できたものの、うまくいっているかどうか、不安だ。
 味見をして、それで自分でもおいしいとは思う。けれど、自分で作ったものはたいてい、失敗したものでもおいしく感じるものだ。
 は、出来上がったクッキーを何個か皿に入れて、晩翠のアトリエに顔を出した。

「おじさん、これ……」

 入ると、晩翠は顔をほころばせて、今休憩しようとしていたところだ、と告げた。

「おや、今回はピーナッツ入りか」
「どう? うまくできてるか、不安で……」
「うん、おいしい。ピーナッツの香ばしい味が口の中に広がって、いい感じだ」

 正直に、晩翠は感想を述べた。
 が、嬉しそうに微笑む。
 それを見て、ふと、誰に渡すものなのかが気になった。前のように時間がかからなかったので、クラブの者全員、というわけではなさそうだ。
 誰にあげるクッキーなんだい?
 聞こうとすると、はおやすみ、と言ってアトリエを出て行った。
 残された晩翠は一人、皿に残ったクッキーを見つめて寂しくなった。



荒崎小潜入!





「じゃあ、私今日はちょっと用があるから。コート引きは五軍の誰かにやってもらって」

 学校の帰り。連盟支部の前でそう元気よく告げ、は行った。
 せめて行き先を告げてから行け。
 胸のうちでそうつぶやき、嵐は少し不機嫌になる。
 最近、病院に通っていたせいでマネージャーの仕事をしていない。それに悪びれもせず去って行った時の、あの表情。笑顔だったじゃないか。
 むかむか、としながら嵐はボックスの戸を開いた。
 もしや、昨日作っていたあのクッキーと何か関係があるのか?
 そう考えてさらにイラついた。一体、誰に渡しに行くというのだ。
 他のメンバーは、嵐の機嫌が悪いので逆鱗に触れないよう私語をつつしみ、てきぱきと練習の準備をし始めた。



 そんな嵐の気分を知りもせず、は荒崎小への道を歩いていた。道をあまり覚えていないので、いったん寺に行き、そこから荒崎小に向かう。そのルートならはっきり覚えていた。

 歩いて行くには結構遠い。マネージャーの仕事があるのに、遅くなりそうだ。また嵐が怒るだろうと思うと、少し不安になった。
 やっとのことで寺の前に来る。すると、見覚えのある一団に出くわした。その中にみさとがいたので、声をかける。

「みさと!」

 呼ばれたみさとは、こちらを振り返った。そして、不安そうな表情が解けて嬉しそうな驚きの表情になる。

じゃない! 最近、よく会うわね」

 みさとの声を聞いて、皆も振り返り、立ち止まった。そこへ、がみさとの元にかけつける。

「ほんと、よく会うね。皆さんも、こんにちは」

 が球小闘球部のメンバー全員に挨拶をすると、皆がこんにちは、と返した。ほとんどの者の頬が赤くなっているが、はそれに気がつかない。

「なんだお前、邪魔しに来たのか?」

 そう叫ぶ声がして、その方を見ると、弾平がいた。頭に包帯を巻きつけている。

「ケガ、大丈夫? それに、邪魔って、何の?」
「おいら、荒崎小の陸王って奴に借りを返しに行くんだ! 邪魔するなよ!」
「ちょっと、弾平くん!」
 みさとが叱った。
「ごめんね、。弾平くんたら止めても聞かないから、皆で行くことにしたのよ」
「そうなの。よかった、私も荒崎小に行くところだったから」
「え?」

 全員が、疑問の声をあげる。
 一人で、あの荒崎小に?

「ど、どうしたのよ、? 何があったの?」
「どうしたも、何も。私も、お礼しに行くのよ」

 ちょうどよかった、一緒に行こう。は球小の一団に加わった。
 全員の目が、テン、になる。
 弾平だけが、仕方ねえな、と言って歩き出した。
 皆がそれについて行く。

「ところで、弾平くん。荒崎小への道は知ってるんだろうね?」

 尾崎キャプテンが、おだやかな口調で聞いた。

「は? キャプテン、しらねえのかよ? おいらも、どうやって行くかしらねえぞ?」

 それを聞いて、球小のメンバーは戻れるチャンスだと思った。
 なら、一度戻って調べてから行こう。
 そう言って荒崎小行きを延ばし、ついには弾平の行こうとする意思を阻もうとした。
 だが……。

「荒崎小の行き方なら私が知ってるわ」

 の一言で、チャンスが逃げてしまった。
 じゃあ、ついて行くぜ、と弾平のに対する態度が少し柔らかになる。先頭は弾平、。後から珍念、みさと、つとむらがついて来る。



 荒崎小に近づくにつれ、周りの空気がよどんできた。
 通りすがる人はモヒカン、金髪、スキンヘッド、タトゥーなど不良のようなファッションだ。
 やがて、ラクガキだらけの、学校の壁に近づいて来た。
 こわいわねえ、と後ろでみさとが震えている。



「おい、貴様ら、誰の許しを得て入ろうとしてるんだ?」

 校門から入ろうとすると、大勢の怖そうな人たちに囲まれた。
 弾平はその人たちを睨みつけ、はどうしようかとぼんやり立っている。後ろで皆が震えていた。

「あの、陸王くんに会いたいんだけど」
「なんだ、よく見たらかわいいじゃん……って、おい、この人は!」
「あ、前に陸王さんと一緒に歩いてた人!」

 怖そうな人たちはたちから距離をとりはじめた。そして……、

「ごめんなさい、姐さん」

 謎の言葉を残して散り散りになって逃げて行った。

「なんだったの、さっきのは?」
「いいじゃねえか、それより陸王の居場所、分かるのか?」
「たぶん、グラウンドだと思う」

 弾平、はグラウンドに向かった。その後を他のメンバーがついて行く。



「あ、陸王くん」

 が声をあげた。
 陸王は鉄棒の上でピーナッツを食べながら、バッドなどを振り回している人たちを見ていた。それが、の声を聞いて振り向く。

じゃないか」
「おい、おいらを忘れるな!」

 弾平がの前に出る。

「この前は余計なことをしてくれたな! おいらと勝負しやがれ陸王!」

 鼓膜が破れそうなほど大きな声で叫ぶ。思わず耳を塞いでしまった。それにしても、弾平は陸王と何かあったのだろうか。この前は助けてもらったのに、何を言うのだろう。は首をかしげた。

「今は、練習で忙しいんだがなあ」
「だ、弾平くん!」

 後から、尾崎キャプテンが弾平を止めに入った。そして、陸王に向かって丁寧に、

「あ、あの、練習を見学してもいいですか」
「かまわないぜ」

 キャプテンの機転で、そういうことになった。弾平は不満そうだ。
 さっきからバッドを相手にあてたりしている人たちは、練習をしていたのだ。体の大きな人たちが互いにバッドを体に打ちつけ合っている。
 一人、華奢な体つきの、女の子みたいな顔をした人が息を切らせながらバッドの攻撃に耐えていた。しかし、ついに倒れてしまう。

「続けな、白河」

 陸王は、白河と呼ばれたその少年の額にピーナッツを当てた。白河は立ち上がり、またもやバッド攻撃に耐える。
 厳しい練習だ。

 あ、早くお礼しなきゃ。

 はそう思った。球小のメンバーと一緒に、野球のバックネットの裏から見学していたが、早く帰らないとまた嵐に叱られる。

「陸王くん」

 一人、てくてくと歩いて陸王のいる鉄棒に近づいた。その姿を見て球小メンバーは驚いて目を丸くする。

「どうした、

 陸王は、その場にいた者がさらに驚くほど、優しい口調で聞いた。鉄棒から下り、の前に立つ。
 それを見てみさとは、

 なんて分かりやすい人なんだろう。

 と思い、少しだけ陸王に好意を持った。

「あの、これ。この前のお礼なんだけど……」
「俺にか?」

 は少し大きめの袋を差し出しながら、こくりとうなずいた。

「悪いな。ありがたくもらっておこう」

 受け取る時、の細い指に触れる。そのまま触れておきたいという気持ちを抑えて、陸王は袋を手に入れた。

「じゃあ、私、戻らなきゃ」
「わざわざ、このために来てくれたのか」
「うん、まあね」

 そう微笑むを見て、なんて律儀な奴だ、と陸王は感心した。
 は、じゃあ、またねと言って去ろうとした。

「帰り、一人で大丈夫か?」
「うん、平気」

 うなずいて、手を振る。陸王も、振り返した。
 その一連の出来事を見て、球小のメンバー(弾平以外)はを尊敬のまなざしで見つめた。
 球小メンバーに挨拶をして、校門に向かおうとした時、みさとが呼び止めた。

「ねえ、。今度、うちに遊びに来て。いろいろ話したい」

 好奇心に満ち溢れた目で、みさとはを見つめた。それに圧倒されて、はうなずく。

「本当? あさっての日曜、一時にお寺の階段前で待ち合わせよ!」

 本気らしい。
 わかった、と答えて、はみさとに別れを告げた。



「で? 今日はどこまで行っていた?」

 戻ると、休憩が終わる頃だった。少し怒っている嵐に、まず謝る。それから聞かれたのが、それだ。

「今日も、荒崎小に」
「馬鹿」

 速攻で馬鹿と言われた。は少し、ムッとする。

「この前、陸王くんが助けてくれなかったら大ケガするとこだったのよ? それで、今日はお礼に行ったの」

 それを聞いて、嵐は自分のこめかみが引きつるのを感じた。あのクッキーは、よりによって、あの陸王のためのものだったのか。まったく、何を考えてるんだこいつは。

「あいつが助けたのは、下心からだっていうのに気づかねえのか?!」
「そんな風に言うことないじゃない」

 二人はにらみ合った。しばらくそうしてから、二人はそっぽを向く。お互いの顔を見たくない、というように。

 それから、は嵐の顔を見ずに仕事をした。タオルを渡すのも、宇佐美にあずける、といった風だ。

 帰り、皆と別れて二人だけになった時も、お互い、一言も口を聞こうとしなかった。
 だいたい、ひどいじゃない。
 は思う。私が恩人だと思ってる人に対して、そんな言い方するなんて。しばらく口を聞いてやらないんだから。密かに、そう決めた。

 まったく、どうして奴をかばうんだ。
 嵐は思う。あの荒くれ者の溜まり場で有名な荒崎小でも一番だと言われてる陸王だ。そいつにわざわざ会いに行くとは、何を考えている。何かあったらどうするんだ。しばらく口を聞いてやるまい。そうすれば頭を冷やせるだろう。そう、嵐は決めた。

 長い帰り道。
 一定の距離を置いて歩く二人。けれど、歩く速さは同じだった。

『荒崎小潜入!』:終

 あわわ、こんなはずじゃ! ケンカさせてどうするよ?! 私のアホ!
 いきあたりばったりで、いろんなことを起こさせていますが、本当はお酒に酔わせるとか(←オイ!)シャワーのぞかせるとか、ラヴコメ王道ネタをやりたいんです!!

 次回、みさとちゃんに相談。

      冬里