「一応、包帯しておくから。ムリして重い物とか持たないようにね」 そして、お大事にと言う医者を背にして診察室のドアを閉めた。やっと、ギプスが取れたんだと思ってため息をつく。は自分のドジがついにケガをするまでに至った事実をひしひしと感じ取りながら、とぼとぼ病院の廊下を歩いた。
ふと、目の前に異様な物があるのに気づく。 「あやしいわ」
気がつけばは、その異様な物体の後を追い、早歩きし始めていた。
陸王登場!途中で、みさとら球川小のメンバーが歩いているのを見つけた。
「みさと」 みさとが気づいて声をあげると、全員が振り返り、立ち止まった。その横を例の異様な物は通り過ぎていく。 「どうしたの、それ?」 の腕の包帯を見てみさとが心配する。 「うん、ちょっとね。それより、あれ……」
は、だんだんと距離をとっていく異様な物を指差した。みさとをはじめ、全員がその先を見る。
「弾平!」
その場にいた全員が口々にその名を呼んだ。球小闘球部エース、一撃弾平だ。弾平を乗せたベッドは階段を下りていく。はいち早く、それを追った。ドジだがこういう場合の反応は早い。 外に出た時、ベッドは減速した。それを機には走るスピードを速めてみる。
「危ないじゃない、待ちなさい!」 そんな会話を交わしながら、はやっとのことで、ベッドの両脇をつかんだ。が、ホッとしたのもつかの間。急な下り坂があるのを忘れていた。ベッドは止まるどころか、を引きずり急スピードで坂を下りて行く。弾平はヘッドボードを、はベッドの両脇を、それぞれつかんだまま、足は宙に浮いていた。
風が顔にあたり、ろくに息も出来ない。景色が流れていく。死ぬかも、とは目を固く閉じた。その後、何かにぶつかる衝撃を感じ、そのまま意識を失った。
「きゃああ、! 弾平くん!」
が気を失う少し前。 「を、返して」 すると、陸王は不思議だ、とでも言うかのような表情をした。
「こいつは、お前さんたちのマネージャーか?」
そう言って陸王は去って行った。 相変わらず片腕でを抱きかかえたまま、陸王は歩いた。は気を失ったままだ。しばらく歩いた後、陸王は立ち止まってつぶやいた。 「連盟支部、どこかわからねえな」
ため息をつき、を見る。罪のない寝顔を見せているその少女に、そうたやすく気絶するなよ、と突っ込む。その左腕に包帯が巻いてあるのに気づき、仕方なく、陸王は連盟支部以外の所を目指して歩き始めた。
頬をなでる冷たい風。ざわざわと木の枝が揺れる音。ピーナッツの匂いが鼻をくすぐる。 「気がついたか?」 顔の持ち主は、そう聞いた。 「あなた、誰? 弾平くんは?」 起き上がり、赤い髪の男の方を向く。すると、そのたくましい体つきをした男は、本当に何も憶えていないのか、とつぶやいた。
「陸王冬馬だ。一撃弾平なら仲間たちが連れて行った」 陸王が、静かにうなずいた。
「あ、ありがとう」
そう言って顔を近づけてきた。目は、真剣だ。
「荒崎小の陸王と言えば誰もが怖がるはずなんだが……」 陸王は小学生なのか、ということでは驚いた。どう見ても高校生くらいの体格である。どうやったらそんなに成長できるんだろう、と不思議そうに見ていると、陸王は口の端を少し引き伸ばして、笑った。
「面白い奴だな。で、もう一つの質問だ」 そう聞かれて、は自分の腕を見た。ああ、これ? そう言って左腕を少し掲げる。手首から肘にまで巻きつけられた包帯が白く光っていた。 「何故って、わからない。何も考えてなかったし。でも、私ドジだから一人じゃ何もできないのに飛び出しちゃって……」 バカだよね、と言って笑うに、陸王の目は釘付けになった。 理由はよく分からないが、ホレた。と、そう思う。
「あ、そうだ。そろそろ戻らなきゃ。皆待ってる」
そう言って、立ち上がった。もベンチからおりる。
「すまないが、連盟支部がどこだか分からない」 はそう言って、微笑んだ。陸王はうなずく。何か胸に熱いものが込み上げているのだが、それは顔に出ない。ジーンズのポケットから袋を取り出し、中に入っていたピーナッツを口に入れ始めた。 「ところで、どうして私が連盟所属のチームだってわかったの?」 しばらく歩いてから、は聞いた。
「今月号のドッジボールマガジンを立ち読みしたら、B・Aの記事があった。その中にお前の写真が載っていた」
風が吹いた。
「ごめんなさい、あなたの名前を聞いておいてまだ名乗ってなかったわね。私、よ。B・Aでマネージャーやってるの」 陸王はの髪を撫でた。急なことで驚き、は身をこわばらせる。
「憶えておこう」
ホラ、と言って陸王はの口を開けさせた。そこにピーナッツを入れる。
「おいしい」
そう言う陸王からピーナッツの香りがしているような気がする。ピーナッツが好きなんだなあ、と思った。
寺にたどり着いた。 「ここからなら、どうやって帰ればいいか分かるから」
と、微笑む。 「そういえば、もう一つ聞きたいことがあった」 に背を向け、少し距離をあけてから陸王は振り向きもせずに聞いた。 「今、付き合ってる奴とかいるのか?」
急に何を聞いてくるかと思えば、それだ。
「いないわ。そういうの、よく分からないの」
陸王は背を向けたままに手を振って見せ、歩き出した。 「遅いっ!」 連盟支部に戻ると嵐は開口一番にそう叱った。
「一体、今までどこで油を売っていた?」 荒崎小、という言葉に、その場にいた者全員が練習の手を止めた。
「そんな所に行って、もしものことがあったらどうするつもりだった?」
そう言うと、嵐はの額を指ではじいた。
「言っておくけど、これ、めっちゃくちゃ痛いんだから」 目元の涼しい顔に怒りの表情が浮かんでいる。それを見て思わずは、ごめんなさい、とつぶやいた。
「何かされたとか、そういうのは無いんだな?」
うん。そううなずいて、はボックスに走った。 「春だな」 誰にも聞こえない程度につぶやいた。
終
ついに、陸王出しました。しかも、ちょっと原作よりです。陸王編はどうしても原作よりになってしまいそうな。 次回、荒崎小潜入です。 冬里
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