もうすぐ待ち合わせ場所に着くというところで、聞きなれた声が耳に届いた。

「もうすぐ彼が来るんです!」
「彼なんか置いてさ、俺たちと行こうぜ!」
「いや! 離して!」

 声のする方に駆け寄る。案の定、男たちにからまれていたのはだった。

「やめろ、貴様ら」

 とりあえずそう声をかけ、からんでいる奴のうち一人を振り向かせる。

「なんだ、お前?」

 振り向いたところを、そいつの右頬めがけて一発食らわせた。
 思った以上にクリーンヒットしたのか、奴は宙を飛び、そして地に倒れた。

「そいつの彼氏だ。悪いか?」

 他の奴らを睨むと、真っ青になって逃げて行った。倒れた奴も這いながらその後を追う。

「嵐!」

 が嵐に抱きついてきた。



ボーダー・ゼロ

※裏夢のため、18歳未満の閲覧は禁止です!



 これで何度目なのだろう。

 と並んで歩きながら、嵐は思った。前にもこんなことがあったのだ。確か、デートの時に嵐が少しから目を離した時だった。
 しかしがよく声をかけられるのも無理はないのかもしれない。嵐はそっと、横を歩いているを見た。
 そこらへんのモデルや女優よりもキレイだと思う。その上、お嬢さま校で有名なT学院の制服を着ていたのではかなりポイントが高い。嵐はT学院の彼女がいるというだけでもクラスメートから羨望されているのだ。

「ねえ。この前おしゃれなイタリアンの店見つけたんだけど、そこでランチにしよ!」

 本人はそんなことを知ってか知らずしてか、無邪気に嵐の手を握ってきた。

「俺はいいが、イタリアンだとカロリー高いぞ?」
「うっ」

 カロリーという言葉に反応して、の体は硬直した。しかしそれもすぐにとける。

「いいの! 今日は嵐と久しぶりのランチだから特別!」

 よく分からない理屈だが、の案内に従って進むことにする。
 の言うとおり、二人で会うのは久しぶりだ。
 現在、嵐は県下どころか全国でも有名な進学校の高等部に通っている。毎日が勉強で忙しく、さらに部活もやっているのでとは毎日会えない。
 それでもは、もっと会えとワガママを言うわけでもなく、寂しいと言うわけでもなく、ただ「毎日大変だけど、体だけは壊さないようにね」と嵐の身を案じるのみだ。
 ここ一ヶ月ぐらいろくにデートできなかったが、明日の日曜は練習が休みだ。久しぶりにデートができる。二人でどこか出かけてもいいだろう。
 そう思い、嵐がレストランでそのことを言うと、の顔は曇った。

「ごめん、明日はダメなの」

 手を顔の前で合わせて、ごめん、と謝る。

「何か予定が?」
「うん。モデルを頼まれちゃって」

 嵐は片方の眉をつり上げた。

「どうしても抜けられないのか? 親父さんのモデルなんだろう?」
「違うの。雑誌のモデルよ」

 そう言えば前に電話した時、嬉しそうに雑誌の編集部からモデルのお誘いがあったと話していた。父親が画家なので、出版社関係にコネがあったのかもしれない。少し機嫌が悪くなって、嵐は力をこめてドリアの中にスプーンをつっこんだ。

「夕方には帰れそうだから、ディナーは一緒にできそうだけど……」
「ああ」
「ごめん、明日も嵐は練習だと思ったから予定入れちゃったのよ」
「ああ」
「埋め合わせは必ずするから!」
「ああ」
「……怒ってる?」

 そう聞かれて、スプーンを置く。真正面から、を見た。大きな瞳が嵐を映している。

「別に?」
「……なら、いいんだけど……」



 レストランを出てから、が少し買い物がしたいと言ったので二人は近くのデパートに向かった。その途中では玩具店のショーウィンドウに目を輝かせたり、楽器店を覗こうとしたりして、なかなか目的地にたどり着けない。女というものは、目的地に着くまでの道中も楽しむことができるのだろう。
 嵐が気になったのは、道行く男どもがに振り向くことだ。いつものことだが、嵐はいまだに慣れることができない。
 両手があいているのに気がつき、嵐はの手を握った。やわらかく、あたたかい手だ。はすぐに握り返してくる。

「嵐から手ぇつないでくるって、めずらしいね」

 嬉しそうに笑うを見て、少しだけ機嫌が直る。



 買い物もすませ、夕方になったので家に帰ることにした。は小学校を卒業するまで御堂家に住み込んでいたが、中学進学の頃に両親がフランスから帰国。今度は御堂家の近所に引っ越してきた。
 の家に着くと、はいつも通り甘えた調子でキスをねだってきた。周囲に誰もいないのを見計らい、嵐はいつも通り軽くキスしようとする。だが、体の芯が熱くなったような気がして、いつもより深いキスになった。を抱きしめる手に力をこめ、自分の舌をの中に侵入させる。の背中にやっていた手が、いつのまにか下に下にと移動して、スカートの少し盛り上がっているところに行っていた。
 が腕の中でもがいていたので、嵐は口と手をはなした。はあはあと呼吸を荒げながらが顔を真っ赤にして嵐を見る。

「びっくりするじゃない。人に見られたらどうするの?」
「悪かった。じゃあな。また電話する」

 逃げるようにして嵐はその場を走り去った。後からが何か言う声がする。
 さっきはどうかしていた。嵐は少し後悔しつつ、家まで走った。やりすぎてしまったかもしれない。は自分のものだという実感がほしくて、道端なのにもかかわらずにあんなことをしてしまった。

 そう、実感がほしい。

 家のドアを開けようと、嵐はドアノブを思い切り握った。



※※※



「もしかして、あれかなあ……」

 部屋で一人、ベッドに座りながらはひとりごちた。
 そして友人が言っていたことを思い出す。

『私の彼、最近おかしかったんだよね。欲情してるっていうか。二人きりになると息が荒いし』

 友人は笑いながら言ったが、や他の子たちは目を丸くして彼女を見ていた。

『んで、一週間前だったけかな。とうとう押し倒されちゃって。その時はさすがにエッチはまだ待ってって言ったけど』

 明るくカラカラと笑うその友人が、大人に見えた。顔を赤くしながらが「で、どうなったの?」と聞くと、

『やだ、も純情そうな顔して聞くわねえ。三日前に初めてやったよ』

 たちは「うそー」「まじ?」などと騒ぐ。男子禁制の女の園で、ま昼間からよくもまあ、そんなことを堂々と話していたものだ。たまたま教室に来ていた純情そうな後輩がそれを聞いてしまって、顔をゆでタコみたいにしていたのを覚えている。

『でも、私は彼のことが好きだから』

 そう言って頬を染めながら目を伏せた友人が、とてもきれいに思えた。

「やっぱ、そうかなあ」

 ごろん、とベッドの上に寝転がり、天井を見上げた。
 嵐のことはとても好きだ。だからこそ、小学生の時から今までずっと付き合ってきたのだ。
 けれど、セックスという未知の世界に飛び込む勇気が欲しいと、は思った。

「痛そうだし」

 つぶやいてみて恥ずかしくなり、顔が火照る。妙なことを想像してしまった。枕を抱きしめて寝返りを打つ。
 セックスは怖いけれど、キスをしたり抱きしめ合ったりするだけでは満足はできない自分もいる。部屋の中、二人きりで抱きしめあっていても何か物足りない気分になるのだ。なんというか、お互いの体が邪魔に思えて、もっともっと嵐の中に溶け込みたいのにそれが出来ないのがじれったい。

「あ、そうか」

 は気づいた。それは、もう嵐に身をあずけたいと思っているということじゃないか。
 あとは破瓜の痛みと怖さを乗り切るだけなんじゃないか。そう考えていた時、PHSの呼び出し音が鳴った。

「もしもし」

 とりあえず出てみると、さっきまで自分が思いをはせていた愛しい相手の声がした。

か。明日は夕方からあけられるって言ってたよな」
「うん」

「それなら、うちに泊まりに来い」

 澄んだ声の心地良い命令形。はしばらく答えることができなかった。



※※※



 嵐が家に入ると、めずらしく晩翠が階段下の電話で話していた。嵐が靴を脱いであがると受話器を置き、ふうっとため息をついた。

のやつ、いつも急だなあ」
「どうかしたのか?」

 聞くと、晩翠はこちらを向いた。

夫妻が明日から雑誌の取材旅行に京都まで行くんだが、急遽私にも来て欲しいと言うんだ。三人で対談もしたいとさ」
「帰りはいつだ?」
「二泊三日だから、明々後日だな。悪いが留守番は頼んだぞ」

 あいまいに返事をし、階段を上った。
 自分の部屋に行き、イスに座る。
 そして自分の左手をみつめた。の暖かさと柔らかさがまだ残っている気がする。

 雑誌のモデルになるんだというの言葉を思い出した。何の雑誌なのか聞けばよかったと後悔する。あいつはお人よしで世間知らずな所がある。変な雑誌のスカウトマンにひっかかる可能性も無いとは言えない。
 父親のコネでの仕事だと頭から思い込んでいた。それがいけない。
 嵐はため息をつく。
 万が一、普通の雑誌だとしても、万人にが着飾った姿などを見られるわけだ。それが何となく許せない。止めればよかったと後悔する。もう遅いかもしれないが。

 どうかしている。

 嵐は首を左右に振った。を独占しておきたくて仕方がない自分がいて、それが今は自分という者の大半を占めている。
 それでさっきはつい、手が動いてしまったのだ。は驚いたことだろう。しかしは鈍感なので、自分が彼女に対して抱いている欲望に気づいていないかもしれない。

 気づいてくれた方がいいのかもな。

 嵐は何となく、そう思った。初めての相手はだと決めている。最近は特にへの思いが募ってきて仕方がない。夜、目を閉じると瞼の裏にが出てきて眠れないくらいだ。こちらはそれほど思いつめているのに、相手は何も考えていないみたいだ。それを思うと辛い。
 どういうわけか、晩翠が明日から出かけると言ったのを思い出した。さらに、夫妻が晩翠を連れて行くのだというのも思い出す。そうするとは一人で留守番をするということになる。

 イチかバチか。

 嵐は携帯電話を取り出した。そしてのPHSにかける。何度かコール音がした後に、心地良い声がした。

「もしもし」

 さっきまで聞いていた声なのに、もう懐かしく感じる。

か。明日は夕方からあけられるって言ってたよな」
「うん」

 そこで嵐は一呼吸置いた。そして意を決し、言う。

「それなら、うちに泊まりに来い」



※※※



 はためらっていた。
 ロストバージンのことを考えた矢先に、泊まりの誘い。しかも、晩翠はの両親と一緒に外出するため、家に二人きりじゃないか。
 付き合ってから、そして両親が帰国してから、何度か嵐の家に泊まりに行ったことはある。しかし、それは晩翠がいる時に限られていた。寝る部屋も別々だ。ところが、今回は二人きり。

 いよいよ……かな。

 鈍い奴だと言われているも、さすがにそう感じ取った。ごくりとつばを飲み込む。さっきは、嵐に身を預ける覚悟はできていると自覚した。しかし、まだ怖い気がする。どうしようか。

「どうするんだ?」

 答えを出さないにいらついてか、嵐は再度聞いてきた。その声にどこか震えがある。嵐の方も勇気を出して、誘ってきたのだろう。そう思うと嵐に対する愛しさがさらに募ってきた。

「行く。晩ご飯は私が作るわ」

 とうとう答えてしまった。全身の力が抜けたようだ。

「ああ。待ってる」

 嬉しそうな声が受話器の奥から聞こえてくる。何となく、良かったと安心した。



※※※



 モデルの仕事は意外とすぐに終わった。は帰りにスーパーで買い物をし、その後ですぐ嵐の所に向かった。泊まるのに必要な物はもうバッグの中にある。
 御堂家の前に来ると、少し緊張しているのに気づく。インターホンを押す指が震えているのだ。

 何度も来てるのに。

 小心者な自分を心の中で叱りつけながら、インターホンを押した。すぐに玄関のドアが開いて、嵐が出迎えてくれる。

「入れ」

 いつも通りの命令口調。それでは肩の力が抜けるのを感じた。緊張していたのが嘘みたいだ。
 キッチンに入って冷蔵庫に買った物を入れる。まだ夕飯の仕度をするには早い時間だった。ダイニングにいる嵐に向かって、

「テレビでも見て時間つぶそっか」

 しかし嵐はイスに座って新聞を読みながら、

「どうせドラマの再放送だろ。俺はいいから一人で見てろ」

 と、こちらを見ずに言う。はムッとふくれた。

 せっかく来たのに別々の部屋で、別々のことするの?

 は子供みたいに頬をふくらませた。嵐に近づき、新聞を取り上げる。

「新聞なんてオヤジみたい! それに、いつだって読めるじゃない!」

 新聞を取り上げられるとは思わなかったらしく、嵐は目を丸くしてを見上げた。は新聞をたたんで、側にあるマガジンラックに入れた。それからまた嵐を見る。こちらが強気に出たのを見て困っているみたいだった。

「おしおき!」

 そう言うやいなや、は嵐の脇や首をくすぐった。嵐の体がビクッと反応する。それから前かがみになっての攻撃を防ごうとした。

「や、やめろ!」
「一緒に何かして遊ぶって言うまでやめない!」
「わかった! わかったからやめろ!」

 は手を動かすのをやめた。赤い顔をしてこちらを見上げる嵐。それがとても可愛らしく思えて、ぎゅっと抱きしめた。

「かわいいっ」

 そう言うと、嵐はの胸の中で、

「苦しいから離せ」

 とくぐもった声を出す。離してやると、ぷはあと息をついだ。

「ごめん、嵐ってばかわいいんだもん」
「馬鹿。男がかわいいと言われて喜べるか」

 まったく、とつぶやいて嵐は立ち上がった。ダイニングから出ようとドアに向かう。はにっこり微笑んで後について行った。



 ドラマの再放送が終わった。案の定、嵐は横でつまらなそうにしていた。付き合ってから今までずっと、の好きなドラマを進んで見ようという姿勢は示さなかった。だが、つまらないと言いつつもこうやって一緒に見てくれる時もある。それで十分だ。

「ドラマのまね!」

 は嵐の首に両腕を巻きつけ、抱きついた。勢いよく飛びついたので、二人揃ってごろん、とソファに倒れる。ドラマでは、そこまでやらなかった。さすがに恥ずかしくなって、それに下にいる嵐が苦しいだろうと思って、はソファに手をつき起き上がろうとした。
 だが、嵐がの背中に腕を素早くまわし、抱きしめて離さない。

「嵐?」

 顔を見ようと思っても、力強く抱きしめられているので身動きがとれなかった。嵐の胸に顔を押し付けられているのだ。嵐の胸の音がドクンドクンと聞こえる。
 これはもしかして――。の頭の中で、友人の『欲情してる』というセリフばかりがぐるぐる回った。
 やだ、何考えてんだろ。
 そう思うともまた心臓がバクバク鳴って胸が苦しいほどだ。
 しばらくの沈黙。
 その後で、はわき腹をくすぐられた。

「ひゃああ、くすぐったいっ」

 身をよじり、足をバタバタ動かす。嵐が手を離したので体が自由になった。起き上がって嵐の手から逃れる。

「さっきの仕返し?」

 お腹を抱えこみながら嵐を見ると、すでにソファから立ち上がってに背を向けている。何だか様子がおかしい。

「どうかしたの?」

 聞くと、

「な、何でもない」

 動揺した様子で答える。どうしたのだろうか。は嵐に近づこうとした。しかし、ソファからおりたところで、

「そろそろ食事の用意をしてくれ。俺は風呂の用意をして入ってくる」

 相変わらず、こちらに背を向けたままで言う。やはり、何かがおかしい。
 の中で、嵐をいじめてみたいという欲求がむくむく湧きあがった。足音を立てずにそうっと嵐に近づき、その男らしい背中に飛びついた。

「うわあっ」

 予想以上に驚いた声をあげる。

「さっきから様子がおかしいよ?」

 背後から嵐を抱きしめる。なんだか体がこわばっているようだ。

「き、気分が悪い。ここで一人になりたいから出て行ってくれないか」
「一人で大丈夫なの?」

 気分が悪いのなら、様子を見ないといけない。なのにどうして振り向いてくれないんだろう。は嵐に抱きついたまま首をかしげた。

「いいから、早く夕食の用意をしてくれ!」

 どうやらここは大人しく従う他ないようだ。はしぶしぶ嵐から離れ、リビングを出ようとした。出る前にもう一度嵐を振り返る。まだ立っていて、こちらに背を向けたままだ。本当に大丈夫だろうか。
 後ろ髪引かれる思いを抱きつつ、はキッチンに向かった。



※※※



 危なかった。
 がリビングを出たというのを耳で感じ取ってから、嵐はフウっと息をついた。
 さっき、ソファでが飛びついてきた時……そして、倒れこんでが上に乗ってきた時はヤバかった。
 のやわらかい胸が自分の胸に押しつけられた、あの感触がまだ残っている。の息、やわらかなシャンプーの香り……。抱きしめあうことは何度もしているが、が迫ってきてああやって押し倒されたのは初めてだ。押し倒す、というのは言い過ぎかもしれないが。
 ずっと、今日はとベッドを共にするのだというのを考えていて、それで意識しすぎたのかもしれない。
 とにかく、ソファに倒れこんだ時につい、をきつく抱きしめてしまった。そして……。

「おさまらねえ……」

 嵐は自分の下半身を見てつぶやいた。
 をくすぐって、自分から離れさせたすきに後を向いて隠したつもりだったが、あれはあまりにも不自然すぎだ。何か悟られたかもしれない。いや、あいつは鈍いからそんなことはないだろう。
 今考えてみると、よく自分を抑えられたと思う。あの状態のまま、に襲い掛かろうという衝動がないわけではなかったから。
 しかしお互い初めてやるのに、そんな形でやるのは……に心の準備ができていなかったらどうするんだ。そう理性が呼びかけたので、をはなすことができたのだ。意外にも強い自分の理性がありがたい。
 とりあえず風呂に入ろうと思った。さっぱりすれば食事までには元に戻ってることだろう。
 風呂の用意をしなければいけない。自室に向かうためリビングを出て、階段を上ろうとしたところで、キッチンの方からの鼻歌が聞こえてきた。ジュウという何かを焼く音と、香りがする。
 こういうのも、いいかもしれない。
 ふと思い、それから階段を上った。



 食事はハンバーグとポテトサラダ、コンソメスープ。最近は家事を手伝っているのかして、料理がうまくなっていた。
 さっきは大丈夫だったかと心配そうに聞いてきたに、シャワーを浴びたから気分がよくなったなどと適当に誤魔化す。

「よかった、心配してたのよ」

 ほっとした表情で、笑ってみせる。本当に嵐の具合が悪かったのだと思い込んでいるらしい。嵐は自分がを騙しているような気がした。
 しかし、何も疑わずに心配してくれるが嵐にはたまらなく愛しくなる。

 食事を終え、二人で洗い物も済ませ、は風呂に行った。昔、が居候をしていた頃は、が風呂場で倒れるなんてことはないようにと祈っていたものだ。

 今は、逆だな。

 と、あらぬことを考えた自分に喝を入れ、思考を止める。
 二階の自室に行こうとすると、階段近くにある電話が鳴った。取る。

「はい、御堂です」
「もしもし、オレだよ、オレ」

 が居候をしている時、深夜によくこの人から電話がかかってきた。誰にでも「オレ」で通じると思い込んでいるのが図々しい。しかし、今はこれを言うべきではない。

「……さんですか」

 言うと、そうだ、の父だと名乗った。の父、と強調されたことにより冷や汗が出る。まさかがこっちに来ているというのがバレたのだろうか。

「わしの大事な一人娘のは今、そっちにいるか?」

 どうやらバレていないらしい。しかし、疑われている。
 嵐は慌てる自分を押さえ、極めて冷静に対応することにした。

なら、今日は友達の家に泊まるとか言ってましたよ」
「ほう。そうかそうか。ならいい。邪魔したな」

 今度、一緒に飲もう、などと言っての父は電話を切った。嵐も受話器を置いてから、一気に肩の力が抜けた。あぶなかった。



※※※



 は風呂から上がってから、用意していたネグリジェに着替えて鏡を見た。今日はなんとなく気合いが入っている。下着はお気に入りのかわいいものを着けた。ネグリジェは、また嵐に少女趣味だと言われるかもしれないが、新しいものだ。オリビア・ハッセーが演じるジュリエットが着ているような、乙女チックなもの。やっぱり嵐は引くかもしれない。どうしよう。

「でも、すぐ脱ぐかもしれないし……」

 口に出してつぶやいてみて、恥ずかしくなった。
 しかし、こんなに気合の入った下着とネグリジェを着ていて「期待してたのか」なんて思われたらどうしよう。
 さっきから「どうしよう」ばかりだ。きりがない。
 そそくさと片付け、脱衣所から出る。
 階段に近づくにつれ、胸がドキドキとうるさくなってきた。
 階段にさしかかる。
 そして、一段一段、ゆっくりと上って行く。

 いつも通りに、リラックス、リラックス!

 自分に言い聞かせながら、はぎゅっと目を閉じた。



※※※



 自分の部屋で、ベッドに寝転びながら嵐は悶々と考えていた。これから、どうするか、だ。
 おそらく、は風呂から上がったらここに来る。その時に理性が保てるかどうか。
 もし理性が打ち勝ったとしても、そこからどうやって口説こうか。のことだ。リビングでのように、無邪気に抱きついてくるなんてこともあるだろう。その時に抑えがきかなくなって押し倒してしまうというのもあり得なくは無い。

「くそっ」

 口説き文句なども思いつかなかった。おもむろにポケットから、用意していたコンドームを取り出す。使ったことが無いので、これをきちんと使えるかも心配だった。
 の階段を上る音がした。
 あわててコンドームをポケットにしまいこみ、机に移動する。イスに座り、本を読むフリをした。
 トン、トン、トンと一段一段ゆっくり上ってくる。嵐は胸の鼓動を感じ、血の巡りが早くなったような気がした。
 あと一段で上りきる、という時。

 ドテン

 大きな音がした。嵐は立ち上がり、廊下に出る。
 思ったとおり、がこけていた。濡れた髪をたらし、ネグリジェから胸の谷間を見せながら、立ち上がろうとしている。嵐は屈みこみ、の腕を取って立たせた。

「ありがとう」

 白い肌。ピンク色に染まった頬が艶かしい。そのネグリジェは西洋の貴族を思わせて、には似合っていた。
 きれいだ、と嵐はに見とれていた。

「ほんとドジだな、私」

 いつもなら、ドジ、と言うはずだが、嵐は黙ったまま部屋に戻った。後からがついて来る。さて、どうしようか。
 がこけてくれたお蔭で、不思議と落ち着きが取り戻せた。机の上にある本を片付けながら、喋る。

「さっき親父さんから電話があったぞ」
「お父さんから?」
「ああ。こっちにが来てるか聞いてきた。友達の家に泊まってると言っておいたからな」

 振り向くと、はベッドに座っていた。それで驚く。
 これでは押し倒してくれと言わんばかりじゃないか。
 しかし、考えてみれば遊びに来たときは必ずベッドに座っていたのだった。意識しすぎだ、と嵐は自分をたしなめつつ、の横に座る。

「今日のモデルの仕事、どんなのだった?」

 気がつけばいつもより饒舌になっている。嵐は苦笑しつつ、を見た。

「楽しかったよ。いろんな服着せてもらったの」
「雑誌の?」
「そう。雑誌」

 はその雑誌名を言った。よくが読んでいるファッション雑誌だ。それで少しはほっとしたが、それでも不特定多数の人にの姿が見られる。
 女性誌なので男が読むことはあまりないだろう。だが、嵐のクラスにアイドルマニアがいて、そういう奴は女性誌もチェックしている。可愛い子を発掘するのだとかどうとか。それでが、そういうマニアのターゲットにされたら。

「続けるのか? 雑誌のモデル……」

 やり切れない思いがして、しかしその感情を抑えて、嵐は聞いた。

「楽しかったけど……もうやめようと思う。お父さんとおじさんのモデルだけにする」

 微笑んだ。
 嵐は安心した。これで変な奴に狙われる危険が少しでも減ったと思う。
 それに、を独占したかった。の父と嵐の父はいいとしよう。その他の奴らにをじろじろと見てほしくなかった。
 たまらなくなって、嵐はを抱きしめた。
 このまま、思ったことを言おう。
 を独占しておきたい。
 が、自分のものだという証拠が欲しい。
 いろいろと言いたいことがある。しかし口に出たのはこの一言だけだった。

、好きだ」



※※※



 耳元でそうささやかれて、は背骨からとろけてしまいそうになった。自分からも抱きしめ、崩れ落ちてしまいそうなのを食い止めようとする。

「嬉しい」

 嵐の胸に顔をうずめて、言う。
 普段、嵐からそういう言葉をあまり聞かないからだ。けれど、いつも好きだとか愛してるとか言っていると、その言葉に価値がなくなってしまう。たまに、こうやって言ってくれるのが良い。
 ぐらっ、との体が倒されて、ベッドに仰向けになった。嵐が上から抱きついたままだ。
 心臓がバクバクする。頭に血が上ってしまい、顔が火照る。
 しかし心のどこかに冷静な自分がいて、「あ、いよいよかな」などと思うのだ。

が俺のものだっていう証拠が欲しいんだが……」

 また耳元でささやかれる。

「いいか?」

 聞かれて、はうなずいた。

「意味、分かってるのか?」

 こくこく、と二回うなずいた。心配して念をおしてくれる嵐の気持ちが嬉しく、ぎゅっと力強く抱きしめた。
 そして二人、唇を合わせる。
 今までに何度もしてきたキスなのに、どこか新鮮だ。それに、熱い。
 長い、長いキスだ。
 やがて嵐は口を離し、の首筋に唇を這わせる。そうしながらも嵐の手はの背中をさぐり、ブラジャーのホックを外す。器用だ。
 嵐の愛撫で頭がぼうっとなっているうちに、はネグリジェを脱がされていた。それに気づいて、思わず胸元を両腕で隠す。

「電気を消すか」

 軽く唇にキスをして、嵐は部屋の電灯を消しに行った。そして、すぐに戻って来る。ちょっとの間離れただけなのに、もう体が冷えた気がした。
 起き上がって、ベッドに座った嵐に抱きつく。

「どうした?」
「なんでもない」

 答え終わらないうちに再び、ごろん、と二人で横になった。気がつけば、嵐はもう上着を脱いでいる。窓から入ってくる街灯の光が、嵐の引き締まった体を照らした。は顔が火照るのを感じながら、つばをのみこむ。
 こんなに近くで嵐の体を見たことはない。思わずその胸板に触れてしまう。

「すごいね。鍛えてるって感じの体!」

 嵐は方眉をつり上げた。そして、

「仕返しだ」

 の胸に触れてきた。触れるどころではない。

「わあっ」

 色気のない声をあげてしまった。その激しい愛撫に、驚いた。

「あっ、嵐?」

 少し手を止めてほしくて言ったが、効果は逆だ。は乳首に嵐の舌が這うのを感じ取った。

「ふあっ?」

 初めての感覚に驚いた声をあげ、背中を反らせてしまう。
 嵐は構わずに舌で胸の突起を転がし続けた。なんだか体が熱くなってきて、それに自分の体がおかしくなりそうなほど変にむずむずしてきた。
 顔が火照り、どうしようもなくて嵐の背中に腕をまわす。たくましい体はいくら強くしがみついても、しっかりとを支えてくれそうだ。
 やがて嵐は乳首から下へ、下へと舌を這わせた。指は相変わらず胸の突起を刺激したままで、ついにの下着にたどり着いた。
 反射的に、嵐の手をつかんだ。今から、自分の最もプライベートな部分を見せるわけで、それには勇気がいる。

「怖いか?」

 聞かれた。怖くない、と言えばウソになる。しかしはそう言いたくはなかった。きっと嵐も初めてのことで緊張している。
 ぼんやりとした頭の中でそう思い、はつかんだ手をゆるめた。首を左右に振る。
 それを見て安心したのか、嵐は一気にの下着を下ろした。そして、の女性の部分に顔を近づける。

「あ、だめだよ嵐! 汚いよ、そんなとこ」

 思わず声に出してしまった。

「馬鹿」

 いつもの調子で嵐は言った。

「お前に汚いところなんて、あるか」

 そしての敏感な部分に舌を這わせる。割れ目をそっと舌でなぞられる感覚がし、は体を弓のように反らせた。
 嵐の舌はの花弁を起用に押し広げ、優しく愛撫する。そしてそれがの敏感な部分を刺激した時、思わずは息をもらした。
 その部分が刺激されるたびに、今まで感じたことのない類の気持ちよさを感じた。は嵐の背をさらに強くつかみ、押し寄せてくる快感に耐えた。
 体の内側から熱いものがこみ上げてきて、の下半身からとろりと愛液として流れ出す。
 嵐が舌を離した。代わりに、の秘所に指を入れてくる。ドッジでショットを繰り出す時、起用にしなる指。は嵐の細くてきれいな指が好きだった。その指がの中に入ってきている。それだけで、はおかしな気分になった。
 指が一本とは言え、初めて侵入を受けた割にはすんなりと入る。
 嵐は指を起用に入れ、の中をかき回す。嵐がある一点を探り当てた時、また新たな感覚に襲われた。びくん、と体全体が反応する。
 いったん、指を抜き、また入れてくる。今度は少し、痛かった。指の数を増やしたのだろう。

「痛いか?」

 優しく聞いてくれた。よく聞くと、嵐の息が荒い。もう体が限界になっているはずだった。
 はかぶりを振った。
 嵐が指を動かすたびにくちゅくちゅと音が鳴る。それが少し恥ずかしかった。

「そろそろ、いいか?」

 また、嵐が優しく聞いてきた。そろそろいいか、というのはやはり……。

「いいよ」

 よく考えもせずに答えた。いや、この場合考えてはいけないんだとは思う。感覚で答えるべきなのだ。そして、その感覚はある想いに支配されている。

「嵐、好きよ」

 嵐の背をぎゅっと抱きしめると、嵐も強く抱きしめてきた。耳元に嵐の息がかかる。

「俺もだ、

 嵐はいったんから体を離し、ベルトをほどいた。ポケットから何かを取り出し、それからパンツも下着も脱いで完全に裸体となった。
 窓からの街灯が嵐の体を照らす。は思わず、均整のとれた嵐の体格に惚れ惚れと見つめてしまった。
 嵐はポケットから取り出したものを自分自身につけた。はその行動を見て初めて、それがコンドームなんだと気づいた。
 普通、男はそういうのを用意せずにやろうとする、と友達から聞いたことがある。それだけに、ちゃんと考えてくれてるんだ、とは嬉しくなった。

「いくぞ?」

 また、確認してくれる。
 ちらりと見たら、嵐のそれはあり得ないほどの大きさになっている。それが今から自分の中に入るなんて考えられなかった。
 しかし、はうなずいた。
 ゆっくりと、嵐の男性の部分が自分に近づいてくるのを感じて、は目を閉じた。
 何度か位置を確かめる動作があり、その後、ゆっくりと嵐がに入ってくる。

「痛っ!」

 文字通り、身が裂けるほどの痛みが全身に走った。涙が流れる。

「ガマンできるか?」

 聞かれて、本当は痛くてたまらないのにも拘わらず、はうなずいた。痛くても、嵐にはやめてほしくなかった。
 嵐の背を思い切り強く抱く。強くしがみつくことで、少しでも痛みが和らぐ気がした。
 嵐がさらに入ってきた。
 さらなる激痛を感じたが、歯を食いしばって耐える。

「全部、入った」

 嵐がを抱きしめ、耳元でささやいた。
 涙がまたあふれる。
 痛いから、というのもあったが、それ以上に、

「一つになってるね」

 そのことに感動していた。
 今まで、二人で抱きしめあっていても何か物足りない気分になっていた。もっともっと、嵐の中に溶け込みたいのにそれが出来なくて、じれったかった。
 それが今、二人は一つになっている。やっと、二人で溶け込めたのだ。

「そうだな」

 窓の外からのわずかな光が、嵐の笑顔を照らした。
 どちらからというでもなく、二人は唇を合わせた。なんだか幸せだ。肌を重ねることで今まで以上にお互いのことが分かり合えたような気がする。
 は下半身の痛みを忘れて、その余韻にひたっていた。自分の中では嵐自身がぎっちりと埋まっている。

「やべえ……」

 ふいに、嵐がうめいた。

の中、狭いから……」

 息を荒げている。

「少し動くぜ?」

 今の状態で動かれると、さらに痛いのではないかと思う。しかし嵐が苦しそうで、それにここまできて途中で終わるのは嫌だ。

「いいよ」

 答えて、は嵐の背に少し爪をたててみた。
 衝撃がくる。
 ゆっくりとしたテンポで、は揺れた。船に乗っているみたいだ。
 ベッドが軋む。気が遠くなりそうなほど痛かったが、嵐の背を強く抱きしめて耐えた。

「もう少し、早く動かしてもいいか?」

 はあはあ息をつきながら、嵐が聞いてくる。の体を気づかっているのだ。それが嬉しくて、はうなずいた。

「嵐の好きにしていいよ」

 揺れながら、そう言う。すると、返事の代わりに嵐は体を動かすテンポを速めた。
 はベッドを背にして、嵐はの上になって、二人で強く抱きしめあう。
 押し寄せる衝撃と激痛に耐えながらも、は嵐への愛しい想いを募らせていた。
 頭がぼんやりとしてきた。

「イキそうだ」

 嵐がつぶやく。はとっさに、嵐の耳たぶを噛んだ。体を嵐の方にぴったり密着させる。

「うっ、」

 息をもらして、嵐は最後に二、三度強くを突いた。
 そしてそのまま、の上に折り崩れた。息がきれている。

「痛かっただろう?」

 しばらくしてから、の髪を撫でながら嵐はささやいた。髪を撫でられるたびに背筋がぞくぞくとする。

「すごく痛かった」

 は嵐の頬をなでて、軽く唇にキスした。

「気持ちよかった?」

 思い切って聞いてみると、

「ああ」

 嵐はうなずき、の頬や唇に何度もキスしてきた。
 ずっと一緒になったままだった。嵐はから自分自身を抜く。思い出したかのようににまた激痛が襲った。じんじんと痛む。おそらく出血していることだろう。
 嵐はから離れ、ベッドから立った。それから何かを手にして戻って来る。
 よく見ると、ティッシュの箱だった。
 嵐は何も言わずにティッシュを何枚か取り出し、の下半身にあてた。

「あ、何するの?」

 驚いて身を起こし、嵐の手を止めようとする。嵐が自分の敏感な部分を拭き取ろうとしているのは分かる。しかし、それは恥ずかしかった。

「何を今さら……」

 あきれたように言い、嵐は素早く濡れているのそこを拭き取った。

「赤ちゃんみたい」

 頬を膨らませながら、は起き上がった。嵐の前に座る。
 嵐はコンドームを取り外そうとしているところだった。はティッシュを取り出し、

「仕返し!」

 と、嵐からコンドームを取り外したところをティッシュで拭いた。我ながら大胆なことをしているとは思う。しかし部屋が暗くてよく見えないのがに思い切らせていた。

「そんなに強く拭くな。イッたばかりで敏感になってるから」
「ふーん」

 そんなものか、と一つ利口になった気がする。は優しく拭いて、ティッシュやコンドームをベッドの側にあるゴミ箱に捨てた。
 それからまたベッドに飛び込む。嵐が抱きしめてきた。そして髪や背中を撫でてくる。

「シャワー浴びるか?」
「うん……でも、明日でいい」
「明日、学校だぞ?」
「いけない、忘れてた」

 他愛もない話を、二人で裸になってしている。それが不思議で、心地が良い。
 ぽつりぽつりといろんなことを話しながら、はまぶたが重くなってくるのを感じて、だんだんと眠りに引き込まれていった。
 夢の中に海が出てきて、は嵐と一緒に水平線を眺めていた。



※※※



 窓から差し込む光で嵐は目が覚めた。
 ぼんやりとした頭で、今日も学校だと思った。
 横に誰かがいる。それは他でもないで、しかも裸のまま罪のない寝顔を見せていた。
 急に夜のことを思い出し、嵐は顔を赤らめる。横で寝ているがやっと自分のものになったのだという実感が今になって込み上げてきた。
 朝日はの裸体を照らしている。昨日は暗くてよく見えなかったが、今はハッキリと見ることができた。
 きれいだ、と思う。
 の父や晩翠が彼女を見てインスピレーションが沸いた、という気持ちが分かる。の体は芸術的だ。
 それを抱いたのだと思うと、嵐は少しだけ感動に近いものを覚えた。
 への愛しさが募り、そっと唇にキスをする。
 しかしおとぎ話のようにキスで目覚めるということはない。相変わらず眠ったままなのがらしい。
 時計を見ると七時を過ぎていた。

「起きろ、

 学校に行かなくてはならない。
 はゆっくりと目を開けた。とろん、とした目で嵐を見る。腕を伸ばしてきた。

「今日は、」

 言いかけて、また目を閉じた。嵐はおい、と声をかけての顔をぺちぺちと軽く叩いた。はまた目を開けて、

「たまには、サボる」

 つまり今日は学校をサボってまだ寝ている、と言いたいらしい。

「馬鹿、目を覚ませ!」

 大きな声で言うと、はうーんとうなって両手を伸ばした。そしてぱっちり目を開ける。まつ毛でふちどられたキレイな瞳が嵐を捉えた。思わず心臓が高鳴る。

「今日ぐらい、いいじゃない」

 眠たそうな声だ。

「お前の学校はそういうのに厳しいだろ」

 の通うT学院はお嬢さま校ゆえに規則が厳しい。嵐の学校もそうである。進学校だから一日休めばその遅れを取り戻すのが大変だ。

「一回だけ、これっきり」

 が甘えた調子で嵐に抱きついてきた。耳元でささやかれる。

「朝目覚めた時、横に嵐がいるなんて……初めてのことだから」

 そう言われたとき、嵐も何かが吹っ切れた。今日一日ぐらい、いいだろう。一日の遅れぐらいなんとでもなる。
 と一つになれて、を自分のものにできて。そうして迎える初めての朝は何物にも変え難いのかも知れない。
 のペースにはまっているな、と我ながらおかしくなりつつ、しかしへの想いが前よりもっと強まった。

「今日だけだぞ」

 そう言って、抱きしめる。強く、強く……。

 窓から差し込む朝日が二人の体を温めていた。

ボーダー・ゼロ:終

 長いのをここまで読んで下さりありがとうございます。初の裏夢でした。その割にはベッドシーンあっという間。
 ベッドシーン描いてて、「やっぱロスト・バージンネタはムリがあった!」と後悔。やたら生々しくなったかもです。
 次回、裏書くとしたらもうロスト・バージンネタはやりませぬ(←まだ裏書くつもりかよ?)
 最後にもう一度お礼を。本当にこんなショボ裏を読んでくださってありがとうございます! 

      冬里

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