なんだか、ちゃんの様子がおかしい。

 初めてそう気がついたのは晩翠だった。いつもはが嵐や晩翠に話しかけ、二人はそれに答える、という会話形式なのだが今朝のは黙ったままだ。こころなしか、嵐を見まいとしているみたいに思える。顔も、赤くないだろうか。

ちゃん、熱でもあるのかね?」

 嵐のケガが治ったら次はか? と思っただけで晩翠は気が気ではなかった。しかし、は首を大きく振る。

「私、そろそろ行くから」

 がたん、と音をたてて立ち上がると、食べ残したトーストがはねた。あわてた様子でそばに置いてあったカバンを取り、ダイニングを出る。何もないのにつまづいて転びそうになりながら、どうにか玄関まで行った。
 いつもは嵐が先に出るのだが。晩翠が嵐の方を見ると、嵐はいつも通りに朝食を終え、行ってきますと言ってダイニングを出て行った。
 あれはあれで、どこか様子がおかしいのかもしれない。晩翠は首をかしげた。



連城からの招待状





 その日、病院帰りなので遅れたが、嵐は久々に練習に出た。チームにようやくいつものメンバーがそろう。

 ああ、あれ以来なんだかマトモに嵐くんの顔が見れない。

 と、は顔が火照っているのを感じながら仕事をこなしていた。そしてなるべく嵐の顔を見ないようにしている。そんなの様子をおかしいと思いながらチームのメンバー全員がランニングに出かけた。

「このままじゃ、ずっと嵐くんと話せないよ」

 ため息混じりに一人ごちていると、側で誰かの足音が聞こえた。こちらに近づいている。

「B・Aのコートって、ここだよね?」

 声をかけられて振り向くと、髪の長い、きれいな人が立っていた。胸のはだけたようなシャツに黒いパンツとブーツ。それをスマートに着こなしている。はその人の整った顔に見惚れた。なんてきれいな人なんだろう。

「君、ちゃん?」
「あ、は、はい。そうですけど?」

 どうして自分の名前を知ってるのだろう、と疑問を抱きつつはこくこくとうなずいた。その、きれいな人は微笑んだ。水色の髪が太陽の光を浴びて輝いている。

「君に、会いに来たんだよ。今、いいかな?」
「今は……ちょっと仕事があるから」

 と、はライン引きを見た。なるほどね、とその人はつぶやく。

「手伝うよ」
「い、いいですよ、私がやります」
「そんなこと言わずに」

 ライン引きを取って、ラインを引き始めた。どの位置に、どのコートをいくつ引くのか全て把握している。この女の人は以前B・Aにいたのだろかと、は少し不安になった。ユイを思い出したのだ。いったい、この人は何をしに来たのだろう。仕事をとられたので、もう一つの仕事に取り掛かろうと倉庫に行く。

「一人じゃ大変だよ。手伝う」

 ボールを運ぶ途中で、その人はかけつけて来た。親切な人なのだ。この人は嵐とどういう関係にあるのだろう。手伝ってもらいながらも、この美人が来て少し嫌な思いをしている自分がいて、そのことには驚いた。

「で、君と話がしたいんだけど……」

 ボールをセットした時に、まっすぐ見つめられ、はとまどった。初対面の人にそう見つめられて言われても、困ってしまう。

 嵐の声がした。ちらりと、嵐たちが帰って来たのを見てから、すぐに目をそらす。また顔が赤くなっていた。本当に最近の私はおかしい、とは思う。

「やあ、嵐。久しぶりじゃないか」

 その人はニコリと笑って嵐を見た。やっぱり、知り合いなんだと思い不安になる。

「何か用か、連城」
「久々の再会なのに冷たいな。まあいい。僕はちゃんに用があって来たんだ」

 嵐と、連城と呼ばれたその美人がにらみ合う。その険悪なムードを感じ取ってなぜか安心した。仲がいいわけではないみたいだ。むしろ過去に何かいざこざがあったのか、仲が悪いみたいだ。そこまで考えてからは、仲の悪さを見てホッとするなんて嫌な子だなと、少し自己嫌悪に陥った。

「何の用か知らないが、につきまとう奴が多くてこっちが困っている。帰れ」
「へえ。もしかしてちゃんに気があるのか?」

 の顔がぼっと赤くなった。何を言い出すんだろう。心臓がドキドキ言ってうるさい。は心の中で連城に文句を言いつつ、ちらりと嵐を見る。嵐もまた、顔が赤くなっていた。どう返すのか気になる。もし「そんな気がない」などと言われたらどうしよう。はドキドキしながら嵐が次に何を言うのか、待っていた。しかし、嵐は黙ったままだ。連城がフッと笑う。

「まあどちらでもいい。地区予選一回戦敗退の君たちがどう頑張ったところで、ちゃんが振り向くはずがない」

 連城の言葉が耳に入るとすぐ、の火照っていた顔がスッと冷めた。心臓のドキドキもおさまる。その代わり、腹の奥底からむかむかとした怒りが湧き上がってきた。肩が、ふるえる。
 連城がの顔をのぞきこんできた。にっこり笑っている。

ちゃんは、強い人の方がいいよね」

 僕みたいに、と言おうとしていた連城をキッと睨みつけ、その頬を平手で叩いた。
 パアン、という高い音が響く。
 周りにいたメンバーと、叩かれた本人も、何が起こったのか分からず目を丸くしていた。ただ一人、はずっと連城を睨んだままだ。

「そんなこと言うと、たとえ女の子が相手でも許さないから」

 普段の柔らかい声からは想像もできない、低くてきつい声できっぱりと言った。それを聞いて何が起こったのかを悟り、連城は頬を押さえながらゆっくりと、言った。

「僕、女の子じゃない」
「へ?」

 いつもの、柔らかい声が戻っていた。相手を睨みつける表情を和らげ、びっくりしたかのように口を少し丸く開ける。

「まさか君、僕のことずっと女の子だと思っていたの?」
「うん」
「違うよ。男だ」

 そうだったんだ、とはつぶやいた。

「女の子みたいにきれいだったから、つい……」

 それを聞いたB・Aのメンバーは笑いを堪えるのに必死だった。
 連城はため息をつき、パンツのポケットから何かを取り出した。

「君に来てほしくて持ってきたんだ。受け取ってくれないか」

 何かのチケットを差し出された。束になっている。何枚あるのだろう、と思いながらもは受け取るのを躊躇した。

「本当は君だけの分を、と思っていたけど。君を怒らせたお詫びだ、何枚か余分にあげるから」

 と、の手を取って、そこにチケットの束を握らせた。ついでにの手を握り、連城は「ごめんね」と言って立ち去ろうとした。

「あの、」

 が連城を呼び止める。彼は少しだけ期待を持って、優雅な仕草で振り向いた。髪がふわりと舞う。

「どうして、私のことを知っているの?」

 連城の期待とは裏腹に、は妖しいものを見るかのような目で連城を見ていた。

「前のドッジボールマガジンで君の写真を見て、僕は君に一目ぼれをしたのさ」

 他の女の子ならぽうっと赤くなるであろう笑顔と言葉で、連城はさらりと告白をした。その場にいた者は連城の大胆な言動に度胆を抜かれたが、告白された本人は平然としていた。ただ、そうなんだ、と返事をするだけである。これには連城が面食らった。

「とにかく、来週の日曜に会えるのを楽しみにしてるから」

 逃げるように去って行った。連城の後姿をぼんやりと眺めながら、の頭の中はクエスチョン・マークだらけになっていた。女だと思っていたら男だった、チケットを届けるためにわざわざ来た、去り際にちょっとキザな告白をして行った。変な人だと思う。

「あ、叩いたの謝ってなかった」

 少し悪いことをしたな、と思いつつチケットを見る。東京のアリーナで行われるドッジボール東京地区予選、準決勝から決勝戦のチケットだった。

「あいつは連城祐介。もともとB・Aにいたんだが、今は東京のブルースカイ・レインボーズというクラブチームにいる」

 側で、嵐の声がした。顔が赤くなるのは分かっているので振り向かない。

「そうなんだ……」

 あいまいに返事をし、もう一度チケットを見つめる。すごい数だ。とりあえずB・Aの一軍全員に渡しておこうか。勇気を出して、嵐に言う。

「みんなで、行こう」

 けれど、返事はない。振り返ると、嵐は練習をしていた。ああ、とため息をつく。今までなら、勇気なんか出さなくてもすぐに言えたのに。



 練習が終わって、帰りが問題だった。
 皆と途中まで一緒に帰り、そこから二人きりとなる。行きは嵐が病院に寄っていたため、二人で歩くのは久しぶりだ。
 案の定、気まずくて一言も話せなかった。
 二人とも黙ったまま、冬の暗い道を歩く。
 は何かしゃべりたかったが、顔が火照っている上に心臓が鳴っているので何を喋っていいのか分からなかった。どうして、こんなに意識してしまうのだろう。

「おい」

 嵐に声をかけられ、体がびくん、と反応した。

「な、なに?」
「どうして最近、俺をさけてる?」

 嵐は不機嫌そうだった。

「さけてるかなあ?」

 必死にごまかそうとする。声がうわずっているのが自分でも分かった。

「……とぼけるな」

 立ち止まり、嵐はの方を向いた。街灯の下、目が合う。すぐには顔をそむけた。

「ほら、これでも白を切る気か」

 は両頬を嵐の両手ではさまれ、ぐいっと向かせられた。嵐がまじまじと見てくるので、目が回りそうなほど顔が赤くなる。耳まで熱い。

「……はなしてよ」
「はなしてほしかったら、どうして避けるのかを言え」

 乱暴な口の聞き方だが、嵐は心配しているようだった。瞳の奥に不安な色が見える。ドキドキしながら思い切って、言う。

「私も、分からないの」
「は?」
「分からないけど、嵐くんを見ると顔が赤くなったりドキドキしたりするから、見ないようにしてるの」
「なんだそれ」

 勇気を出して言ったのに、軽くあしらわれては少しショックだった。嵐は顔から手を離し、すかさず左手の指での額をはじく。

「痛っ! なんで?」

 とっさに額を手で押さえながら、涙目になって嵐を見る。

「ほら、それがいつものだろうが」

 え?
 は、きょとん、として嵐を見た。もう嵐を見てもあまり顔が赤くならない。それに……、

「今、って呼ばなかった?」

 聞くと、嵐は恥ずかしそうに目をそらした。

「皆がと呼んでいて、俺だけっていうのもおかしいだろう?」

 元の方に向き直って、歩き始める。は、にんまりと笑うのを押さえ切れなかった。嵐の後を追って、

「そうよ、おかしい」

 嵐に抱きつきたいという大胆な思いを持ったが、さすがにそれは押さえて、は笑顔を向けた。それを見て嵐はホッと安心の一息をつく。

「赤面症、治ったな」

 病気じゃないとは思うんだけど、と言うのを止めて、こくりとうなずいた。
 空にはきれいな星が輝いている。
 その中に、学校で習ったばかりのオリオン座が出ているのを見て、は嬉しくなった。

『連城からの招待状』:終

 なんていうか、二人とも、どこまで鈍いのだと言いたい。(←書いておいて?!)
 ああ、早くラヴラヴで甘々なのを書きたい! 次回は東京地区予選を見に行きます。

      冬里