神戸にて神戸に海軍操練所がある。 ある日、勝海舟が自室の戸をあけようとすると、中から声がした。思わず聞き耳をたててしまう。
「ここが、アメリカぜよ」
すると、驚きに満ち溢れた声がした。うわあ、と心地良いくらいに仰天している。 「竜馬のやつ、女を連れ込んでやがる」
しかも師匠の部屋に。しかし勝は別に腹が立たない。むしろ、堂々と連れ込んで講義するという行為が面白いではないか。 「こりゃあ、勝先生!」 二人は地球儀を一緒に見ていた。若者は勝に気づき、あわてて居ずまいを正した。
「地球儀を借りちょりました。こいつは、」 竜馬に紹介してもらい、は頭を低く下げた。 「いい、いい。そんなに畏まらなくても。頭を上げろ」
が頭を上げたところを見ると、どきりとするほど美しい。諸侯が競って小姓に召抱えてもおかしくないほどの容貌だ。 「同じ男でも、竜馬とじゃえらく違うなァ。竜馬はもっとを見習えよ」 言うと、竜馬が大げさに手を振った。
「ちゃっちゃ、勝先生、は女子ぜよ。けんど、元新選組隊士ですがのう」 改めてを見た。勝はなるほど、とうなずく。男にしては線が細すぎる。それに、綺麗すぎだ。 「女というのは分かったが、元新選組隊士というのは何なんだえ?」 勝は、最近できたと言われるあの人斬り集団を好んではいない。この美しい女性と新選組を結びつけるのは容易ではなかった。
「よく脱けれたもんだぜ」 勝はずるっ、とこけそうになった。 「攫うだって?」
何をするにしても、奇抜な男である。 「勝先生」 ふと、竜馬がまじめな顔を勝に向けた。 「わしは、今どんな顔をしちゅうがか?」
唐突に何を言いだすか分からない男だ。
「いつも通りの変なかおだァな」 少し残念そうである。 「なんでお前さんが今さら顔のことなんか気にするんだい?」 聞くと、竜馬は照れくさそうに頭をかいた。 「いやぁ、わしが女に惚れた顔はどがなもんかと思ったがやき」
竜馬が、女に惚れた? 「てぇしたもんだ!」 竜馬も、も。竜馬は江戸っ子なら皆が拍手を送りたがるようなことをしでかし、は竜馬という男を惚れさせ、自分を攫わせた。女冥利につきるというものだ。 「お前さんも、大した男に惚れられたなァ」
しかしがずっと男装したままだというのが気にかかった。
「お願いでございます。私を弟子の一人に加えてください!」 勝があっさりと許したのが意外だったのか、は頭を上げてぽかん、とした。 「女子でも弟子にすることはできるさ。だから別にその格好じゃなくてもいいだろう」 の年頃であれば女子は化粧をし、派手な着物を身に着けるのに忙しいはずだ。それなのに、が地味な色の男物を着ているのが哀れに思える。
「いいえ、この格好がいいのです。女の着物は動き難いですが、男装していると自由に動けます」
感心した。おそらく、竜馬と一緒にあちらこちらを走り回るつもりだろう。
竜馬とが部屋を出て行ってから、勝は机に向かって筆をとった。 「俺も甘いなァ」
勝はそうつぶやいて、容保候にの新選組脱退を許してほしいと手紙に書いた。
神戸にて:終
「白昼堂々」の続き、勝海舟視点の話でした。第三者から見た様と竜馬はこんな感じだよ、というのを示しただけだったような……あちゃ。 次回は少し時代が飛んで、亀山社中時代のを書けたらと思ってます。 冬里
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