする。 「前に待ち合わせをした場所にいる、とのことです」 どこだったかな、と思い出そうとする。確か、ここから最寄りの駅前だった。分かった、ともう一度言って、は片付けを手早く済ませた。 「ちょっと、用事があるから先に帰るね」
皆にそう言って、用事は何かと聞かれる前にさっさと連盟支部を後にした。
「大河くん」
声をかけると、大河はこちらに気がついた。 「久しぶりだね、ちゃん」
冬の空に日が差したかのようなまぶしい笑顔を向けてきた。は、しばし見惚れてしまう。キレイなものには弱いのだ。
「話、どこでする?」 なかなか詩的なことを言う。それが似合うのだからすごい、とは妙に感心する。 公園のベンチに二人で座る。冬なので、遊具で遊んでいる子はいない。 「急に呼び出して、ごめんね。どうしても、君に会いたくて」
そう言われて緊張してきた。以前ならそんなこと言われても平気だったのに。 「きれいに、なったね」 その言葉にまた調子が狂わされた。どうしてそんなセリフをすぐに言えるんだろう。そういうところを、少しでも嵐に分けてほしいとは思い、しかし何のために? と考え直した。 「前に僕が言ったこと、憶えてる?」 きた……。心の中ではつぶやいた。ゆっくりと、うなずく。 「君が好きなんだ。その気持ちは変わらない。むしろ、ヨーロッパに行ってから強まったみたいだ」 大河は自分の言ったことが恥ずかしくなって頬を染めた。たまらなくなって、の両手をそっと握る。手袋をはめてはいたが、の暖かさが伝わるみたいだ。
「今は詳しい理由は話せないけど、僕は次の試合が終わったら何年も日本から離れる。君も、来てくれないか?」
思いがけないことをさらりと言われたような気がする。なんだかプロポーズみたいだ。 「私は、日本から離れることが出来ないの」
飛行機恐怖症だからだ。 「そうか。そうだよね」 大河は落胆したかのような表情をした。しかし、の手は離さない。 「じゃあ、前に保留にしていた答えを、聞かせてほしいな」
ついに来た。
「私……」 呼ばれて、そちらを向くと、嵐が公園に駆けつけて来た。
「嵐くん!」 近づいてきて、の腕を掴んだ。大河はの手を握りしめ、離そうとしない。 「嵐くん、ちゃんは僕と話してるんだ。部外者の君は少し席を外してくれないか?」 穏やかに、そう言ったが言葉の端々に棘のようなものがある。しかし、嵐は大河を睨みつけ、次にを見て、 「もう遅いんだ。親父も心配している」 と言った。まだ空は暗くないし、そんなに遅いわけでもないが、はうなずいて、 「ごめんね、大河くん。もう帰らなきゃ。また今度でもいい?」 と、本当に申し訳なさそうに言った。そうなると大河もうんと言わざるを得ない。仕方なくの手を離した。立ち上がると、側にいる嵐に、少し疑問を抱く。 「君たちは、いつも一緒に帰ってるんだね?」 嵐に対する嫉妬の感情もこめて、聞いた。嵐は大河を睨み、それから少し口角を吊り上げて皮肉な微笑を浮かべた。 「俺とは、一緒に暮らしている」 そう言ってから、大河に背を向け、歩き出した。その後をが追う。公園を出る前に、は振り返って、またね、と言って手を振った。 「そういうことだったんだ……」 二人を見送りながら、大河はため息をついた。
二人で帰りながら、は嵐に聞く。 「そんなこと聞くな」
そっけなく、返された。 「手、何もつけないで冷えない?」 嵐の手を取り、有無を言わさず両手で挟んで暖めようとする。 「な、いきなり何をする?!」 口ではそう言いつつも、嵐は手を振り解かなかった。少なくとも、人通りの少ないその道を歩いている間は……。
大河再来!:終
ああ、本当に大河様の扱いが悪い。まあ、これ、一応嵐夢ですし。(開き直りかよ?!) しかし、時期設定と言うか季節設定をミスりました。大河がヨーロッパに行ったのは秋のはじめ。で、今は冬。わずか一、二ヶ月の間にヨーロッパ選抜を結成したことに?! ということをスルーしていただいて、次はいよいよ決戦です! 冬里
|