かがやき
長崎の夜は早い。
蝋燭代も馬鹿にならないから、遅くまで勉強する者は同じ卓を使って明かりを共有する。
陸奥陽之助は英語を学んでいた。
すぐ側には元新選組隊士で、現在は竜馬の側にずっと付きまとっているが辞書を繰っていた。
坂本さんは、なんでこんな女に惚れてるんだろう。
陸奥は横目でちらりとを見た。いつも、そう思う。
は女だ。なのにその格好は男子のそれであり、一人前に大小などを帯びている。男子に混じって講義も受け、船も習い、今は陸奥と一緒に英語も学んでいる。
こんな女男のどこがいいのか、陸奥には理解できない。
なるほど、は武道もよくでき、操船技術も身に付けて、英語も上達してきている。しかし普通の女ができて当たり前な炊事洗濯料理などの家事が全くできない。竜馬にはもっと家庭的な女性が相応しいのではないか?
それに、何が陸奥の気に食わないかと言えば、女のくせに丸山の遊郭について来ることだ。よく竜馬はそれを許すものだと思う。
きれいな顔で男装しているから、女によくもてる。女だと分かっていても、遊女たちはの側に侍りたがる。が竜馬に連れてこられる以前、陸奥はよく女にもてたので、それが悔しかった。
「おい、陸奥!」
が呼んだのでハっと我に帰る。目が合った。
「お前はどこまでいった?」
「この面の最終段落だ」
卓においたTIMES紙を指差し、陸奥は答えた。
「私は二面の真ん中までいったが、明日も早いから今日はここまでにしておこう」
は辞書を閉じて、また陸奥を見た。
長いまつ毛にふちどられた大きな瞳が陸奥をとらえる。陸奥は少しだけの美しさに目を奪われた。
男の格好をさせておくのが勿体ない。そう素直に思う。
「……」
「何だ?」
どうして女の格好に戻らないのか、聞こうとした。が、やめた。
が女になるのを望んでいる風に思われるのが嫌だった。
「いや、何でもない」
「そうか」
はTIMES紙を折りたたみ、辞書を抱えて立ち上がった。
そこで襖が開き、入ってきた者がある。
「竜馬さん」
の声に陸奥は反応した。
「よう、二人ともはかどっちょるがか?」
「坂本さん、もうお休みになられたのでは?」
明日からまた長崎を離れる。休めるうちに休まないといけない。そう思って陸奥が聞くと、
「が勉強しちょる姿が見とうなった」
「まあ。明日は早いのでもう切り上げたところですよ」
の口調は柔らかく、女性的になっている。陸奥に対する態度とは全く違う。
「ほんなら、添い寝してくれ」
竜馬の言葉に赤くなりながら、
「もう! 陸奥さんの前で!」
どうやら二人だけの世界ができてしまったようだ。
陸奥はあきれながらも、また勉強に戻るフリをする。二人が出て行ったら自分もやめるつもりだ。
部屋を出る際、竜馬が陸奥を呼び、
「と一つ部屋に二人きりじゃったが、何もしちょらんな?」
普段は見せない怖い顔で睨まれた。陸奥がたじろいていると、
「誰もそんなことしません!」
幼子をたしなめるようにそう言って、が竜馬の袖を引っ張った。
竜馬は顔を緩め、が引っ張るのに任せて部屋を出た。
二人が外に出てから、陸奥はふっとため息をついた。どうして竜馬はに対してあんなに甘いのか。
竜馬からすれば、はきらきらと輝いて見えるのだろうか。
陸奥にはよく分からない。
二人が行ってしまったのを見計らってから、陸奥はTIMES紙を折りたたんで片付けた。そして寝具の用意をする。
陸奥が灯りを消す頃には、もう誰もが寝静まっているのか物音一つ聞こえなかった。いや、外で鳴く虫の声くらいか。
明日もまた忙しい日になるだろうと思いながらも、陸奥は眠りに落ちた。
夢の中に竜馬とが出てきた。二人は手をつないで甲板にいる。楽しそうだ。夢の中の二人を見て、陸奥は微笑んだのだった。
かがやき:終
勝さんに続き、第三者から見た竜馬と様話でした。
だいぶラブラブな二人・・・っぽくなったかな。どうだろう。
次は、新選組とのからみなどを書いてみたいです。
冬里
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