きっと頑張れる



 11月15日。今日は坂本龍馬の誕生日であり、命日でもある。
 はその日、京都の霊山護国神社に来ていた。全国から龍馬ファンが集まり、龍馬祭が行われる。墓前での祭礼、居合の型披露、軍鶏鍋のふるまい、龍馬グッズ販売などなど、ファンが喜ぶ催しものがいっぱいだ。
 しかしそれは午後からのこと。
 は朝からそこに来ていた。午後からは予備校があるので、大好きな龍馬のお墓参りは午前中にしようと思ったのだ。着いたのは護国神社が開いてばかりの時間。龍馬祭の準備で慌しい時だった。
 早朝から墓所を登って、坂本龍馬と中岡慎太郎の墓前に立つ。両氏の墓にお参りをして、それから横の目立たない所にある藤吉の墓にも参る。
 終わってから、見晴台に立った。
 ここからの景色は、他府県の人から見ればおよそ京都らしくない景色だろう。ビルが立ち並びすぎている。しかし、それもまた京都の姿だ。古と現代が共存する街。それが京都なのだ。
 その景色を見ながら、は受験のことを考えていた。
 この前の模試結果で、志望校合格率ランクがCだった。合格するかどうか難しい。
 すでに一浪しているは、こうなってくると志望校じゃなくてもいいような気になってきた。どこでもいいから、とにかく入らなければ。でも、それなら浪人した意味がない。
 将来の夢、憧れのキャンパスライフ。いろんなことが胸に渦巻いている。
 それを反映するかのように、の後ろでは龍馬祭運営スタッフが慌しく祭壇を設けたりして働いていた。
 ふと、の横に立った人がいる。
 ちら、っと横目で覗いてみると、ブーツによれよれの茶色い袴が見えた。さらに視線を上へたどっていくと、茶色い着物、ぼさぼさの長髪を後ろで一つくくりにした髪型が見えた。
 驚いたのは一瞬のことで、そういえば今日は龍馬の格好をして訪れた人と記念撮影をする催しがあったのに気づいた。もう着替えているとは、なんて用意のいい。
 それにしても、本当に似ている。写真の龍馬にそっくりだ。
 背丈はより少し高いくらいで、当時としては高身長だったといわれる龍馬の五尺五寸にぴったり。思わず感心してしまった。
 そうしてると、目が合った。
 慌ててそらすのも悪いと思い、は会釈する。

「おんし、何か悩んじゅうみたいやき。どうしたがか?」

 愛嬌のある笑顔で尋ねられた。これは土佐弁だ。たぶん高知からわざわざ来て龍馬の格好をしているのだろう。これなら本人にそっくりだし、一緒に記念撮影してもらいたい。後でお願いしてみようか。
 などと考えている場合ではない。相手はどうしたのかと聞いてきた。答えなければ。
 しかし初対面の人なので、何から何まで話すわけにもいかない。おおまかに、自分は浪人生なのだと告げた。受験勉強が大変だ、とも。

「大学かあ。ええのう、大学。いっさん行ってみたい」

 そう言ったので、この人は高卒なのかとは察した。高卒で公務員になった友達もいる。一生懸命働いていて、社会貢献していて。こうやって親のすねをかじってぬくぬく暮らしている自分が情けなく思えた。

「大学で、おんしは何をするが?」

 目をキラキラと輝かせながら聞いてくる。この人は、年はよりだいぶ上なのに、どこか少年っぽい。なんだか可愛い人だな、とは思った。

「教師になりたいんです」

 気づけば、は初対面の人相手なのにも拘わらず、自分の夢を語っていた。

「小学校の教師になりたいと思ってます。だから、教育学部のある大学の方が小学校教諭の資格を取るには便利かな、と」

 龍馬の格好をした人は、ふむふむとうなずきながら聞いている。は続けた。

「そして、なりたいような教師に近づくのをサポートしてくれそうな大学といったら、私が目指している大学しかないんです。それが、私の学力じゃ合格できるかどうか分からなくて……やっぱり他の大学にしようか悩んでるんです」

 とうとう不安なことまでも話してしまった。ふう、と息をつくと、

「合格できるかどうか分からんちゅうのは、どうしてなが?」
「それは、この前の模試でそういう結果が出たからです」

 するとその人は声を出して笑った。

「模試とやらでそんなことが分かるもんか。おんしは、ほがなことで悩きいたがか」
「ほがなことって……」

 11月の、この時期の模試でCランクとはかなりの痛手だ。それが「ほがなこと」なんて。この人は何も分かっていない。こんなこと言わなきゃよかった、とは思う。しかし、相手はじっとを見つめて、そして話し始めた。

「いいか? おんしにゃ夢がある。その夢があるかぎり、それに向かって行動こたうやか。模試の結果がどうの、周りの人間がこうのだのは関係ない。要はおんし自身の問題じゃき。ほがなことで悩むんじゃない」

 そして「分かったがか?」と聞かれ、思わずうなずいてしまった。
 でも、この人に話している中でやっぱり自分はあの大学に行きたいのだという気持ちを確認できた。やっぱりこの人の言う通り、自分の夢に向かって突き進んでみよう。
 は、自分が単純だとは思いつつも、そう心に決めた。

「ありがとうございます。お蔭で、すっとしました」

 礼を言うと、その人は笑ってうなずいた。
 それにしても、本当に龍馬に似ている。

「ほらそこ、サボってないで手伝って!」

 振り向くと、スタッフが備品を腕に抱えながらこっちに叫んでいた。ああ、この龍馬の格好をしていてもやっぱりいろいろ手伝わないといけないなんて、大変だなあ。は、また横を向いた。そろそろ予備校に向かわなくてはいけないので、去る前に挨拶しておこう。
 しかし、そこには誰もいなかった。
 首をかしげていると、またスタッフの人に「早く」と怒鳴られる。

「あの、私の横にさっきまでいた人は?」

 聞くと、スタッフの男性は太い眉をハの字にして、

「さっきから君一人だったじゃないか」

 は、信じられないことを聞いた気がした。だって、つい数秒前までそこにいたのに。この人は目がおかしいんじゃないだろうか。
 とりあえず自分はスタッフじゃないことを伝えて、でも軽そうな荷物を運ぶのを手伝って、下に向かった。
 急な坂道を気をつけながら下りて、ゲートを通り抜け、スタッフのテントに着く。
 預かった荷物を渡しながら、

「あの、めっちゃ龍馬に似た人を知りませんか」

 と尋ねてみる。もう一度会ってちゃんと挨拶をし、できれば記念撮影もしたかった。でも、

「龍馬に似てる人って、この人のこと?」

 と軍鶏鍋の準備をしているおばさんが紹介したのは、まったくの別人で、龍馬よりイケメンだった。

「この人より似てる人っていないわねえ。他はおじさんばっかりよ」

 礼を言っては護国神社の門を出た。

 すると、あの人は……?

 何が何だか分からないが、とにかくあの人に会えてよかったと思う。
 絶対に来年も来よう。来年はきっと志望大学の一回生になっているはずだ。
 は急な坂道を走るようにして駆け下りた。
 大丈夫。きっと頑張れるから。

きっと頑張れる:終

 龍馬祭記念夢でした。
 なんか、ベタなファンタジックものになってしまいまして。
 11月15日、京都の霊山護国神社の龍馬祭に行ってきました。ほんと、龍馬ファンで熱い雰囲気。
 実際にあの場所に龍馬や慎太郎や小五郎やらが眠っているんですから、あの地に訪れたら一度くらいこの話みたいなことがあってもいいかと思うのです。  
      冬里

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