日曜になった。
 あれからと嵐はずっと口を聞いていない。よくそんなことができたものだ。

 そろそろ、口を聞いてあげてもいいのだけど。

 と、朝食の時に横目で嵐を見る。しかし、まずそうにコーンフレークを食べる嵐に話し掛けるスキがない。
 いつもなら嵐たちの自主トレにつき合うことになっている。けれど今日はみさとと約束しているので行けない。それを言おうとしたのだが、言えなかった。

「行ってきます」

 食事を終え、晩翠に告げた。ケンカして以来、ずっと口を聞いていない二人を見て心配しつつも見守ることしか出来なかった晩翠だが、

「嵐たちの自主トレには行かないのかい?」

 さすがに、聞いた。

「友達と約束があるの」

 黒いスカートをひるがえして、ダイニングを出て行った。今日はタートルネックで長袖のワンピースだ。自主トレに行く格好ではない。晩翠はため息をついて、見送った。



藤堂家訪問!





 昨日のことだ。
 昼に学校が終わって、さて連盟支部に行こうか、という時に呼びかけられた。クラスメートの、男の子だ。嵐といつも一緒にいる人である。

「みさと、って子が校門で待ってるよ」
「み、みさとが?」

 どうしてここが分かったのか、何の用でここまで来たのか、謎だった。礼を言って校門に行こうとすると、

「あと、嵐の奴が先に行ってる、って言ってたぜ?」

 そう伝えてきた。それには頷くことしかせず、とりあえず急いで外に出る。



 みさとは、カバンを持ったまま校門のそばに立っていた。が来ると笑顔で手を振る。

「みさと、どうしたの? よくここが分かったねえ」
「うん、噂で聞いてね」

 噂って、何の噂だろう。そう思いながらもは、明日のことで変更があるから来たというみさとを半ば呆れた、という顔で見ていた。

「明日、一時って言ってたけど、九時に変更してもいい?」
「いいわよ。午前中も暇だもの」
「本当? 待ち合わせは昨日言ったとおり、お寺の階段前ね。お昼は弾平くんのお母さんが用意してくれるって」

 あの、弾平くんのお母さんと会うのか。は大柄で、大きな声で笑うおばさんを想像した。

「じゃ、私はこれでいったん家に帰るわ。また明日ね」
「え、みさと、それを言うためだけに来てくれたの?」
「気にしないで。ここって球小から近いし、私の家からもそう遠くないのよ」

 でも、わざわざ遠回りしてくれたのを気の毒に思った。電話番号を教えられたらいいのだけれど、御堂家に居候していることは仲良くなったこの友人にも隠しておきたかったのだ。



 そういうわけで、朝から家を出ることができた。
 午前中家にいると、自主トレに行く嵐を見送ることとなって、気まずい。
 晴れた日だ。
 このまま、嵐と話をすることもなく過ごしていくのかとは不安になる。一言、謝ってくれればいいのに、と思う。
 考え事をしながら歩いていくと、すぐに寺に着いた。階段の前で、みさとが立っている。昨日から待たせてばかりだ。は走った。

「ごめん、待った?」
「待った」

 みさとは、頬をふくらませた。ごめん、と謝ると、アハハと笑われた。

「嘘よ。私も今来たとこ」
「なんだ、もう」

 手を振り上げて、ぶつマネをする。みさとが、ごめんごめん、と言って笑った。二人は歩き始めた。

「さあて、問題です。私たちはどこに向かっているでしょう?」
「みさとの家、じゃないの?」
「ピンポーン! 正解!」

 なぜか知らないけど、みさとは浮かれている。ちょっとそのノリについていけないかも、と思いつつ、も楽しそうに歩いた。今は、嵐とのことを忘れてしまおう。

 白い壁の、きれいな家に着いた。

「ただいまー、ちゃんつれて来たー」

 みさとがそう言って玄関に入る。靴を脱ごうとすると、靴入れの上に飾られた記念盾が見えた。「サッカー全国大会優勝」と書いてある。

「あ、それ、お兄ちゃんが小学校のときにとったやつ。球小のキャプテンだったのよ。お兄ちゃんたら、部屋でいつもトロフィー磨いてるの」
「へえ」

 サッカー選手のお兄さんて、すごく頼もしく思える。には兄弟がいないので、お兄さんやお姉さんのいる友達がうらやましかった。

「みさと、学校の友達か?」

 渡されたスリッパを履いていると、奥から男の人が出てきた。中学生ぐらいの、がっしりとした体格の人だ。これが、サッカー選手のお兄さんか。はそう思って、おじぎをした。

「はじめまして、と申します」
「あ、はじめまして。みさとの兄です」

 藤堂は、顔を赤らめながら軽く、頭をさげた。

「お兄ちゃん、この子、B・Aのマネージャーなの。仲良くなったのよ」
「B・A? この子が? B・Aってライバルチームじゃないか」
「いいのよ。それより何よ。さっきから照れちゃって。他の子連れてきた時はそんなことないのに。変なの!」
「バ、バカ! 何を言うんだ」

 藤堂は耳まで真っ赤にし、それから逃げるようにしてまた、奥に引っ込んだ。

「っていうか、誰よ。キャラ違うし!」

 そうつぶやきながら、みさとはに「ついて来て」とジェスチャーして階段を上り始めた。
 階段を上ると、二階は窓からの光で明るかった。階段が真ん中にあり、それを囲むようにして部屋がある。階段は二階までではなく、上のロフトに続く上りの階段がまだあった。その横にの背くらいある観葉植物の鉢がある。

 みさとの部屋は、女の子らしくピンク系で統一されていた。ぬいぐるみなどが置いてある。は前の家にぬいぐるみのほとんどを置いてきたので、それがうらやましかった。

「お茶とお菓子、もってくるから適当にくつろいどいて」

 そう言ってみさとは部屋を出た。は、ふかふかのクッションの上に座り、部屋を見回した。
 壁には東京の町並みをポップに描いた模写絵があり、それが父のものだと知ると、それに釘付けになった。父の初期の作だ。友達の家で見れるとは思わなかった。思わずにっこりしてしまう。

「あら、お兄ちゃん、持ってきてくれるなんて。あーあ、今日は雨ね」
「うるさい、自分の部屋に戻るついでだ」
「あらそう。んまあ、ありがとねー」

 と、声が聞こえた後にドアが開いた。器用に片手でカップとお菓子をのせたトレーを持って、ドアノブを握っている。



「さあて、そろそろトーク・タイムといきますか!!」

 おいしい紅茶とシュークリームをいただいてから、みさとがニッコリ笑って言った。今まででも十分に話したのに、これ以上何を話すというのだろう。は少し、たじろく。

「ズバリ! 聞いちゃいます。陸王くんとは何があったの?」

 けほっ。理由もなくむせてしまう。

「何よ、いきなり」
「気になるじゃない。だって、あれはどう見てもに気があるとしか思えないし」

 え、どうして?
 はそのまま、固まってしまった。

「やだ、もしかして気づいてなかったの? のどんかん!」
「どんかんって、からかわないでよ、私そういうの分からないんだから」
「やだ、顔赤いよ。かわいー」

 けらけら笑うみさとに、ぶつマネをする。

「でも、本当に好きとかそういうこと、分からないの?」

 そう聞かれて、うなずくと、みさとは「つまんなーい」と間延びした声を出した。

「そういうみさとは、好きな人いるの?」
「な、なによ、いきなり」

 顔が赤くなっている。それが可愛らしく、いじめてみたくなった。もう一度、いるの? と聞くと、静かに、うなずいた。

「誰?」
の好きな人を教えてくれないと、言わない」
「私、分からないって」
「そんなの、ズルいよ」

 そう言ってみさとは頬をふくらませた。それがなおると、ふと、何かを思い出すように虚空を見上げた。

「嵐くんて、かっこいいよね」
「へ?」

 みさとには、急に変なことを言う才能があるな、と思う。

「ファンも多いみたいね。かっこいいから」
「うん……」

 さっきから、かっこいい、を連発している。一体、みさとは何を考えているのだろう。は少し、身構えた。

は嵐くんのこと、どう思ってるの?」

 ほら、きた。
 は、何とも思ってない、と静かに言った。

「それに、今、ケンカ中なの」
「へえ。どうして?」

 がことの次第を大まかに説明すると、みさとはニヤっと笑った。

「それで、陸王くんをかばったら嵐くんが怒ったわけね」

 面白そうに、クスクス笑い始めた。

「なんで笑うの?」
「だって……あ、やっぱりなんでもない」
「なによ!」

 何かが分かった、という感じなのに、みさとはそれを隠そうとしている。それが何なのか知りたかった。

「で、は本当に嵐くんのこと恋愛の対象として見てないの?」
「う、うん。恋愛とか、分からないし」
「へえ。それじゃあ……」

 みさとは、いたずらっぽい目をしてを見つめた。

「私、嵐くん狙っちゃおうかなあ」
「ええっ! ど、どうして?」

 突然のことに驚いた。その後で、この前ユイが来た時のことを思い出して、気が沈む。もし、みさとが嵐と仲良くなると、また嫌な気分になりそうだ。相手がまだ、みさとだから良いかもしれない。けれど、みさとと嵐が並んで歩いていて、その後ろを自分が追うようにして歩くのを想像しただけで、気が滅入りそうだ。
 おそる、おそる、みさとに、

「もしかして、さっきの、みさとが好きだって言ってたのは、嵐くんのこと?」

 と聞いた。ちらっとみさとの顔を見ると、さっきのいたずらっぽい目ではなく、自分を心配しているような目になっていた。

「違うわよ。言ってみただけ。私の好きな人は他の人。嵐くん狙うなんて、怖くてできません」

 きっぱり言うみさとに、さっきみたいに打つマネはできそうになかった。何となく、安心してしまったのだ。

、自分の気持ちに気づいていない。こんなんじゃ、嵐くん誰かに取られちゃうよ?」
「な、なにを言うの? やだ、みさとってば冗談ばかり」

 と言ってみたものの、みさとの顔は本気だった。少なくとも、冗談を言っているように見えない。

「あ、そうだ。まだ早いけど、弾平くんちに行こう。はるかさんなら、の相談にのってくれるかも」
「相談?」
「ほら、嵐くんとケンカしてるんでしょ?」

 うん、とうなずく。
 すぐ、家を出ることになった。
 階段を下りて、みさとがカップなどを片付けに行っている間、玄関でクツをはいていると、みさとの兄が階段を下りてきた。

「もう帰るの?」
「あ、はい。今から弾平くんの家に行くんです。お邪魔しました」

 と、にっこり笑ってからおじぎする。藤堂はまた、頬を赤く染めた。
 小学生の、しかも妹と同い年の女の子を見て赤くなるなんて、どうかしている。
 藤堂はいろいろ考えた末に、が可愛いから赤くなるのであって、決してに一目ぼれしたわけじゃない、という結論に至った。

「お待たせ、。行こうか」
「うん」
「お兄ちゃん、デレっとしてないで、そこどけてよ」

 みさとに押されて、兄は横にのかされた。
 家を出る時、もう一度、はみさとの兄に笑顔で挨拶をした。外に出るとみさとが軽く肘で小突いた。

「もう、だめよ。そうやって笑顔を安売りするのは」
「ええ、どうしてダメなの?」
「それは言わない」

 みさとのことが、さっきから分からない。は母に笑顔が大事だと教えられたので誰にでも笑顔を向けているだけだ。

 外は明るく、青い空がまぶしかった。
 この数時間だけで自分の中で何かが変わったような気がして、は少し不安になった。

『藤堂家訪問!』:終

 ああ、みさと兄まで魅了して?! もう、紛れもない逆ハー嵐オチ連載になってます。
 次回は一撃家訪問。はるかさん登場です。

      冬里