「藤堂さん、どうしてるんだろ」

 海軍操練所の廊下を歩いていると、海が近くに見えた。潮の香りがする。
 は海を見ながら、海のない京都を思い浮かべた。



新選組のこと



「一緒に来ないか」

 藤堂平助に誘われたのは、両親が亡くなってから数年経った頃だ。少年の姿にも慣れていた。女子だと売られるから。養父母の目を誤魔化すために男装していただが、男であればこき使われる。体もぼろぼろで、いっそ女に戻って売られようかと思っていた矢先だ。
 大きな千葉道場に憧れて、ふらふらとお玉ヶ池の道場あたりをうろついていた。藤堂は京に行くため師匠や同門の者に挨拶しに来ていた。そこでを誘ったのだ。
 藤堂にすれば、まさか本当にがついて来るとは思わなかっただろう。
 は旅支度も何もせず、誘われた時のまま、藤堂が食客となっている天然理心流の試衛館までついて行った。
 きっかけは何でも良かったのだ。ただ、あの場所から逃げたかった。
 試衛館の道場主、近藤と近藤の奥方は、ぼろぼろになっているの世話をしてくれた。は久々に風呂に入れたし、ご飯にもありつけた。

「女子みたいに綺麗ねえ」

 沖田総司の姉、沖田みつはそう言って旅支度を整えてくれた。
 なんて良い人たちだったんだろう。は思い出す。近藤、土方、井上、山南、永倉、原田そして藤堂……つい最近まで「先生」と呼び慕っていたのに、もう懐かしい。

「女子みたいな奴だなァ」

 そう言ったのは芹沢局長か。酒に酔うと乱暴な人だった。よく「本当に男かどうか確かめてやる」と言われたか。
 その度に藤堂がかばってくれた。

 藤堂がの正体に気づいたのは、月明かりの夜だったか。

 皆と風呂に入ることができないので、夜中に井戸の水を浴びていた。
 裸になれば女に戻る。
 胸が膨らみかけていて、それが嫌だといつも思っていた。

?」

 呼ばれて、咄嗟に胸を隠して振り向く。
 藤堂がいた。

「お、お、お前、女?」

 驚いていた。
 はすぐに地にひざまずき、頭を下げた。

「お願いします、誰にも言わないでください」

 裸だ。土が水に濡れた肌に吸い付く。
 藤堂は夜目にもそれと分かるほど真っ赤な顔をしながら近づき、自分の羽織を着せてくれた。

「誰にも言わない」

 それ以来、は以前よりも藤堂を慕うようになった。
 男として、ずっと藤堂について行こうと思っていた。



「なのに、なんでここに居るかな……」

 自分でも不思議だと思う。
 は海から目を離し、廊下を進んだ。
 そのまま塾頭室に行く。戸を開けた。

「よお、来たか!」

 を迎えたのは坂本竜馬だ。
 同じ塾生の陸奥陽之助、北添佶摩、望月亀弥太らがいる。
 はうなずいて、講義を受けるべく席に座った。
 熱心に講義をしている竜馬を見ながら、思う。
 窮地を救ってくれた人や場所をも捨てさせるほどの魅力が、この男にはあるのだ。
 それが何かは分からない。でも、いつか分かるだろう。
 はそっと、微笑んだ。

新選組のこと:終

 一応、過去にも触れておきたいと思って番外編チックなものを書いてみました。
 年代的に言えば、様が新選組を去ったのは芹沢さんが暗殺される前で、局中法度など無かった頃。
 そん時の新選組には脱退者がたんまりいたそうな(昔話風)
 次回こそは亀山社中時代を!  
      冬里

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