長々し夜が座敷に上がってみると、なるほど、高杉晋作は異様な髪型をしていた。月代を剃らずに髪をびっしり生やしており、襟足の長さまで伸ばしている。噂に聞く西洋人と同じ髪型ではないか。 「どないしはったん、その髪型」 晋作は杯を置き、を向いた。 「しばらく坊主になっていたのだが、剃らずにいたらこうなった」 と、こうである。まったく、この男はやることが一々奇抜なのだ。 がワザと驚いて見せると、晋作は自分の頭をなでて、いたずら小僧のように笑った。は、彼のそうやって笑う顔が好きだった。 初めて晋作の座敷に上がった時、彼は得意の三味線を弾きながら自作の都都逸を披露してくれた。 三千世界の烏(カラス)を殺し ぬしと朝寝がしてみたい よく通る声だ。「ぬしと」のところで、晋作はにいたずらっぽい笑みを見せる。そこでは生娘みたいに顔を赤くした。どうやらこの長州の客に、本気にさせられたらしい。 晋作も晋作で、京に来た折には必ずの所に来た。 「俺が落ち着いたら、必ず落籍させてやる。一緒に暮らそう」 逢うたびにそう言ってくれる。しかし、はこれを本気にしていない。京で一、二を争う芸妓とは言え、客との口約束を本気にしていては身も心ももたないからだ。それに高杉晋作という漢は、の向こうがわにある何か果てしないものを見ているようだ。それが長州藩が高々に唱えている「攘夷」なのか、それとも別の思想なのかには分からない。しかし男女の恋愛などよりも崇高なものであろうことは、察することができた。 さて、妙な髪形をして京に来た晋作は、髪型以外にもどこか様子がおかしかった。 いつもは三味線を弾き、都都逸を歌い、長州であったことを面白おかしく聞かせてくれる、そんな陽気さがある。しかし今は三味線も弾かずに黙々と酒を飲んでいた。何か考え事をしているようである。 そういえば、さっきの笑顔にもどこか寂しげな影がつきまとっていた。 「何かあったんどすか?」 晋作を膝枕にした時、は優しく尋ねた。 「うむ……」 キセルをふかしながら、晋作はうなずく。 「脱藩して上京してきた」 脱藩といえば重罪であるはずだが、この男はまるでちょっと買い物に出てきたとでも言うように平然としている。もっとも、晋作は過去に何度か脱藩をしている。しては戻り、許されるということを繰り返しているのだ。この場合、長州藩が彼に甘いのであろう。 「今、来島翁らが上京して薩摩・会津に戦をしかけようとしている。そうしてみろ。それこそ幕府の思うツボだ。長州は御所に矢を向けたことで朝的にされ、追われる身になるだろう。俺は藩命を受けて止めに入った。だが聞くような奴らじゃない」 来島らは狂の域に入っていると言う。彼らを説得するにはそれ以上の狂を見せねばならない。晋作は説得に入ったその足で脱藩した。藩における重役の地位を捨てて。 「ほな、来島はんらも分かってくれはったんやないどすか? はよう長州にお戻りやす」 晋作とすぐに離れなければならないのは、つらい。しかし晋作を京に足止めするようなことはしたくなかった。そんなことをするのは、女ではない。 しかし晋作は首を横に振った。起き上がり、キセルを置いて、を抱きしめる。 「俺には止められんのだ。なぜなら、来島翁は俺とそっくりだから。一度やると決めたことは最後までやりぬく」 さらに強く抱きしめてきた。肩がふるえている。 は優しく、その背中をさすった。初めて晋作の弱々しい面を見たように思う。いつも陽気に酒を飲み、歌い、を抱くこの男。いつもの向こうがわに広がる果てしない世界を見ていたこの男。 高杉晋作は今、全てをに預けていた。 おそらく来島らが戦うことで晋作の友人がほとんど死んでしまうだろう。長州藩も孤立して危機に陥るだろう。晋作はそれを予期していた。だが、どうすることもできない。勢いを増した車輪を誰にも止めることができないように。 「今は何も考えんと、ここに居りよし」 からも抱きしめた。 「……」 抱き合いながら、は考えた。 晋作は何か途方も無いものを追いかけていて、自分と向かい合っていても自分の向こうを見て遠い目をしている。ならば、晋作をそこに近づかせる手助けがしたい。たとえほんの少しでも。 そして晋作が疲れた時には、こうやって休ませてやろう。再び進められるように。 二人は口づけを交わし、ゆっくりと一夜を共有していった。 長々し夜:終
『世に棲む日日』を読んでて無性に書きたくなった高杉夢です。 あの当時の女性って、すごい方が多かったんだと感心してます。寺田屋のお登勢さんとか、幾松さんとか、君代さんとか。 幕末に女として生きていたら、そういう生き方をしてみたいなあ・・・あ、ムリだ私じゃ。 冬里
感想などがあれば一言どうぞ。拍手ワンクリックだけでも嬉しいです。↓ |