「俺たち連盟に戻って練習するけど、はどうする?」

 宇佐美に聞かれて、は私も後で行く、と答えた。

「先に荷物とかまとめないといけないから。先に行ってて」

 宇佐美たちは、じゃあまた後で、と言って連盟支部に向かった。はスタジアムに戻る。
 医務室の前を通ると、ケガをした人たちが並んでいた。誰もが怯えているかのような目をしている。
 もしかして、荒崎小が?
 そう思いつつは医務室の前を通り過ぎ、観客席に上った。



地区予選(後)





 観客席に置いておいたままの荷物を取りに行った。それから、下のベンチにまだタオルやスポーツドリンクがあるはずなのを思い出した。
 今は別のチームが試合をしているコートに行くのは気が引けたが、仕方がない。スタッフに言えば通してもらえるだろう。
 観客席から下りて、コートに行った。スタッフに荷物のことを言うと、もうすぐで試合が終わるから待っていてくれ、とのことだ。見ると、聖アローズの試合だった。七対一。内野の五十嵐がボールをキャッチした。そして、相手にヒットさせる。試合終了だ。
 がベンチに向かうと、後に人の気配がした。荷物をまとめ、後ろを向くと、五十嵐が立っていた。

「それは、B・Aの備品だったのですか」

 静かに、はうなずいた。

「その、残念でしたね。B・Aとは対戦できるかと楽しみにしていたのですが」
「仕方ないわ」

 大きめのバッグを肩に下げて、行こうとした。五十嵐が、持ちましょうかと言ってきたが、断る。まだ試合を控えている身なのだから体を大事にしなくてはいけない、と、そういう意味の言葉を残して、はその場を去った。

 スタジアムの出口に差し掛かったとき、昼休みの放送が流れた。

 呼ばれた。今日はよく呼び止められる日だな、と思いつつ、振り向く。陸王が立っていた。側にいた他のチームの人たちが、怯えた目をしてその場を離れていく。

「陸王くん……」
「すまないな。本当はそうっとしておきたかったが、つい呼び止めてしまった」

 ううん、とは首を振る。

は、俺たちを恨んでいるか?」

 そう聞かれては、まさか、と答えた。

「悔しいけど。B・Aが負けたから」
「そうか」

 ふと、陸王はの持っているバッグを見た。華奢な体のに、そのバッグは大きすぎるように思える。持ってやりたい。しかし、勝った側のキャプテンが負けた側のマネージャーの荷物を持つというのは、負けた側にとってある意味、屈辱的に違いない。陸王はバッグに伸ばしかけた手を止めた。

「ねえ、」

 はうつむいていた。

「やりすぎだと、思うの。ケガ人も出てるし、皆が陸王くんを怖がってる。悪者みたいに思われちゃうよ」
「なに、構わんさ。それとも、は俺が怖いか?」

 そう言って、を見つめてきた。初めて会った時も、そう聞いてきたような気がする。は、陸王の瞳に寂しそうな表情を読み取った。

「怖くない。でも、陸王くんて、寂しそうな目をしてる」
「俺が?」
「ごめん、ちょっと思っただけ」

 試合直後に見せた、哀れんでいるかのような表情をして、は言った。

「そんなことを言うのは、お前くらいだ」

 そう? と首をかした。それから、出入り口近くにかけてある時計を見て、もう行かないと、と言った。

「じゃあ、私、行くから」
「ああ」
「試合、がんばってね」

 は、陸王に背を向けた。
 もう少しだけでもいいから、居てほしい。
 陸王はそう思ったが、自分で打ち消した。はB・Aのマネージャーなのだ。そう望むのは勝手が過ぎる。
 去って行って、小さくなっていくの姿を、陸王はずっと見ていた。



 スタジアムは連盟のすぐ近くにある。
 がつくと、皆がかけつけて来た。そこで、休憩となった。の持ってきた荷物の中に皆の昼食が入っている。

「私、嵐くんの様子見てくる」

 荷物を置いて、はそう告げた。それに反対する者はいなかった。皆がうなずく。行ってあげてくれ、と言っているようだ。
 は、連盟支部を出た。急ぐ必要はないのだが、走った。



 急な坂を登り、病院に駆けつける。
 受け付けで聞くと、病室を案内された。二階の三号室。階段を使って、そこに向かった。

「嵐くん」

 病室は四人用だったが、嵐しかいなかった。思わず、ばたばたと一番奥の、窓際のベッドに駆け寄る。
 嵐は眉間にしわを寄せた。

「うるさいぞ」
「ねえ、入院するってことは、体、ひどいの?」

 嵐に近づき、心配そうに見る。嵐はベッドの頭部を上げて、それに寄りかかっていた。寝ていると言うよりはベッドの上で座っていると言った方が正しい。上半身に包帯がぐるぐると巻かれているのが、シャツの間から見える。嵐は、ふう、とため息をつき、首を振った。

「だから、大げさなんだお前は。念のために明日までここにいるだけだ。ひどく打ちつけたが、肋骨が折れてるわけでもない」
「よかった」

 が、微笑んだ。安心したのだ。

「よくない」

 嵐が、こぼした。

「B・Aが、一回戦で、敗退だ」

 声が、震えている。
 握った手も、肩も、震えていた。
 B・Aの中で、誰よりも悔しかったのは、嵐なのだ。全国制覇のために作られたというB・A。そのキャプテンとして様々なプレッシャーに耐えつつ、最強だと言われているチームを引っ張ってきた。それが球小に負け、さらに今回、地区予選で荒崎小に負けた。プライドの高い嵐にとっては、悔やんでも悔やみきれないことだっただろう。
 には、嵐に声をかける言葉が思い浮かばなかった。それでも、目の前で震えている嵐に何かしてやりたかった。

「ねえ」
「なんだ?」

 声をかけたに、キッとした目で嵐は見た。は静かに微笑み、それから意を決したような顔をして、そっと、嵐に抱きつく。

「何をする?」

 嵐が叫ぶ。顔が、赤い。

「いいから」

 優しく、落ち着かせるようには言う。しかし、そのも緊張していた。

「よくない!」

 嵐がの腕から逃れようと少し体を動かした。はそんなにきつく抱きしめているわけではないので、ケガをしている嵐でも簡単に引き離せるはずだ。が、嵐は言っていることとは裏腹に、結局は抱かれるままとなった。は、そっと、嵐の背中をさすった。震えていた肩が、おさまる。

「ほら、ここだと誰も見てないから」

 耳元で、がつぶやく。その言葉に嵐の顔がさらに赤くなる。何をするというのだ。嵐の心臓が高鳴った。

「だから、泣いてもいいんじゃない?」

 その言葉に、一瞬、思考が止まる。
 何を言っているんだ、泣くだと?
 嵐は耳を疑ったが、確かには「泣いてもいい」と言っていた。

「馬鹿。泣くわけないだろう」

 の肩越しに、ため息をつく。

「じゃあ、私が代わりに泣く」

 そう言ってが嵐の肩に自分の顔を押し付けてきた。シャツが熱いもので濡れていくのを嵐は感じ取った。涙だ。は、本当に泣いていた。

「好きにしろ」

 さっきからどうしようか迷っていた両手を、の背中に回した。誰にも見られていない、という安心感がある。
 さっきされたように、今度は嵐がの背中をさする。ドキン、との胸が鳴った。

 静かな病室。
 自分が思い切って抱きしめてしまったことに戸惑いながらも、はそのままでいた。緊張しているみたいに胸がドキドキ言うけれど、やってやった、という妙な達成感がある。不思議な感じだ。

 嵐の方も、同じだった。
 胸が高鳴って、今日打ちつけたところが悪くなるのではないかと思った。が、不思議なことに、どこかで落ち着いていた。試合に負けたことも、乗り越えられそうな気がする。そして、この状態にいることに満足感がある。

 不思議な思いにとらわれながら、二人は、そのまましばらく抱き合っていた。



『地区予選(後)』:終

 あ、あわあわ。あがが・・・(エラー音)
 まあ、そういうシーンを書きたいためにわざわざ前中後に分けてしまったのです。これで二人の距離、縮んだのならいいのですが(←なぜひとごと?!)

 次回、アニメ寄りな話になります。あの人が来ます。あの人です。お楽しみに。

      冬里