東京地区予選。
 東京のアリーナで行われるため、B・Aのレギュラーメンバーで電車に乗って向かった。遠足みたいだ、とはわくわくする気持ちを抑え切れなかった。

 それにしても、あのドレスみたいな服にするというのを止めて良かった。
 と、宇佐美と窓の外を眺めているを見て嵐は思う。観戦に行くというのにあのドレスはないだろう。今みたいな、ジーンズとタートルネックのセーターというシンプルな格好が一番似合うのではないか。

 目的地に近づくにつれて通勤客などで混み合ってきた。皆、座ることができずにずっと立ったままだ。
 とある駅で大勢の人が乗ってきた。出入り口付近に立っていたは押されて電車の座席付近まで来た。電車は満員。気がつくと、嵐の胸にが顔をうずめていた。の後も、嵐の後ろも人が詰め込んでいて移動できない。
 そのままの状態で目的の駅に着くのを待つしかなかった。



結成!神奈川選抜!





「すごい、キレイ!」

 アリーナの前に立っては歓声を上げた。

「東京地区予選って、こんなところでやるんだねえ」

 と、目を輝かせていた。

「さすが東京大会だけあって、テレビ取材も来てるぜ」

 宇佐美がレポーターを指しながらに言う。二人は一緒にはしゃいだ。
 一行がアリーナに入ろうとエントランスに近づいた時、見覚えのある一団が先を歩いているのが見えた。オレンジと黒のユニフォームで、聖アローズ学園の奴らだと気づく。そして嵐は、が五十嵐にチケットを渡していたことを思い出した。

「五十嵐くん!」

 が手を振りながら後ろから声をかけた。すると、全員が振り向く。立ち止まり、口々に「様」と呼んだ。どうして様をつけて呼ぶのか、と嵐は気味が悪くなる。

「チケットをありがとうございました」
「いいのよ、もらい物だし」

 という会話が交わされた後、B・Aが先に行く形で観客席に行った。チケットで示された通りの座席に向かう。ちょうど一列に一チームずつ座れるようになっていた。前列はB・Aで占める。
 は向かって右端の席だった。その横に高山が座るはずだったが、嵐に席を変われと態度で示した。よって、、嵐、高山……の順で座ることとなる。何か気を使われているようだと思いながらも嵐は席に腰を下ろす。ちょうど、開会式が終わった所だった。
 今回は地区予選でも準決勝から上の試合しかしない。それより下の試合はすでに終わっていた。東京大会はどの地区よりも予選開催時期が遅い。よって、一足先に全国進出を決めたチームが見学に来る。東京大会ということでテレビ中継も来る。よって、全国大会進出の可能性を秘めているチームの試合は別の日に行われるのだ。

「そういえば、弾平は地区予選以来ずっと眠ってるらしいじゃないか」

 嵐はAブロックに連城のチームが出るのを確認してからに聞いた。

「うん。だから、今日は陸王くんが弾平くんつれて来てくれるみたいだけど……」

 は後ろを向き、陸王と球小のメンバーが座るはずの席が空になっているのを見て、まだみたいね、とつぶやいた。
 試合開始の合図。
 連城率いるブルースカイレインボーズがジャンプボールで勝ち、先攻権を握った。近くで黄色い歓声が上がる。女の子だけで結成されているファンクラブ兼応援団だ。彼女らに向かって連城は手を振ってみせた。そういうところは相変わらずだ、と思っているとこちらを向き、投げキスを送ってきた。どうやら、に送ったようだ。ブーイングに近い声がファンクラブの席からあがる。嵐は連城を睨みつけた。だが、当のは自分に向けたものだと気づいていないのか、平然としている。
 試合はすぐに終わった。三分も経っていないだろう。
 五分間の休憩時間の時に決勝進出チームが発表された。それからコートがアリーナの中央に作られる。休憩時間が終わり、両チームがそろうと、審判がジャンプボールに立った。

「待たせたな」

 遠くから声がし、もしかすると、と思い振り向くと、陸王がいた。肩に弾平を担いでいる。弾平はぎゃーぎゃー騒いでいた。寝ていたのに起こしやがって、などと言っている。その後に球小のメンバーがいた。

「陸王くん、無理を言ってごめんね」
「なに、気にするな」

 が陸王に微笑みかける。

ちゃん、チケットありがとう」
「いえ、もらった物ですから気にしないで下さい」

 弾平の母親と親しそうに話す。いつの間に親しくなったのだろう、と嵐は不思議そうに二人のやりとりを見ていた。

「みさと、元気してた?」
! うあ、ちょっと見ないうちにキレイになってる! ねえ、はるかさん」
「そうねえ、私もそう思ったとこなのよ」

 女三人寄れば何とやら。試合そっちのけでお喋りをしそうなのを見てとり、嵐がを肘で小突く。なに? と聞いてくるとその他の人に向かって、

「試合、始まったぜ」

 するとはおとなしく前を見た。

「弾平、あいつが連城祐介。全国大会優勝候補、ブルースカイ・レインボーズのキャプテンだ」

 陸王の説明に弾平が、あんな女みたいな奴が? と返す。その率直な物言いが小気味良く思え、嵐は少し機嫌が良くなった。

「そういえば、あの連城って人は元B・Aなの?」

 が聞いてくる。この前、連城がB・Aを知りつくしているかのような態度を取ったからだろう。ああ、と嵐はうなずいた。

「あいつは、元B・Aのキャプテンでエースだった」

 そして、それ以上は言わなかった。聞いていた弾平が、じゃあ嵐と同じぐらい強かったってことか、とうなずく。

 完全に左右両手を使ってショットを繰り広げる連城を見て、一同は驚く。さらに彼の必殺技、レインボー・ショットがトリプルヒットを決めた。黄色い歓声が上がる。それから連城はに向かってウィンクをした。
 試合はレインボーズのペースで進んでいく。試合開始後、一分で試合は終わった。

「ウィーアーザ・No1!」

 連城が勝利の宣言をすると会場が沸きあがった。

「もう終わっちゃったの?」

 せっかく来たのに……とはため息をついた。弾平も、つまんねえ、とぶつぶつ言う。
 表彰台に立ち、トロフィーを受け取った連城はそれを高々と掲げた。観客席に手を振り、笑顔を向ける。そしてこちらにまた投げキスを送ってきた。もちろん、にである。それを見た弾平が、

「気持ち悪い」

 不快極まりない、と言ったような声を出した。嵐は大いに同意した。の方は先ほどと同じように平然としている。
 歓声の中にあって、連城は得意そうな表情をしていた。そこへ、どこからかボールが飛んで来て、連城の持っているトロフィーにヒットした。トロフィーはガランガランと音をたてて下に転がる。会場内が一瞬にして静まった。

「誰だ?」

 笑顔を見せていた連城の顔が急変して鋭いものとなる。
 表彰台に向かって右手の観客席を下り、連城に近づく者たちがいた。赤とオレンジの、派手なユニフォームを着た者たちだ。そして何よりも特徴的なのが、マスクを被った者以外、全員が外国人であることだった。

「お前たちは何だ?」

 連城が叫ぶ。
 マスクの者が連城たちに試合を申し込んだ。非公式戦で相手の正体も分からないので最初は断っていた連城だったが、決勝戦も早く終わって物足りないと思っているであろうファンクラブの女の子たちのために試合を受け入れた。
 余裕を見せていた連城だが、しかし……。
 結果は、30秒で完全試合。マスクの男率いるチームの圧勝だった。

「何者だ、あいつ?」

 皆が口々に言っていると、マスクの男がこちらを向いた。

「いつまでそんなマスク被ってるんだ、大河!」

 弾平が叫ぶ。
 大河だと?
 その場にいた者全員の視線が、マスクの男に集中した。
 フッと笑い、男はマスクを外した。金髪がアリーナの照明をきらきらと反射する。そしてあの美しい顔をこちらに見せた。

「久しぶりだね、弾平くん、みんな!」

 あの二階堂大河が帰ってきた。
 それが分かると、会場にまた歓声が上がった。

「君たちと試合がしたいと思う。全国大会進出を決めた球川小のメンバーに、陸王くん、嵐くん、高山くん、五十嵐を加えた神奈川選抜と僕の率いるヨーロッパ選抜の試合はどうだろう?」
「おもしろい! やってやろうぜ! な、みんな?」

 弾平が即答する。
 名指された他の皆も同意した。
 何を狙っているのか知らないが、大河はなかなか面白いことを考えつく。急に帰ってきたと思えばそれだ。嵐はそう思いながら大河を見た。

 場所は神奈川アリーナで、二週間後の日曜、午後の一時ジャストに試合開始、という運びとなった。会場内が湧き上がる。面白いことになりそうだ、といったところだ。





 帰りの電車で、みさと、はるかが練習場所を決めていた。神奈川選抜なのだから連盟のコートを借りてもいいじゃないか、という提案を意外にもが出したところで決まった。ユニフォームのことなどでみさと、はるかは盛り上がっている。

「どうしたの? 何か浮かない顔してるよ?」

 みさとがの顔をのぞきこむ。なんでもない、と無理に笑顔を作っては答えた。

「気分でも悪いのか?」

 一緒に乗っていた陸王が近づき、の額に手を当てた。静かに、は首を振る。

「心配かけてごめんね、本当に何でもないの」
は顔に出やすいから、そんなこと言っても嘘だって分かるわよ」

 みさとにそう言われては、みさとには敵わないなあ、とつぶやいた。

「ここで言いたくないようなら、いつでもうちに来なさいよ。相談に乗るわ」

 はるかが優しくそう言うと、はにこりと笑ってうなずいた。





「私、大河くんが怖い」

 帰り、二人で歩いている時にはぽつりと嵐にそう言った。

「怖いだと?」
「うん、よく分からないけど。帰って来るの早いなあ、なんて思っちゃった」

 と、うつむいてため息をつく。

「前に奴が告白してきたのと関係があるんじゃないか?」

 思いついたことをすぐに言うと、は肩をびくっとさせた。

「そうかもしれない。返事、しなきゃいけないから」
「はあ? 断ったんじゃないのか?」

 立ち止まり、嵐はの顔を見た。は顔を赤くしていた。

「前は、そういう恋愛のこととかが分からないって言って断ったの。それじゃあ、帰ってきた時まで待つ、って」
「で、はどうなんだ? 大河にどう返事するつもりだ?」
「……だから、困ってるのよ」

 は目を伏せていた。それで、電車の中で元気がなかったのかと嵐は気づく。なぜか知らないが、腹が立ったのでに背を向け、先に歩き出した。後からとぼとぼとついてくる足音がする。
 ずっと、断ったかと思っていた。それが違うという。嵐はどこに向けていいのか分からない怒りをもてあましていた。

 ふと振り返ると、は地面を見ながら歩いていた。

「どうして、前にきっぱりと断らなかった?」

 もてあましていた感情をにぶつける。突然のことではとっさに嵐の方を向いた。

「……なんで怒鳴られなきゃいけないの?」

 そう言われてみると返す言葉がない。
 冷静になって考えてみると、これはの問題なのだ。だが、その問題に自分が加われないことが悔しいと思う自分もいる。
 嵐はまたに背を向けて歩き出した。

「どうやって断ればいいか、分からないのよ」

 のつぶやきが背中に当たる。
 怒りが、嘘のように治まった。

「お人好しすぎるんだ」

 立ち止まり、そう返す。が横に来たのを確認してからまた、歩き出した。

 空は、冬の冷気を帯びて青く澄んでいた。

結成!神奈川選抜!:終

 とうとう、この連載も終わりに向かおうとしてます。どうラストを切るかが難しい所ですがあと数話、がんばります。
 それにしても連城、大河の扱いが悪い。美少年キャラなのに。

      冬里