できたものの、うまくいっているかどうか、不安だ。 味見をして、それで自分でもおいしいとは思う。けれど、自分で作ったものはたいてい、失敗したものでもおいしく感じるものだ。 は、出来上がったクッキーを何個か皿に入れて、晩翠のアトリエに顔を出した。 「おじさん、これ……」
入ると、晩翠は顔をほころばせて、今休憩しようとしていたところだ、と告げた。
「おや、今回はピーナッツ入りか」
正直に、晩翠は感想を述べた。
荒崎小潜入!「じゃあ、私今日はちょっと用があるから。コート引きは五軍の誰かにやってもらって」
学校の帰り。連盟支部の前でそう元気よく告げ、は行った。 そんな嵐の気分を知りもせず、は荒崎小への道を歩いていた。道をあまり覚えていないので、いったん寺に行き、そこから荒崎小に向かう。そのルートならはっきり覚えていた。
歩いて行くには結構遠い。マネージャーの仕事があるのに、遅くなりそうだ。また嵐が怒るだろうと思うと、少し不安になった。 「みさと!」 呼ばれたみさとは、こちらを振り返った。そして、不安そうな表情が解けて嬉しそうな驚きの表情になる。 「じゃない! 最近、よく会うわね」 みさとの声を聞いて、皆も振り返り、立ち止まった。そこへ、がみさとの元にかけつける。 「ほんと、よく会うね。皆さんも、こんにちは」 が球小闘球部のメンバー全員に挨拶をすると、皆がこんにちは、と返した。ほとんどの者の頬が赤くなっているが、はそれに気がつかない。 「なんだお前、邪魔しに来たのか?」 そう叫ぶ声がして、その方を見ると、弾平がいた。頭に包帯を巻きつけている。
「ケガ、大丈夫? それに、邪魔って、何の?」
全員が、疑問の声をあげる。
「ど、どうしたのよ、? 何があったの?」
ちょうどよかった、一緒に行こう。は球小の一団に加わった。 「ところで、弾平くん。荒崎小への道は知ってるんだろうね?」 尾崎キャプテンが、おだやかな口調で聞いた。 「は? キャプテン、しらねえのかよ? おいらも、どうやって行くかしらねえぞ?」
それを聞いて、球小のメンバーは戻れるチャンスだと思った。 「荒崎小の行き方なら私が知ってるわ」
の一言で、チャンスが逃げてしまった。
校門から入ろうとすると、大勢の怖そうな人たちに囲まれた。
「あの、陸王くんに会いたいんだけど」 怖そうな人たちはたちから距離をとりはじめた。そして……、 「ごめんなさい、姐さん」 謎の言葉を残して散り散りになって逃げて行った。
「なんだったの、さっきのは?」
弾平、はグラウンドに向かった。その後を他のメンバーがついて行く。
「あ、陸王くん」
が声をあげた。
「じゃないか」 弾平がの前に出る。 「この前は余計なことをしてくれたな! おいらと勝負しやがれ陸王!」 鼓膜が破れそうなほど大きな声で叫ぶ。思わず耳を塞いでしまった。それにしても、弾平は陸王と何かあったのだろうか。この前は助けてもらったのに、何を言うのだろう。は首をかしげた。
「今は、練習で忙しいんだがなあ」 後から、尾崎キャプテンが弾平を止めに入った。そして、陸王に向かって丁寧に、
「あ、あの、練習を見学してもいいですか」
キャプテンの機転で、そういうことになった。弾平は不満そうだ。 「続けな、白河」
陸王は、白河と呼ばれたその少年の額にピーナッツを当てた。白河は立ち上がり、またもやバッド攻撃に耐える。 あ、早くお礼しなきゃ。 はそう思った。球小のメンバーと一緒に、野球のバックネットの裏から見学していたが、早く帰らないとまた嵐に叱られる。 「陸王くん」 一人、てくてくと歩いて陸王のいる鉄棒に近づいた。その姿を見て球小メンバーは驚いて目を丸くする。 「どうした、」
陸王は、その場にいた者がさらに驚くほど、優しい口調で聞いた。鉄棒から下り、の前に立つ。 なんて分かりやすい人なんだろう。 と思い、少しだけ陸王に好意を持った。
「あの、これ。この前のお礼なんだけど……」 は少し大きめの袋を差し出しながら、こくりとうなずいた。 「悪いな。ありがたくもらっておこう」 受け取る時、の細い指に触れる。そのまま触れておきたいという気持ちを抑えて、陸王は袋を手に入れた。
「じゃあ、私、戻らなきゃ」
そう微笑むを見て、なんて律儀な奴だ、と陸王は感心した。
「帰り、一人で大丈夫か?」
うなずいて、手を振る。陸王も、振り返した。 「ねえ、。今度、うちに遊びに来て。いろいろ話したい」 好奇心に満ち溢れた目で、みさとはを見つめた。それに圧倒されて、はうなずく。 「本当? あさっての日曜、一時にお寺の階段前で待ち合わせよ!」
本気らしい。 「で? 今日はどこまで行っていた?」 戻ると、休憩が終わる頃だった。少し怒っている嵐に、まず謝る。それから聞かれたのが、それだ。
「今日も、荒崎小に」 速攻で馬鹿と言われた。は少し、ムッとする。 「この前、陸王くんが助けてくれなかったら大ケガするとこだったのよ? それで、今日はお礼に行ったの」 それを聞いて、嵐は自分のこめかみが引きつるのを感じた。あのクッキーは、よりによって、あの陸王のためのものだったのか。まったく、何を考えてるんだこいつは。
「あいつが助けたのは、下心からだっていうのに気づかねえのか?!」 二人はにらみ合った。しばらくそうしてから、二人はそっぽを向く。お互いの顔を見たくない、というように。
それから、は嵐の顔を見ずに仕事をした。タオルを渡すのも、宇佐美にあずける、といった風だ。
帰り、皆と別れて二人だけになった時も、お互い、一言も口を聞こうとしなかった。
まったく、どうして奴をかばうんだ。
長い帰り道。
『荒崎小潜入!』:終
あわわ、こんなはずじゃ! ケンカさせてどうするよ?! 私のアホ! いきあたりばったりで、いろんなことを起こさせていますが、本当はお酒に酔わせるとか(←オイ!)シャワーのぞかせるとか、ラヴコメ王道ネタをやりたいんです!! 次回、みさとちゃんに相談。 冬里
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