きっと頑張れる
11月15日。今日は坂本龍馬の誕生日であり、命日でもある。 「おんし、何か悩んじゅうみたいやき。どうしたがか?」
愛嬌のある笑顔で尋ねられた。これは土佐弁だ。たぶん高知からわざわざ来て龍馬の格好をしているのだろう。これなら本人にそっくりだし、一緒に記念撮影してもらいたい。後でお願いしてみようか。 「大学かあ。ええのう、大学。いっさん行ってみたい」 そう言ったので、この人は高卒なのかとは察した。高卒で公務員になった友達もいる。一生懸命働いていて、社会貢献していて。こうやって親のすねをかじってぬくぬく暮らしている自分が情けなく思えた。 「大学で、おんしは何をするが?」 目をキラキラと輝かせながら聞いてくる。この人は、年はよりだいぶ上なのに、どこか少年っぽい。なんだか可愛い人だな、とは思った。 「教師になりたいんです」 気づけば、は初対面の人相手なのにも拘わらず、自分の夢を語っていた。 「小学校の教師になりたいと思ってます。だから、教育学部のある大学の方が小学校教諭の資格を取るには便利かな、と」 龍馬の格好をした人は、ふむふむとうなずきながら聞いている。は続けた。 「そして、なりたいような教師に近づくのをサポートしてくれそうな大学といったら、私が目指している大学しかないんです。それが、私の学力じゃ合格できるかどうか分からなくて……やっぱり他の大学にしようか悩んでるんです」 とうとう不安なことまでも話してしまった。ふう、と息をつくと、
「合格できるかどうか分からんちゅうのは、どうしてなが?」 するとその人は声を出して笑った。
「模試とやらでそんなことが分かるもんか。おんしは、ほがなことで悩きいたがか」 11月の、この時期の模試でCランクとはかなりの痛手だ。それが「ほがなこと」なんて。この人は何も分かっていない。こんなこと言わなきゃよかった、とは思う。しかし、相手はじっとを見つめて、そして話し始めた。 「いいか? おんしにゃ夢がある。その夢があるかぎり、それに向かって行動こたうやか。模試の結果がどうの、周りの人間がこうのだのは関係ない。要はおんし自身の問題じゃき。ほがなことで悩むんじゃない」
そして「分かったがか?」と聞かれ、思わずうなずいてしまった。 「ありがとうございます。お蔭で、すっとしました」
礼を言うと、その人は笑ってうなずいた。 「ほらそこ、サボってないで手伝って!」
振り向くと、スタッフが備品を腕に抱えながらこっちに叫んでいた。ああ、この龍馬の格好をしていてもやっぱりいろいろ手伝わないといけないなんて、大変だなあ。は、また横を向いた。そろそろ予備校に向かわなくてはいけないので、去る前に挨拶しておこう。 「あの、私の横にさっきまでいた人は?」 聞くと、スタッフの男性は太い眉をハの字にして、 「さっきから君一人だったじゃないか」
は、信じられないことを聞いた気がした。だって、つい数秒前までそこにいたのに。この人は目がおかしいんじゃないだろうか。 「あの、めっちゃ龍馬に似た人を知りませんか」 と尋ねてみる。もう一度会ってちゃんと挨拶をし、できれば記念撮影もしたかった。でも、 「龍馬に似てる人って、この人のこと?」 と軍鶏鍋の準備をしているおばさんが紹介したのは、まったくの別人で、龍馬よりイケメンだった。 「この人より似てる人っていないわねえ。他はおじさんばっかりよ」 礼を言っては護国神社の門を出た。 すると、あの人は……?
何が何だか分からないが、とにかくあの人に会えてよかったと思う。 きっと頑張れる:終
龍馬祭記念夢でした。 なんか、ベタなファンタジックものになってしまいまして。 11月15日、京都の霊山護国神社の龍馬祭に行ってきました。ほんと、龍馬ファンで熱い雰囲気。 実際にあの場所に龍馬や慎太郎や小五郎やらが眠っているんですから、あの地に訪れたら一度くらいこの話みたいなことがあってもいいかと思うのです。 冬里
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